人の気も知らないで
実は2010/5/3現在自分のサイトですら公開してない作品だったりします。
ろくに推敲もしてませんがたまにはお先にどうぞと思いまして。
病院の診察室には医者。オレ。おやじ。お袋。そしてもう一人がいた。
医者は沈痛な面持ちで通告する。
「精密検査の結果、精巣など男性独自の器官はすべてなくなっています。変わりに卵巣。子宮など女性のものが」
それはうすうす感じていた。この肌の感触。この柔らかさはまるで…
医者の言葉と同時に後ろからすさまじいプレッシャーが。
「染色体もXX。医学的には100%女性です」
死刑宣告…と言うのはいい過ぎか?
けど生まれてここまで14年間を男として生きてきた、今からオレが女としてやり直せなんていわれても絶望しか出来ない。
オレは言葉もなくうつむいていた。
おやじは渋面。息子が娘にかわりゃもっともだが泣きたいのはオレの方。
オフクロは喜色満面。昔から女の子を欲しがっていた。
そしてもう一人。オレの双子の相方。
長い髪をまとめてポニーテール。
ピンクのブラウスの胸元はかなり寂しい。よく言えばモデル体型。
赤いミニスカートからすらっとした足が伸びている。
その愛らしい顔立ちで憤怒の表情。オレ、中森伊吹をにらみつけている。
コイツの名は中森静香。オレの双子の「弟」だ。
話は半月くらい前にさかのぼる。
オレは三学期末の大掃除。理科準備室の掃除中にドジって戸棚の上の薬品を浴びてしまった。
話によるとオレはその場で昏倒。すぐに救急車で運ばれたらしい。
病院のベッドで意識不明の間にオレの体はすさまじいスピードで女へと変わって行ったらしい。
どうやら20年くらい昔の科学部が試験的に作っていた何かが長い年月で変質したものらしい。
新陳代謝の際に新しく生まれた細胞がすべて女としての物。
わずか半月でオレは女になってしまった。
それだけでもたまったものじゃないのに厄介なのがこの「弟」。
双子なのにオレとはまったく違っていてとにかく女みたいな奴だった。
ままごとを好んだり荒事を嫌がったり。
オフクロが女の子を欲しがって、結構小さい時はスカートを穿かされていたらしい。
オレの方は男だという自意識が芽生えたあたりで嫌がったが静香の方はそのまま穿き続けて。
自宅限定のはずが小三あたりから学校にも。
からかう奴らをぶちのめしたのはオレの役目。
おかげでオレは必要以上に男っぽい性格になった。
反対に守られていた静香は余計に女らしく。
ちなみにオレたちの名前はオフクロの命名。
オフクロの趣味でこんな女みたいな名前にされた。
女の子が欲しかったと言うらしいが。
静香なんてどう見ても女専用だが押し通された。
そのせいなのか静香の女っぽさは年齢と比例して増して行き。
14歳。中学二年の今ではセーラー服を着ているせいもあり誰も男と思わないほど。
体育の授業すら女子に混じっているという。
もっとも恥ずかしがっているのは静香のほうらしい。
一部女子などは「女子力を静香から学んだ」とまで。男だぞ。あいつ。
静香は数年前からカウンセリングに向かっているが、戸籍を女へと変更がきそうな段階まできているようだ。
心は女。まさにそんな奴だが逆立ちしたって男が女の肉体なんて得られない。
それはあいつも理解していたはず。
ところが「女になりたい」なんて思ってないオレの方が女の肉体を得てしまった。
奴の行き場のない憤りときたら…
性転換したことを除けば健康そのもの。退院許可は早かった。
やっと出られると喜んだのもつかの間。オフクロはワンピースを用意してきやがった。
「オフクロ…いきなりこんなひらひらしたのはかんべんしてくれよ」
「いぶきちゃん。子供の頃はもっと可愛いのを着てくれていたのに」
