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第三十一話 季節はめぐり

「へ?結婚!?・・・誰が結婚するの?」


美咲は久しぶりに聞く双子の兄である正樹の電話に耳を傾けていた。突然かかってきた電話にたまたま出た美咲は相手が正樹だとわかると驚きに目をみはった。高校を卒業後、地元の大学に進学した美咲と違い、正樹は東京の医科大学へと進んだ。六年の大学生活の後、東京の大学病院へと就職した。めったに実家に戻らなくなった正樹と話すのは、本当に久しぶりのことだった。


「おまえ、俺の話聞いてたのか?俺に決まってるだろう。」


「・・・・。」


久し振りに電話をかけてきたかと思うといきなりの結婚話。美咲は思いもしない内容に絶句した。二十六歳。結婚してもなにもおかしくない年齢だ。正樹ったらいつの間に・・・・。美咲は受話器を握りしめ、長い間会っていない自信に充ち溢れた正樹の顔を思い浮かべた。


「美咲、おい、聞いてるのか?」


「聞こえてるよ。びっくりした、あんた、いつの間に・・。相手はその・・久子と?」


「ああ、ちょっといろいろあってな。再来月に式挙げようと思ってる。父さんたちにこの週末に帰るって伝えといてくれないか。」


「うん、わかったけど。久子と一緒に帰るんでしょ。・・・再来月って、まさかあんたたち・・・・。」


「ばか、違うよ。残念ながらおまえが考えてるようなことはない。とにかく帰ってから詳しく話すから。それより、そっちは変わりないか?」


「うん、みんな元気にしてるよ。修ちゃんは正樹と一緒で全然帰ってこないけどね。」


「そうか。美咲、おまえも変わりないか?」


「なによ、それ。ええ、どうせ私は今でも一人ですよ。正樹は幸せの絶頂でしょうけど・・。」


「あのなぁ・・。おまえももうすぐ・・。いや、いいよ。それじゃ、森野と一緒に土曜日の夕方には帰るから。」


「わかった。お土産に草加せんべい買ってきてね。」


「・・・ああ。」


受話器を置くと美咲は大きな溜息をついた。あの二人が結婚するなんて・・・。美咲の親友である久子の片思いから始まった二人がとうとう結ばれるんだ。おとなしかったあの久子が正樹のことになるととても一途な面を見せてくれた。大学も正樹と同じ東京の医科大学に進み、ずっと正樹のそばを離れなかった。あの情熱はどこから来るのか本当に感心させられたものだ。正樹もとうとう捕まったのね・・・。高校の卒業式で、正樹と同じ大学に進むと報告してくれた時の迷いのない凛とした瞳が思い出される。・・・久子、よかったね。思いがやっとかなったんだね。週末に会えるであろう親友の懐かしい笑顔を思い浮かべた。


美咲はピアノのある応接室の窓を開けた。丘の上に建つ自宅からゆるやかな坂道が伸びて、遥か向こうには海がかすかに望まれる。小さい頃からずっとこの景色を見て育ってきた。


五月。


ついこの間、誕生日を迎えたばかりだ。桜が散って今では青々とした木々が風に揺られている。 ・・・私だけ置いてけぼりね。美咲はうつむいて小さく呟いた。休日の午後の風はやわらかく美咲の頬を包んでいる。日々の忙しさに忘れかけていた記憶が思い起こされる。あれから九年近くが経っていた。大好きな幼馴染の男の子とやっと気持ちが通じあったと思ったのも束の間、すぐに離れ離れになってしまった。寒い季節の別れのせいか寂しい記憶となり、最後に見た和明の笑顔はとても切ないものとなってしまった。別れてしばらくは校舎のあちらこちらで彼の姿を探してしまう自分がいたが、周りは何も変わらず時間が流れていく。あれから何の音沙汰もない和明の存在も少しずつ遠いものへと変化していった。最近は忘れかけていた昔の記憶がどんどん膨らんでいく。美咲は思わず苦笑していた。これが年をとったってことかしら・・。センチメンタルな気分に酔いしれている自分がおかしかった。正樹のせいね・・・。


美咲は地元では名前の知れた製薬会社の研究室に勤めている。大学院の修士課程を終えた後、そのまま地元の企業に就職した。和明と約束した通り、苦手な数学も克服してひたすら勉強に励み、希望通りの進路に進んだ。正樹は進学とともに家を離れたが、美咲は両親とともにずっと海に近いこの地を離れずにいた。毎日会社と家の往復を繰り返し、仕事が恋人のように時間だけが穏やかに過ぎていく。それでも自分の希望した職種について充実した毎日を送っている。たとえ隣にあの人がいないとしても・・・・。

これまでも色々な出会いがあった。この人ならと踏み込んだ付き合いを考えた相手もいたが、最後にはなぜか尻込みしそれきりとなってしまった。けれども後悔はしていない。自分にはやはり和明しかいないのかもしれない。もう会うこともないかもしれないのに・・・。ずっと帰ってくるのを待っているの? 

