第九話 バレーボール大会で
今日はクラス対抗のバレーボール大会の日だ。毎年恒例で五月に行われる。男女別に勝ち抜きのトーナメントになっていた。男子の試合はやはり迫力があり、クラスのみんなが応援するようになっている。旭ヶ丘高校は進学校のわりに行事が多く、勉強以外の催し物もつまっていた。美咲は相変わらずバレーボールも苦手でサーブひとつもなかなか入らない。それが他のメンバーがよかったのか美咲のチームはどんどん駒を進めて、準決勝までやってきた。
「美咲、すごいじゃないか。優勝までがんばれよ。」
試合の合間に正樹に会い、声をかけられた。
「違う。どうしよう、私ひとり足ひっぱってるのに・・。何か、家に帰りたい。」
美咲は情けない声で正樹に言った。正樹は笑いながら平気な顔をしてとんでもないことを言い出す。
「後で和明と一緒に応援しにいくからな。しっかりやれよ。」
「やめて、絶対こないで!」
美咲は友達の久子と一緒にクラスの男子の応援をしに行った。コートの周りは女子が大勢駆けつけて接戦なのかとても白熱していた。ふと隣のコートを見るとちょうど和明がサーブを打つところで美咲は目を瞠った。
「美咲、どこみてるの?うちのクラスはこっちよ。」
「えっ、ああごめん。」
美咲はあわてて和明から視線をはずしクラスの方に向き直った。長いラリーが続き手に汗握る試合になっている。美咲はクラスの応援をしなければと思いつつ、ボールが和明の方に向かうとついつい和明の応援をしている自分に気づいた。昔からなんでも器用にこなす和明は難しいボールも危なげなくつなぎ、クラスの女子の黄色い声援に応えていた。小学校の時の運動会でリレーを応援していた自分と重なってくる。あの時は大声で応援できたが、今は心の中でエールを送った。
「美咲、見て。向こうのクラスのあの男の子すごいかっこいいね。さっきから向こうのクラスの女子の声援すごいよ。」
「・・そうだね。」
久子は和明を指して美咲に言った。中学でも人気があったが、高校でも女の子に注目されているのがよくわかる。自分にはつりあわない人だと美咲は思った。試合は結局和明のクラスが勝ち、美咲のクラスは負けてしまった。男子が肩を落としている。美咲の隣の席に座っている男子が美咲に声をかけてきた。
「沢中、負けちまったよ。ちゃんと応援してくれてたか?おまえも向こうの寺西にみとれてたんじゃないだろうな。」
クラスでも人気のある気さくな感じの相田卓真だ。相田はバスケット部に所属し、和明のことをよく知っていた。
「あのすごいかっこよかった人が寺西君って言うの?知らなかった。」
久子は和明の名前を聞いて感心していた。
「残念だったね。もう少しで勝てたのに。」
「あたりが悪かったな。寺西のいるクラスじゃなかったらもっと上までいけたはずなんだけど、くそう、悔しいな。」
美咲が相田と親しそうに話しているのを和明もじっと見つめていた。その視線を感じたのか相田が和明に話しかけた。
「おーい、寺西。お前、もう少し手えぬけよ。バスケだけでなくバレーも得意なのか?嫌味なやつだな。」
相田は美咲と離れ、和明のそばへ寄っていった。その隙に美咲は久子と一緒にコートを離れた。
「美咲、さっきの寺西君と知り合いなの?」
「え?」美咲は久子に和明の話を突然ふられ、びっくりした。
「なんか、寺西君、ずっと美咲の方見てたみたいだったから。知り合いなのかと思って。」
「・・同じ中学だったの。中学では一緒のクラスになったことないけど・・。」
「へぇ、そうなんだ。寺西君、すごく人気あるみたいだよ。私の友達が同じクラスで、なんでもできてやさしいから女の子の呼び出ししょっちゅうって言ってた。でも確かにかっこよかったね。名前だけ聞いて知ってたんだけど。中学でもすごかったでしょ?」
「そうね、すごかったな。」
「寺西君、美咲のこと好きなんじゃない?」
「はぁ?なんでそうなるのよ。」
「だって美咲が相田君と話してるのすごい顔して見てたよ。私、たまたま寺西君の方見て気づいたんだけどあれはちょっと・・」
「久子の思いすごしよ。それより今度私らの番じゃない。どうしよう、久子はバレー得意だからいいけど私嫌だなあ、出るの。逃げたくなってきた。」
「大丈夫よ。勝っても負けてもどうってことないんだから。気楽にいこう。」
久子は美咲を励ました。美咲はさっき正樹が言っていたせりふを思い出し、ますますコートに向かうのが憂鬱になっていた。