「いつの話だよ。わざわざ買って……あれ?」
新調したのかと思ったけど新品じゃないな? それにこのワンピースどこかで見覚えが。
「ちょっとママ。それあたしのじゃない?」
どこかでみた覚えがあると思ったら中学生にしてニューハーフの弟さまのだったのか。
「ごめんなさい。しずかちゃん。いぶきちゃんのサイズがよくわからんないからとりあえず借りたの」
「もう。お気に入りなのよ。それ」
まだ声変わりをしてないらしい弟は(オレも結構高いけど)女の子そのものの声で文句を言う。
トレーニングの賜物らしい。
奴に言わせると声の出し方と言うより口調の柔らかさがポイントだとか。
「今日だけ貸してあげて。これからデパートでいぶきちゃんのために女に子のお洋服を買い揃えるから」
オフクロの言葉は火に油だった。
結局は静香にも新しい服を買うことで落ち着いたが…
デパートの下着売り場。いきなりここはきついよ。お母さん。
けど服を試着することを考えるとノーブラとは行かないらしいので下着からだとか。
「見た感じAカップ…AAかしら」
かなり薄いのか? もうひとつくらい下でもいいぞ。本当ならフルフラットなんだから。
今は股間がそうなっちゃったけど。
「あたしなんてAAでもパッドいるのに…」
確かに本来ならブラなんていらないはずの弟はそれでも着けている。
なんかこだわりがあるのか詰め物をしようとしない。
それで文句言われてもなぁ…。
弟よ。他の買い物客に迷惑だからそんな怨念のオーラを発するのはやめてくれ。
試着室越しにもにらまれているのが分かるって…
オレだって男として生まれてきたのにブラジャーすることになって変態になった気分なんだから。
(なんでこんなものを…くそっ。留め金が後ろにあるから面倒だ。女はこんなものを毎日つけないといけないのか? あーあ男に戻りてー……あつっ!?)
静電気かバチッとなった。帯電体質じゃなかったはずなのに性転換で変わったのか?
いじられてわかったけど女の胸って物凄く敏感なのな。
ゆれないとしてもカバーで必要らしい。神経が集中しているのかな?
だから仕方なくつけることにした。
うう。肩の紐が邪魔くさい。背中の感触もなんかむずむずする。
結局ブラジャーが3枚。下の方が7枚。これでも「とりあえず」らしい。
シャツ…じゃなくてブラウスって奴が3枚。スカートが2枚。ワンピースも2着。
ズボンは元々のがあるからいいだろうといわれて引き下がった。
確かに元々あるのに無駄だからな。納得。
そしてあと二年あるからと女子制服も。オレがあれ着て登校するのか?
暗澹たる気分で帰宅する。
……だまされた。ぜんぜんあわない。穿けやしない。
ズボンなんて男女関係ないと思っていたら尻の形の関係でかなり違う。
オレは男の時はかなり細くてズボンも細かったのだけど、女になったらかなりのデカ尻らしい。
いわゆる安産体型。そういやオフクロもそんな体型かも。
だから入らないんだ。
仕方なく家でもスカート姿に。足元がスースーする。まとわりついて邪魔くさい。
「こうして女の子が二人になると華やかでいいわね」
オフクロにとっては静香はもう完全に女とみなされているらしい。
「そうね。仲良くしましょう。お・姉・ちゃ・ん」
皮肉たっぷりに見た目は妹の弟は言って来る。
「なんだよ。何でおねえちゃんだよ」
精一杯の抵抗だった。この肉体じゃ確かに「お姉ちゃん」だがまだ認めたくない。
男の時でもトイレは座って済ますことはある。
おかしなものでスカートのおかげで自分の女そのものの股間を見ないですんだ。
けど、風呂はそうも行かない。
「はぁ……」
何度目だろう。風呂でこんなためいきなんて。
まだ胸は薄いけどどことなく女の体型とわかる。尻のせいかな?
