ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
 
※別の作品と、主人公たちの暮らすアパートや家庭環境の設定がかなり被っていることがありますが、どうかご了承ください。

※内容はギャグ&ファンタジー+時にシリアスといった、非常に漫画的なものです。
 
1本目
6畳1間(1)
 アブラナ荘と書かれたそれほど小汚くはないニ階建ての築二十年のアパートにて。そこでのある晴れた春の日曜日のこと――。
 午前六時三十分。休日の寝坊を満喫しようとしていた青年は耳元で聞こえる、ラジオ体操の大音量に頭の上まで布団を引き上げるが、それでも音は止まないどころか更に大きくなる上に彼の頭の上では何かがぼすっぼすっと跳ねている。
「やっかましいわ!!」
 なんとか再び眠りにつこうと頑張ったものの無理だと即座に判断し、彼――聖護院しょうごいん 波限なぎさという物々しい名の二十七歳のサラリーマンは、布団からがばっと起き上がる。と同時に、枕元にあった一昔前のラジカセを壊れるほどの力で叩いて止め、己を先程から蹴っていた物体を掴みあげる。
「暴力反対! 暴力反対! 自分よりも弱く小さく儚きものにそないな乱暴を働くたぁ、どーゆー神経しとるんや!」
 「ソレ」はそう言いながら彼の手からするりと器用にすり抜けて畳の上に降り立つと、ぶんぶんと白い「手足」を振り、音楽なしでラジオ体操を続けながら偉そうに言い放った。
「第一今日は記念すべき開墾の日やで! できれば畦立てと肥料蒔くまでやりたいなーって、前から言っとったやろーが! 日曜日だからっていい若いモンが朝寝坊しとるんやない!」
 そう偉そうに胸(?)を張るのは白くずん胴の七十センチほどの体長に、頭には緑色の葉がわさわさと揺れ……四つに分かれた太い根が手足の役割をしている、不可解な生き物。――そう、謎の方言を使い、波限に変な訛りで偉そうに説教しているのは、信じられないことだが……、一本の大根、なのであった。

「何で、休みの日の朝からダイコンに説教されなきゃいけねーんだよ…」
 波限はそう言いながら、再び布団にぼすりと倒れこんだ。
「休みっても昨日も休みやったやんけ! 週休二日の地方公務員、休みの一日くらい朝から健全に体動かしたってバチはあたらんぜよ!」
 最早どこの地方出身なのかわからないが、まるでオバサンのように説教を再び始めながら、その大根は尚も横になる男の背中をどどどどどと元気に踏み始めた。
 ……あー、気持ちいーかも……と、日頃のパソコンを使ったデスクワークで凝っている背中をほぐされ、ちょっと幸せな気分に陥りそうな波限であったが、やはりこうガミガミ言われては二度寝も出来ない。
 そのうち何やらいい匂いがしてきたので、彼は観念して起き上がると同じく枕元に置いておいた眼鏡を掛けた。
「なぎささん、おはよー」
 そう言って匂いの元の方向から、身長が一六〇センチに届くか届かないかの可愛らしい顔をした男子高校生が、鍋を持って男を振り向いた。
「今朝はダイコンの味噌汁ですよー」

 ――今朝は、って今朝もだろーが……。
 波限はそう突っ込みたくもなるが、弟でもない少年に毎日食事を準備してもらえるのは有難いかと思い直した。
 まだうだうだ言っている大根を完全に無視して、波限は布団をベランダに出すと、六畳一間の真ん中に部屋の隅に寄せていたちゃぶ台を置いた。そしてこれまたその男子高校生――宮重みやしげ 青一郎しょういちろうが玄関から持ってきたのであろう今日の新聞を、彼はTシャツとジャージ姿のまま広げた。
「食べたら畑に行きましょうねー」
 ご飯や味噌汁を出されたちゃぶ台の上に運びながら、青一郎までもがにこにこと波限に宣告する。
 ヤダね、と波限が言いかけ口を開いた瞬間、どーん!と大人しくなったかと思った先程の大根が波限の背中に突っ込んできた。
「大根の神・清白すずしろ様にこのイノチ貰うて、大根の精としてこの街にやってきて行き倒れとったところを、救ってくれたんがお前や! ワシがその恩返しとして聖護院にしてやれるんは、『一生分の大根に困らんようにしてやること』だけなんや! そのためにはまずは種を植えんことには始まらへんのやー!!(ちなみに春と秋の二回植えるでー)」
 思い切り波限に体当たりするくるくせに、何故か折れないのが不思議な謎の大根。密かにその本体は大根じゃなくてロボットじゃねえか、と思いながら波限は背中を擦って反論した。
「っても、結局労働力も肥料代もいるわけだし、オメーのやることって種くれるだけじゃねえかよ……」
 波限は喋る大根……何故か名前まであるらしく、本人は打木うつぎ 源助げんすけと名乗っているのだが……をじろりと睨みつけ、青一郎の差し出すご飯と味噌汁を受け取る。
 早く出てってくれねえかなと内心では思い、思わず大きなため息をつきながら波限は赤だしの味噌汁を啜ったが、その心の声が聞こえたのか、源助が早速反論してきた。
「なんやてー!? 大根の精として、ヒトの恩に報いんといかんワシになんつーことを! ワシらの仲間やって、古には大事に食べてくれる者に恩を返しとる。徒然草の第六十八段はワシらの世界では教本や! それをさせてくれへんなんて……ワ、ワシに死ねゆーんかー!」
とどこからか古典の本を取り出してはおいおいと泣き出す源助大根。

