第六話 思い出の中で 3
四月、桜が満開の中で美咲達は中学に入学した。ほとんどが小学校からの持ち上がりで見慣れた顔が並んでいる。美咲は校庭に張られたクラス名簿を見上げ、自分の名前を探した。正樹が一組なのを確認して、また自分の名前を探し始める。その途中で和明の名前が目に留まり、思わず急いでそのクラスを確認した。自分の名前がないことに安堵し、また寂しくも感じていた。
「美咲ちゃん、同じクラスだよ。よかったー。なかよくしようね。」
小学校の時からの友達の美紀ちゃんだった。二人は真新しいセーラー服を翻し、教室へと向かった。毎日の生活にも慣れ、吹奏楽部に入った美咲はクラリネットに夢中になっていた。
あいかわらずピアノ教室にも通い続け、かなり難しい曲も弾きこなしていた。正樹と和明はバスケット部に入部し、持ち前の運動神経を活かしてそれぞれチームの中で活躍していた。
いつも一緒だった三人も、それぞれが勉強にクラブにと忙しく、一緒になることはまれになっていた。和明とクラスが離れてからは、ほとんど顔を合わすこともなく、正樹の口から出てくる話で近況を知る程度になっていた。たまに見かける和明の姿がとても遠くに感じられた。
慌しく時間はすぎて、美咲達は中学三年生になった。高校受験を控え、自分の進路を決めなくてはならない。ある夏休み前の放課後、美咲は教室で進路調査票を前に思案していたその時、廊下から聞こえてきた女子生徒の話にくぎづけになった。和明の名前が出てきたのだ。
「四組の寺西君、ほんとにかっこよかったねー。何回もゴールしてて私一目で好きになっちゃった。」
「そうだね、頭もすごくいいんだって。この間の中間テスト学年一番だって言ってたよ。それに、昔アメリカに住んでたから英語もぺらぺらだそうだよ。」
「へぇー。すごいねー。この間、四組の岡田さんが告白したらしいけど断られたっていってたよ。何人目かな。絶対うんって言わないらしいよ。好きな人でもいるのかな。」
二人は和明の話を夢中でしていた。美咲は久しぶりに聞いた幼馴染のうわさ話に驚いた。最近は、正樹も和明の名前を出すことが少なくなっていて、美咲は和明の近況もほとんど知らなかったのだ。そんなに勉強ができることも初めて知り、同じ高校にいけるのかと急に思い悩むようになった。
「正樹、和ちゃん元気にしてるのかな。」
お風呂から出てきた正樹を捕まえて、思いきって和明のことを聞いてみた。
正樹はびっくりした顔で美咲の顔をのぞきこんだ。
「急にどうしたんだ?あんなに嫌って避けてたくせに。」
「別に避けてなんかないよ。クラスが離れてるから顔を合わさなくなったのよ。でも、すごいね。この間のテスト、一番だって聞いた。びっくりした。」
「前からそうだよ。あいつ、頭いいからな。バスケもうまいし、女の子がキャアキャア言ってる。あいつがいるから俺がかすんで見えるんだ。」
「はぁ?よく言うわね。・・和ちゃん、どこの高校いくのかな。」
「美咲、おまえ・・。」
「ん?」
「・・直接和明に聞くんだな。俺はてっきり逆だと思ってた。だから、和明の話もしなかったのに・・。」
「何の話してるの?」
美咲は訳がわからないという顔をして正樹の返事を待った。けれども正樹は何も言わずそのまま部屋に入ってしまった。
美咲はこの間の和明の噂話を聞いてから、どうしても和明と同じ高校に進学したいと思うようになっていた。今でも雲の上の人なのに、学校が違えばますます離れていってしまう。昔のような関係にはもどれなくても、手の届く距離にいたかった。小学校の時にやさしく話しかけてくれた和明に冷たくしていた自分がとてもひどい人間のように思われた。けれども、いまさら自分からどこの高校に行くのかと聞きにいく勇気もでてこない。どうしようかと思っていた矢先にそのチャンスは突然やってきたのだ。
図書委員をしていた美咲はいつものように、当番である水曜日の放課後、図書室にやってきた。その日はたまたま人が来ず、カウンターでくつろいでいたが返却された山のような本が気になり、一冊ずつ本棚に直していく作業を始めた。。その中の一冊がかなり高い場所に直さないといけないもので美咲は仕方なくできるだけ背伸びをし、戻そうとした。もう少しで入るかと思ったその時、後ろから手が伸びてきて、本が手から離れていった。びっくりした美咲が振り返ると、そこに和明が立っていたのだ。