自分の体と言うせいかそんなに恥ずかしくは感じないけど。
「本当に…女なんだな…オレ」
往生際が悪いとは思うけどどうしても踏ん切りがつかない。
数日経って登校することになった。
いくら中学でもこのままじゃ日数もやばい。
休んでいるうちにやっと気持ちの整理がついた。
どうせみんなオレのことを知っているんだ。いいや。居直ってやれ。。
「オフクロ。これどう着るの?」
「セーラー服はかぶるのよ。そしたら横にファスナーがあるでしょ。それを閉じるの」
静香と違って女物初心者のオレはオフクロから教わりつつセーラー服をきていた。
「あらあら。髪の毛ばさばさね」
かぶるときにやらかしたらしい。変化してから今まででずいぶん伸びて背中に達していた。
「しずかちゃん。終わった?」
鏡の前でブラッシング中の静香にオフクロが問う。
ポニーテールの根元に青いリボンをくくっているので終わったらしい。
「それじゃいぶきちゃんも同じにしましょうか?」
「絶対嫌だからね。ママ。ポニテはあたしのトレードマークなんだから。少なくともお姉ちゃんがやるのはいや」
オレより早く文句を言ったのは静香だった。
「それじゃあ……」
オフクロは迷わなかった。むしろ背中を押された感じ。
鼻歌を歌いながらブラッシング。真ん中から二つにわけ、片方をまとめて頭の脇からたらす。
もう片方も同じにして両方とも赤いリボンでくくる。
「これはどう? とっても可愛いわよ」
鏡の中には二つのお下げの美少女がいた。
またツインテールかよ? どんだけツインテールと結婚式オチが好きなんだ。城弾。
「あーら。よく似合っているじゃない。お姉ちゃん」
うわ。また怒っている。
「そうね。やっぱり女の子の細い髪だとこういう髪型も出来るわね」
心底嬉しそうにおふくろが言う。
「ど、どうせあたしは偽女よーっ」
泣きまねする静香。
そんなにこの髪形がいいなら代わってやると提案したがポニーテールにこだわりがあるらしく却下された。
なんてめんどくさいんだ。女って奴は…あ。女なのはオレであいつは男か。
オレも恥ずかしいから登校中に髪を下ろしてしまおうと思ったが髪の長さが校則に触れるらしい。
女子は切らないならまとめろとある。
その上かなりきっちりと留められていて髪のゴムが外れない。
諦めた。それにこれならオレが元は男なんて誰も思わないだろうし。
春休み中に学年が変わっている。オレは三年二組で静香は一組。
それはいいがオレの出席番号が女子の方に。
それどころか教科も家庭科とか(男の時は技術科だった)保健体育も女子としてで。
ブラつけてスカートはいてツインテールにまでしているのにまだ「女になった」と思わせることがあったのか。
あ……このまま女として暮らして行くとゆくゆくは男相手にエッチを……やだやだ。それだけは絶対に嫌だからな。
男相手にキスだってしたくない。ましてやオレが子供を産むなんて…
女共は平気なのかよ? いつかはそうなるのに平然と…やっぱり生まれついてと途中からの違いかな?
いつかは男に身を任せる「覚悟」が出来ていると。
ついにきた。体育の時間。
四月中はは病み上がりと言うのと着替えの問題などがあり見学だったが五月になって「そろそろいいだろう」となった。
元・男子であるオレが女子更衣室。騒がれると身構えていたが女どもはぜんぜん騒がない。
理由はすぐにわかった。
「あら。ずる休みはおしまい?」
心は女の弟だった。オレは心が男で体が女だから正反対だな。
そういやコイツ。男子更衣室にはいなかった。
うちの中学は男女別で体育をわける。体力の問題とやはり性的な配慮らしい。
半々になるので隣のクラスといつも合同。
オレは一組の女子も着替えている中に飛び込んだ。
そしてそこには一年のときからいたらしい静香が。なるほど。「先客」か。
コイツがアリなら肉体的には女のオレなんて問題じゃないわな。
「きゃーっ。いぶきぃ。可愛いのつけてるのね」
同じクラスの女子がオレの胸元を見て言う。ブラのことな。
「な、なんか知らないけどこんなのしかねーんだよ」
というか多分オフクロの趣味。
「可愛いというならあたしのもよ」
弟よ。頼むから兄相手にブラジャーのセンスで競わないでくれ……
本人の趣味かオフクロの趣味かオレのより盛大にリボンとかレースで飾られている。
「うーん。静香胸ないしね」
あるわけない。男なんだから……ああ。そうなのか。
だからあれだけ派手なものか。平たいのがわかりにくい。
じゃオレのは実用性重視なのにこのセンスなの?