今の私をみて和明はどう思うだろう。何も変わっていない自分を見て呆れる? それとも、よくがんばったと褒めてくれるだろうか・・・。


週末、正樹たちは連れ立って帰ってきた。二人が一緒に並んでいるところを見るのは初めてでとても不思議な感じだった。玄関先で待ち構えていた美咲の姿を見つけると正樹は手を振った。隣にいる久子はしっかりと握りあっていた手を離そうとしたが、正樹がそれを許さなかった。駆け寄ろうとした久子はそのまま正樹に連れられ、美咲に笑顔を向けている。


「久子、久し振り。元気そうね。・・・正樹もお帰り。」


「美咲。本当、久し振り。大学の時以来ね。美咲、全然変わってない。」


「そうかな・・・・。」


気にしてるのに・・・。そんな美咲を見て二人とも顔を見合わせ苦笑した。


「おまえ、ほんと昔のまんまだよな。まぁ、中身は変わってってんだろうけど。」


意地悪そうな正樹の視線を受けて美咲はにらみ返した。


「久子、本当にこんなんと結婚するの? 考え直した方がいいわ。もっとまともな人がごまんといるわよ。」


「おまえなぁ・・・。」


「うん、そうね。」


「おい・・・・。」正樹はあわてて久子を見やった。久子はクスッと笑いながら、


「でも、知ってるでしょ。私にはずっと正樹君しか目にはいらないの。」


美咲と正樹は二人とも久子の言葉に目をみはった。正樹の顔がみるみる赤くなっていく。美咲はその様子に二人の仲がとても仲睦まじいことを理解した。正樹が照れ隠しにあらぬ方向に向いている。まるで高校生の時に時間が戻ったようだ。久しぶりの空気がとても懐かしい。美咲は思わず顔をほころばせた。


「さぁ、どうぞ。二人とも首を長くして待ってるわよ。」



両親は二人をとても歓迎した。久しぶりに帰る息子が生涯の伴侶を連れてきたのだ。部屋に入るとみんなでテーブルを囲み、簡単な自己紹介の後、正樹が姿勢を正し、本題に入ろうとした。久子が不安そうな表情を浮かべている。正樹が久子の方を見やり、大丈夫だというように頷いた。その様子に安心したように久子も頷いた。


「実は、東京の大学病院を辞めようと思うんだ。」


正樹の言葉にみんなが一瞬黙り込んだ。美咲も思わぬ正樹の言葉に驚いた。一番に口を開いたのは父親だった。


「どうして? 仕事になにか行き詰ってるのか?」


「いいや、そんなことはないよ。最先端の医療を勉強しながら俺なりに頑張ってきた。同僚たちにもとても恵まれていると思う。」


「なら、どうしてだ? 希望してやっと入った病院だろう。」


「ああ、そうなんだけど・・・。」


正樹はそこで言葉を切ると思い切ったように続きを話し始めた。


「実は俺、北海道の病院に行くことに決めたんだ。父さんは反対するかもしれないけど・・・・。何年かそこに勤めたら、その後そこで診療所を開こうと思ってる。」


正樹はまっすぐの視線を父親に向けていた。昔からこうと決めたら絶対意志を貫く正樹だった。東京の大学への進学も一人で決めて、ここまできたのだ。母親もあきらめた様に軽く溜息をついた。


「正樹、それはもう決定事項なのね。私たちが反対しても行くんでしょう?」


「・・・母さん、ごめん。」


「でもどうして北海道なんだ? そんなとこまで行かなくてもここに戻ってくればいいじゃないか。修司もいずれは帰ってくると言ってたぞ。」


「ああ。父さんの後は兄さんが継ぐと思うから、どうか許してください。・・・・ここにいるよりもっと医者を必要としている場所があるんだ。だから・・・・。」


正樹の真剣な様子にだれも反対を口に出せなかった。


「・・・ところで森野さんはどうするのかね。結婚の報告だと聞いていたんだが・・・。」


父親は正樹から視線を外し、久子の方へ向き直った。久子はそのまま正樹の方に視線を向けてから、また正樹の両親の方へ向き、口を開いた。


「私も勤めていた病院を退職しました。正樹君について行こうと思っています。不束者ですがどうか正樹君のそばにいることを許してください。できる限り力になりたいんです。お願いします。」


久子は深く頭を下げた。正樹もその姿に驚いた顔をしている。美咲は二人の話にだまって耳を傾けていたが、すっと離れた椅子から立ちあがり、傍へと近寄った。






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