 ……死ぬなら不味そうだけど腹の足しになってくれ、と心の中で突っ込みを入れながら(口に出すとうるさいから)、波限は黙って飯を食べ続けた。
 本当に大根なのか? 誰か操作してるんじゃないのか?と疑問に思うくらい、人間社会に詳しいこの大根なのであるが、一週間前の雨の日に波限がこの大根を拾ってしまったのが全てのの始まりなのであった。男子高校生を養う安月給の地方公務員である彼は、これも節約だと食べるために拾って帰ったという顛末だったのだが、連れ帰って青一郎に渡し彼が湯で洗った途端、大根が喋りだすという大騒ぎとなったのであった。
 しかし不安定な年頃であるはずの青一郎も、あっさりとこのおかしな現実を受け入れる。今も「あー。泣かしちゃったー」などと言いながら彼の茶碗を持って座り、源助大根の援護をする始末。
「それにおれもなぎささんも、おれらの家族も大根大好きなんだし。なぎささんが大根作ってくれたって言ったら、おれのかーちゃんも喜ぶと思いますよー」
 波限が大根を好きかどうかは別として……まあ嫌いではないけれど……波限が、この大根を邪険に出来ない理由はそれなのである。奇しくもコイツが大根ではなく人参であったならば、こんなにも葛藤はしなかったであろう、と彼は思う。
 波限と青一郎は苗字は違うが遠い親戚で、この街から遠く離れた田舎の村で兄弟のように育ってきた。青一郎の家は母一人、子一人の母子家庭。まだ赤ん坊である青一郎を背負った彼の母親が、早くに両親を亡くした波限の面倒を看てくれていたのであった。他人である自分の面倒を看てくれた彼女に、波限は非常に恩義を感じている。
 大根はその田舎でもよく採れ、彼女も大好きであった。よって大根を見れば、優しくしてくれた彼女のことや、彼女が作ってくれた大根料理をつい思い出してしまう波限なのであった。
 しかし数年前、彼女が病気で亡くなってしまい、波限は自分の所為だと何処かでずっと罪悪感を持っていた。流石あの優しく強かった母親の子供と言うべきか、青一郎は波限を恨んではいないようであるが、せめて青一郎家族への恩返しとして、既に成人している自分が彼を一人前にして社会に送り出してやらねば、と考え二人は一緒に暮らすことになったのであった。

 というわけで住み慣れた田舎を離れ、波限の勤め先と青一郎の成績ならば入れる進学校に近いこのアパートを借り、六畳一間の部屋を二つ借りて波限の隣室に青一郎を住まわせているのである(一応青一郎もアルバイトをして家賃の足しにしている)。しかし食費や光熱費を少しでも浮かそうと、基本的に波限の部屋で風呂や台所などを共有しており、それにより掃除の手間も省けている。
 二十代後半のしがない若手地方公務員の稼ぎなどたかが知れているので、慎ましやかな貧乏暮らしをしている二人は種だけでも大根がもらえるならば、縋りたい気持ちなのであった。そのうえ青一郎の母親の好物であるならば、墓前に供えるのにも喜んでもらえるだろう。
 しかも当人曰く、売っているものよりも栄養満点らしいので、それが本当ならば魅力的である……真偽のほどは定かではないが。
 ――そして波限がこの大根を追い出せないでいるのは、その理由ともうひとつ……。
「なんて、ええ話や〜」
 いつのまに彼の回想を読み取っていたのか、源助はおいおいと泣いていた。
 朝から鬱陶しいことこの上ないが、飯を朝から二杯ほどかきこんだ波限は、ごちそーさん、と言うと食器をその六畳間の隣にある小さな台所へと持っていった。
「よっしゃ! 聖護院! 食ったら行くでー!」
 大根だから低血圧などないものか……朝から無駄にハイテンションな声が、波限の背中に降ってくる。同じく食べ終わった青一郎も行くつもりなのだろう、いそいそと鼻歌交じりに茶碗を片付けている。
「ヤダよ、俺は」
 無駄だと思いつつ反論し、ニュースでも見ようかと部屋の方に戻ってテレビをつける波限に、案の定、源助は抱きついてうだうだと言い出した。
「そんな、種植えるだけやん! そうしたら美味い大根がとれるんやで? 宮重のオカンも喜ぶんやろ? ちょっとくらい体動かしてもええやんか、なあなあ。ワシも恩返し出来へんと、人間に大根の良さを普及し野菜不足の現代人に栄養補給してこいって、ワシに命を与えてくれはった清白様に顔向けできひんのや〜!!」
 遂には泣き落としとなり、波限の広い背中に追いすがって源助はまたおいおいと泣き出した。
 ――役に立ちたいなら今すぐ俺の腹の足しになれ、と波限は言おうかと思ったが、これ以上うるさくされてもやはり困る。第一……。
「わーったから静かにしろ! 何が人の役に立ちたい、だ。朝っぱらからやかましく喚きやがって……隣近所のことも考えろ!」
 何かを考えながら背中の大根に一喝した波限に向かって、茶碗を洗い終わり、台所でシンクを拭く青一郎の嬉しそうな声がした。
「お隣って、『はつか』さんのことですかー?」
「――」
 

◇拍手&簡易メッセ◇

個人サイト(※R15/続編有り)>「碧落の砂時計」TOPへ


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。