軽く流すような体育だが体力低下を痛感した。
女になったせいか。それと入院で体がなまったと言うことらしい。
しかもそのせいなのかやたらあちこちに脂肪がついている気がする。
押すとぷにぷにと。
オレ前は結構締まった体してたんだけどな。それがこんな柔らかくなって…
それは六月になるとますますひどくなる。
やたら丸みを帯びてきた。特に胸はこの短期間でAカップがBカップになるほどの急成長。
肌もクラスの女子の中でも白いほうに。そのせいで頬と唇の赤さが目立ち、素顔なのに化粧しているみたいだ。
自分ではよくわからないが目が綺麗になったともいわれる。
まつげの長さだけはわかるけど。
声も最初は子供のようだったのに落ち着いてきたら澄んだ声に。
おかげでコーラス部とアニメ研究会(声優として参加要請)から入部勧誘されるほどに。
そして傍目にも女姿維持に苦労して来ている静香。
このあたりから男は大きくなるという。あいつも例外じゃなかったらしい。
「はぁ」
風呂にはいるたびため息が出る。
最初の頃はまだ男の面影があったのに今じゃどう見ても女だ。
(このままオレ…完全に女になっちゃうのかなぁ)
「なっちゃうのかな」じゃなくなるのは分かっていた。
先月あたりからいわゆる生理も始まって。
その後から女らしさを増していた。
男らしくないと(もっとも今は女だが)われながら思うが踏ん切りがつかず。
湯船の中でぐだぐだ考え込んでいた。
「お姉ちゃん? 入るよ」
静香!?
「バ、バカ。オレが入っているんだぞ」
「汗かいちゃったの。いいじゃない。女同士で」
おまえは女じゃないだろ…それは言いたくなかった。
女でありたい静香の心情もだし、女としての裸を見られたくないオレの気持ちもある。
しかしそれには構わず(むしろ半ば嫌がらせ?)で静香は入ってくる。
不思議な姿だ。
首から上は女。けど胸は平たい。
どうも筋肉がついたらしく精悍な胸板。
腹筋もついている。そして股間は…オレは正視出来なかった。
ちょっと前まで自分にも在ったはずのもの。
それが今では「異性」の者に。
あろうことかグロテスクに見えていた。
(オ、オレ、心まで女なのか?)
目を背けりゃいいのにそうじゃなく両手で顔を覆ってしまう。
「あら? ずいぶん可愛いことするじゃない」
!?
とっさにでた仕草だがまるで女。それも男の裸体を見ないためのなんて…
「ふぅん。お姉ちゃん。胸大きくなったみたいね」
服の上からでも分かるだろうに裸体をまじまじと見ているらしい。
「もうでる」
宣言はしたが湯船から出られない。
「どうしたの? でたら」
天然なのか悪意なのかそんなことをいう。
「オ、おまえが見ていたら」
「いいじゃない。お姉ちゃんからしたら男同士なんでしょ?」
今でもそのつもりなんだが、どうしても本能的なまでに「男」に「女体」をさらしたくない。
静香が体を洗うために壁の方を向いたのでオレは即座に出た。
右腕で胸を。左手で股間を隠しながら。
最初にはっきりと女の特長が出たのは外側。
足の間のものがなくなり肌がつるつるに。
次に内側が女になったことを主張して来た。女にしかこないはずの現象が。
そしてとうとう男の肉体を異性として意識するほど心も…
いつまで「オレ」と言い続けていられるのだろう。
いつかは「あたし」に代わってしまうのだろうか。
確かに皮肉だ。女になりたい静香は男のままで。
そんな気のなかったオレが女になりつつある。
オレをうらやんで静香はいろいろやってくるが、オレに言わせりゃ男の肉体のままでいるお前がうらやましい。
