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第四話 思い出の中で 1

美咲は少し小高い丘の上にあるこの家が大好きだった。祖父母の代からのこの家は、すでに古く冬になるとすきま風が入りとても寒いが、今はいないやさしかった父方の祖父母の思い出か`詰まっている。二人とも美咲たちが小学生の高学年の時にパタパタと病気で逝ってしまった。

それでも、小さい時に過ごした楽しい思い出は、懐かしいとてもいい記憶だ。音楽の大好きだった祖父はバイオリンをたまに披露し、家族のみんなを楽しませた。沢中家一家の下の子供たち二人も、当然のようにピアノ教室へと通わされていた。特に、美咲の上達の速さは祖父母二人を喜ばせ、美咲本人も練習にますます励んでいった。


美咲達が小学校に上がる頃、近所でずっと空き地になっていた土地に大きな家が建ち,美咲達と同じ年の子がいる一家が引っ越してきた。父親の仕事の関係でアメリカ帰りの和明達だ。両親たちの年回りも同じで、すぐに親しくなった。ずっとアメリカで過ごしてきた和明は、日本語があまり上手でなく、美咲達にとっては、とても不思議な子供に見えたことだろう。それでもすぐにうちとけて、毎日一緒に遊ぶいい仲間だった。

「和明、一緒に野球しょうぜ。」

「OK,Let's go!」

「私も一緒にいく」

「OK,・・。美咲、ピアノ、練習、・・Is the exercise of the piano good?」

「えっ?ピアノ・・。いいの、後で練習するから。」

三人は同じ小学校に通い、のびのびと育っていった。年数を重ねるうちに美咲と正樹のピアノの上達の差がますます開き、正樹は教室へ行くのを嫌がってとうとうやめてしまった。


「和ちゃん、私もピアノやめようかな。正樹がピアノ教室行くの辞めちゃった。一人で行くのイヤだな」

「どうして?あんなに上手に弾けるのに、もったいないよ。頑張って続けなよ。」

「だって先生すごく怖いもん。一人で行くの怖いよ。行きたくないよ。」

美咲が三年生になってすぐのことだった。正樹は代わりにスイミングに行き始めたときだった。いまにも泣きそうな顔で、教室に行くのを嫌がる美咲をなんとかなだめようと和明は必死だった。

「大丈夫だよ。美咲すごく上手だから、しかられないよ。僕、美咲のピアノ大好きだから辞めてほしくない。」

「でも、行くの怖いよ。どうしよう。」

和明は思案にくれた。なんとかして教室に行かさないと美咲の演奏を聴けなくなってしまう。

「美咲、僕がついていってあげるよ。だから大丈夫。」

和明は美咲と一緒にピアノ教室へ向かった。美咲はその時ひかれた和明の手の暖かさを今でも覚えている。あのとき、和明がついてきてくれなかったらピアノもやめていたかもしれないと美咲は思った。


美咲達の大好きな祖父が病気で亡くなったとき、五年生になっていた。祖父のバイオリンの伴奏も難なく弾けるようになっていた美咲にとっては、とても寂しいものだった。身近にあたりまえにいた人がいなくなるということがどんなに寂しいことか、理解するのもそんなに難しくなかった。祖父の隣でいつもにこにことしていた祖母もいつ消えるかわからない状態になっている。底の見えない暗闇の中を落ちていくようなそこはかとない気分に打ちのめされていた。


「和ちゃん、どうして人は死ぬんだろう。おじいちゃんが死んで、今度はおばあちゃんまで危ないって言ってた。おじいちゃんのバイオリンは二度と聞けないし、おばあちゃんのケーキも二度と食べられなくなってしまう。そんなことって・・。」


美咲の頬をいく筋も涙が伝っていく。隣で正樹も目頭を真っ赤にさせていた。家中が暗い雰囲気に包まれ、両親たちは忙しく家の中を片付けていた。兄の修司も部屋にこもっている。美咲達の気をそらすようにと呼ばれた和明もなんと声をかければいいかと途方にくれた。二人のあまりの落ち込みように二人にとって祖父母の存在がどれだけ大きかったかよくわかる。

和明は、努めて明るく声をかけた。


「僕は、おじいちゃんもおばあちゃんも知らないんだ。僕のおじいちゃんもおばあちゃんも小さい頃に死んでるから顔も覚えていないんだ。正樹も美咲もいいほうだよ。顔ももちろん知ってるし、一緒にずっといてくれたんだから。それに、うちの母さんが言ってたけど体はなくなっても心はずっと生き続けるんだよ。美咲が覚えている限り、ほんとうにさよならするわけじゃないんた゛。」


「それほんとうなの?」美咲は大きく目を見開いて聞き返した。


「もちろん、本当だよ。僕のおじいちゃんとおばあちゃんも僕のことをずっと見守っていると母さんが言ってた。」


「それじゃあ、私が覚えているとおじいちゃんも私のことをずっと覚えているの?」


「そうだよ。美咲が困った時に必ず助けに来てくれるよ。姿は見えなくても美咲の隣でいつもバイオリンを弾いているんだよ。」


「おばあちゃんもおじいちゃんと一緒にいられて嬉しいかな?」


「二人一緒に並んで正樹と美咲を見ててくれると思うよ・。」


和明は淡々と二人に言い聞かせた。泣く必要なんかどこにもない。会おうと思えばいつでも会える。心のアルバムはいつでも開けられるのだから。


美咲と正樹は顔を見合わせ、一筋の光を見出した。


寒い冬の夜、祖母と永遠の別れをし、子供たちはまた、一回り大きくなっていった。


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