だんだん黒いものがたまってくる。
バチッと指先から火花が散る。
なんだ? またか。
帯電体質になったのかやたらこう言うことが起きる。
七月。
暑くなるとこのツインテールも悪くない。
長い髪が自慢の女たちもこの時期は軒並み切るか纏め上げて背中にかからないようにしていた。
オレも切りたかったがオフクロがどうしても金を出してくれない。
けちじゃないのは分かっている。女性服だと次々くれるし。
ただそれがやたらに可愛らしいのは勘弁して欲しい。
最近はスカートやブラにもなれたけど、それでもまだ未知の女性服はあるんだし。
立て続けにこられてもつらい。
「暑い暑い」
そう言いつつもあくまで長袖のセーラー服の静香。
男の腕を露出したくないらしい。
そしてまたじろっとオレを見る。
「いいね半そでは涼しそうで」
「だったらお前もしろよ」
「お姉ちゃん。何度いえば言葉遣い直すの? せっかく可愛い声しているのにもったいないよ」
やっかみ半分。親身なアドバイス半分で言ってくる。
「う、うるせぇなぁ」
言葉使いまで変えてたまるか。最後の砦だ。
「オレ」が「あたし」と言った時点で男のオレは最後。そんな気がして。
暑くなり水泳の授業。
体育での着替えはさすがになれたけど、水着への着替えとなるといくらなんでも刺激が強い…
そう身構えていたがあれ? 何も感じない。
静香は静香で隅っこの方で。男の身でありつつ女子の着替えを覗くどころか隠れるように着替えていた。
たぶん男の肉体をさらしたくないのだろう。
ただ隠し方が無駄に色っぽい。いつの間にか女子の視線を集めていた。
それに当人も気がついた。背中を向けていてもあれだけの視線じゃ気がつくよな。
「きゃっ。もう。いつもいつも」
「いやぁ。静香もだいぶ色気出たよね」
「ほんと? 嬉しい」
男が色気出たと言われて喜ぶなよ…
「でも一気にお姉さんに抜かれたけど」
誰だ!? そんな火に油の一言を言うのは。
途端に怨念のオーラが。
「そうよね…所詮あたしは偽者だしね。どんなに外見を作っても中身までは無理。お母さんにもなれないし」
それじゃなりたくないのに将来的に『お母さん』になりかねないオレの立場は?
人の気も知らないで。自分だけが不幸だと思うなよ。
代わって欲しいくらいだ。お前は女。オレは男で丁度いいだろ?
また火花が散った
散々あいつら…男子たちの前で裸になって着替えたはず。
だからこんな胸元まで覆う水着で隠された恥ずかしいはずが…
なのに男たちの視線を感じるとどうしようもなく頬が熱くなり後ろに隠れてしまう。
まさかオレ? もう意識まで女になっている?
ち、違う!
男なのに女物の水着を着ているのが恥じなだけだ。
久しぶりの水泳だったが、胸元を覆う水着の感触や男の視線が気になって楽しむ余裕はなかった。
何より自分が『女なんだ』と改めて思い知らされて。
もうオレ…諦めた方がいいのかな?
どんな嫌でも続けていれば慣れてもくる。
授業の度に水着でそれに慣れてしまった。
水着でそれである。普通のスカートやブラウス。キャミなんてもう男時代のジーパンやTシャツと同じ感覚で着られるようになっていた。
ああ。慣れてしまえば女の体も悪くないかな?
なんだか今では男だったことが夢のようだ。
夏休みに突入して八月を迎える。
この頃にはオレもすっかり女としての生活になじんでいた。
自分でツインテールをセットする始末。
ただ名残で未だに自己代名詞は『オレ』だが、これも時間の問題でいずれは『あたし』に変わりそうな気がする。
それもいいかな?
女としての生活を受け入れたらずいぶん楽になった。
この先ずっと女なんだから、覚悟は早いに越した事はないか。
八月半ば。地元の神社で祭りがある。
オレと静香は浴衣姿で縁日に出向いた。
ふたりともピンクの浴衣。ただツインテールとポニーテール以外にもだいぶ見分けがつきやすくなっていた。
オレはかなり女らしい顔立ちに。ほっぺたのふっくらした感じが可愛い印象。
対して静香はだいぶ頬がこけてきた。
極力筋肉をつけないようにしているが普通に生活しているだけでつくのよね。男は。
この頃は体外的なものもあり、また諦めも加わりだいぶ言葉遣いも女の物へとシフトしていた。
『あたし』と言う自己代名詞を使うこともあるが、それに対する抵抗もなくなってきていた。
このどう聞いても女の声と慣れのせいだろう。
「静香。お参りしていこう」
オレは静香の手をとり高い位置の拝殿を指差す。
「いいわよ」
声変わりが始まったらしくだいぶつらそうな声で静香は応じてきた。
階段を昇って拝殿の前に。
女になったせいかかなり昇るのがつらかった。
静香はゆっくりではあったが平気で昇っていた。
やっぱり肉体は男よね。
たまたまなのか誰もいない。
階段の下はかなりにぎわっているのに。別世界のようだ。
賽銭を投げ入れ拍手を打つ。そして拝む。
「何を祈ったの?」
妹…もう弟と呼ぶほうがしっくりくる静香が聞いてきた。
「いつか男に戻れますように」
本当だった。そう神様にお願いした。
「はっ」
それを鼻で笑う静香。
「まだ未練があるの? そうは思えないんだけどなぁ」
その言葉にカチンと来た。あたしはつい大声でやり返す。
「何よ? あたしが女に馴染んでいるみたいじゃない?」
口走ってから手で口を覆う。
う…そ…どうしてこんなしゃべり方。
あたしもう心まで女に?
それを見抜いていたかのように静香は勝ち誇ったかのように言う。
「そら御覧なさい。素直に女になっちゃえばいいのよ」
その上から目線にあたしは切れた。
「何よ。人の気も知らないで。あんたに何が分かるのよ。ずっと男として生きていたのに、いきなり女として生きる羽目になったあたしの何が分かるのよっ」
「人の気も知らないで? それはこっちの台詞よ。あたしがどんなにお姉ちゃんの体をうらやましいと思ったか分かる? どんなに望んでもあたしはその肉体に届かない。それなのにおねえちゃんはあっさり手にしてその癖嫌がって。嫌味にも程があるわ。いっそ勝ち誇って女を武器にされた方がまだましよ」
「うらやましいと言うならあたしだって同じよ。あんたはどんどんあたしが欲しかった体になっていく。ねたましいのはこっちよっ」
あたしたちはたまりにたまった物を互いにぶつけ合った。
泣きながらそれを吐き出しあった。
しまいには見回りのおまわりさんに仲裁に入られるほどに派手に喧嘩していた。
きつくしかられてあたしたちは拝殿前のベンチに並んで腰掛けていた。
「あの…ごめん」
泣くまでぶちまけたせいであたしはすっきりしていた。
「何がよ」
こっちも泣きはらした眼であたしを見る静香。
「確かにあんたの気持ち。分かってなかった。そうだよね。あんたは物心ついてからずっとこんな苦悩を抱えていたんだよね」
あたしは半年にもならない。けど静香はずっと苦しんできた。
その静香はなんだか照れくさそうにしている。
「その…あたしの方こそごめん。自分で分かっているくせにお姉ちゃん…おにいちゃんのことを責めたりして」
素直な言葉があたしの心に届いた。
「いいよ。『お姉ちゃん』で」
「……お姉ちゃん……」
「だってあたし、女だもん。だから『お姉ちゃん』。そうよね。受け入れればよかったのよ。こんなに楽になれるんだもの」
捨てたものは大きかったけどね。
血を分けた兄弟。ううん。今では姉と弟。それも違うね。姉妹が一番いいわ。
とにかくそんなふたり。ましてやベクトルは違えど同じ苦悩を背負っている。
和解も早かった。
「さ。下に行こう。夜店はまだ回ってないよ」
「そうだね。お姉ちゃん」
そこには何の嫌味もない…単に肉親に向けた「お姉ちゃん」と言う響きがあった。
あたしはすっと手を差し出して「妹」の手をとる。静香も握り返してきた。
二人仲よく急な階段を下りていく。そのときだ。
またあの静電気が。
「えっ!?」
静香。そしてあたし自身も驚いて足がもつれた。
どちらからともなく転げ始める。
「静香!」「お姉ちゃん」
互いに相手を守ろうと堅く抱きしめあう。
お互いに相手の後頭部を腕で守っている。
あたしたちは激しく全身を打ちつけながら転げ落ちた。
下に到達してたたきつけられ、あたしは気を失った。
「しずかちゃん。しずかちゃん」
泣きながらオフクロが呼んでいる。
やだなぁ。いくら双子だからって間違えないでよ。こっちは伊吹。
うっすらと眼を開ける。オフクロの泣き顔が飛び込んできた。
「ああ。しずかちゃん。よかった。眼を覚ました」
「オフクロ…オレ、伊吹だよ。間違えるなんてひどいな」
「なに言ってんのよ。しずかちゃん。見間違えるはずがないでしょ」
「オフクロこそ」
ボーっとしつつ押し問答。いくつか分かったのがここが病院で担ぎ込まれたこと。
あれからたいした時間は経ってないらしい事。そして…
「もう。自分の顔見なさい」
オフクロがじれて手鏡を差し出す。
そこには見慣れた…ポニーテール? しかも青いリボン?
「これ…?」
まさか…これは静香のトレードマーク。
いや。転げたときに髪がほどけて直した…この緊急時にそんなことするはずがないか。
(もしかして?)
あたし…いや。オレは自分の胸元をたたいた。ぴしゃぴしゃと言う音。
「ない!?」
少しずつ膨らんでいたはずの胸がまっ平らになっている。
医者やオフクロが見ていたがオレは構わず毛布に隠れた足の付け根を。
「あ…ある!」
紛れもない男のシンボルが。
でもどうして? 階段転落で男に戻れた? むしろ考え方としては…
「オフクロ? 『オレ』は? 伊吹はどこ?」
「え。伊吹ちゃんならここに」
隣のベッドにいた。少しだが膨らんだ胸元。
ぷにっとしたほっぺた。そして赤いリボンで彩られたツインテール。まさか?
「うーん。うるさいなぁ…」
やたら可愛らしい声でそいつは目を覚ました。
「伊吹ちゃん。よかった」
オフクロが抱きつく。
「えっ? やた。ママ。あたしは静香よ。あれ? この声…」
静香も異変に気がついたらしい。
そっとオフクロを離すと自分の胸元を弄る。その表情が驚きに変わる。
「嘘? 膨らんでいる。神様にもう願いが届いたの?」
そんなことを祈ってたんかい?
そしてオレ同様に股間をも。
「ないわ!? 邪魔なのがなくなっている。嬉しい!」
この状況で喜びが先かよ。
それはさておきこれで確信した。
あれは女になってしまったオレの肉体だ。
そしてこれは男のままの静香の肉体。
オレたちは肉体と魂が入れ替わってしまったんだ。
オレたち二人の説明で逆にパニックに陥る親父たちと医者たち。
そりゃそうか。オレの肉体が女性化したのに続いて今度は魂が入れ替わったんだから。
「こ、こんなもの現代医学でどうやって治せばよいと言うのだ?」
どこか芝居じみた調子で医者が言う。
あれ? ちょっと待てよ。この状況…何かまずいか?
ふとオレの肉体に納まった静香を見るとやはり落ち着いて何か考えている。
たぶんオレと同じこと。
「ねぇ…これでいいんじゃない?」
ちょっと前までオレの声だった女声。
もともと男ののどで女らしくしゃべっていた静香が女の声でいうとやたらに可愛らしく聞こえる。
オレの声ってあんなに可愛かったのか…男に未練を持っていて意識して低く抑えたしゃべり方をしていたからな。オレは。
こんな声が出せるとはオレ自身知らなかった。
「何をいっているんだ。伊吹…じゃなくて静香か」
親父もこんがらがっている。無理もない。
「静香の言うとおりだよ。親父。これがベストなんじゃない?」
そう。男に戻りたいオレは静香の男の肉体に納まった。
女になりたい静香はオレの女の肉体を得た。
住んでいるところも親も同じ。
少なくとも赤の他人と入れ替わるわけじゃない。多少の違和感はあれどスムーズな入れ替わりになるはずだ。
「ああ。もう。わけが分からん」
頭をかきむしる医者たち。こんなの対応出来ないだろうなぁ。
それをよそにオレと静香は向かい合っていた。
「いいのか? 静香。お前に女の肉体を押し付けて」
オレの嘆きまで持って行かせる気分だった。
心身ともに妹となった静香は首を横に振る。
「こんな奇跡が起きるなんてね。あのバチバチのおかげかしら?」
あの「静電気」。
オレが女になっていた間たまに起きていたが、もしかしたらあれはオレの男に戻りたい未練が眼に見える形で現れたのかも。
そしてもっとももとの肉体に近い存在と入れ替わった。
静香にしても本心から女になりたかったからそう言う意味ではオレと同じ。
互いの求めるものが一致して、そして双子と言う近しい肉体だから入れ替わったのだろうか?
もっとも互いに元に戻る気がなくなっていたが。
「大事にするね。おねえ…おにいちゃんの体」
「ああ。オレもだ」
静香の低く作ると意外にいい声でオレは答えた。
そして月日が流れた。
元々戸籍変更へと進めていた静香は肉体まで女になったことで一気にそれが認められた。
中森家次男・静香から長女・静香である。
そして高校も女子としての通学。
「今日から高校二年生だね。お兄ちゃん」
ブレザーとベスト。フレアスカートと言う制服姿の静香が可愛らしく言う。
身長はあれからまるで伸びず160のまま。代わりに胸がやたら育って今ではDカップらしい。
腰に達するロングヘアをトレードマークのポニーテールにしている。
あ。コイツ。ちょっと化粧してやがる。唇がつやつやしている。口紅…じゃなくてグロスって奴か?
そんな事しなくてもやたらに十分綺麗なんだし。
元の自分の顔にこんなことを言うのもなんだが…
「それにしてもお兄ちゃん。背が伸びたね」
かつては同じ高さにあった眼の位置だが、今ではすっかり静香が見上げるのがパターンとなった。
「オレもまさかここまでとは…」
今の身長は174センチ。一年半かそこらで14センチも伸びたのか。体重も増えた。
筋肉もついたし肌も黒く。かなり男らしい肉体になった。
互いに元の肉体を見てほっと安堵のため息をつく。
「ほんと。ずいぶん女らしくなったよな。そのままだったらと思うと」
オレが女として男相手に恋をしていたんだろうか?
「あたしも入れ替わったよかったとほんとそう思うわ。そんなに大きくなったらさすがに可愛い女の子で通すのは難しいもの」
かつての女装少年の面影はまったくない。どこにでもいる普通の少年だ。
入れ替わった当事は性別以外男らしい要素がまるでなくて、それをとにかく男らしく改造したのもあるが。
「変身」と入れ替わり」が立て続けに起きて、マイナス×マイナスでプラスになった。そんな現状。
「あっ。おっはよーっ」
駅へ向かうと中で高校で知り合った男の所に走りよって行く。
腕をからめて幸せそうに笑う静香。おい。それは元は言えばオレの体なんだぞ。
その唇で男とキスなんてしてないだろうな…
まったく。人の気も知らないで。
ま…丸く納まったからいいかな。今じゃもう完全にあいつの肉体だし。オレもこの肉体になじんだ。
なにしろ同じ母親から同時に生まれたのだ。そりゃなじむさ。
「待てよーっ。静香」
オレも走って追いかけた。オレの元の肉体と双子の「妹」を。
Fin