第二十四話 秘密
11月。秋も深まり、紅葉がとても美しかった。木の葉が風が吹くたびに落ちていく。美咲と和明はいつもと同じように、つかず離れずの距離を保ちながらゆっくりと学校からの帰り道を進んでいた。
「和ちゃん、来年のクラスどうするの?」
「え、ああ、理系クラスに希望してるよ。」
「そうなんだ、よかった。また同じクラスになるかもしれないね。」
「・・・・・・。」
「和ちゃん?」
和明はどこか上の空で美咲の話もあまり耳にはいっていないようだった。いつも笑って美咲の話を相槌を打ちながら聞いてくれるのだが、今日は意識がよそに向かっているようだ。
「和ちゃん、どうしたの?」
「え?」
「何か今日はいつもと違う。・・元気ないみたい。」
和明は、はっとした顔をして美咲の方へ視線を向けた。
「ごめん、何かぼうっとして・・。ええと何の話だっけ。」
「来年同じクラスになったらいいなって言ったの。」
美咲は少し口を尖らせてもう一度同じセリフを言った。和明はその顔を見て、やっといつもと同じ笑顔で美咲の頭をくしゃっと触った。
「・・・そうだな。一緒のクラスだと美咲のバレーボールの試合も堂々と応援できる。」
和明は悪戯そうな瞳を美咲に向けた。
「バレーボール?・・それって・・。」
和明はこの間のクラス対抗のバレーボール大会を思い出した。必死にボールを追いかけていた美咲に声をかけてやりたかったが、クラスも違いその時は二人ともとても遠い関係だった。でもあの時転んだおかげで今の二人がいるのだ。
「美咲、あのさ・・。」
「ん?」
「・・・いや、何でもない。美咲、明日の数学のテスト頑張れよ。微積はずっと難しくなってくから。」
「・・わかった。和ちゃん、今度の土曜日、空いてない?見たい映画があるんだけど・・。」
「ごめん、土曜はちょっと・・。」
「そっか、いいの。和ちゃんも忙しいもんね。久子、誘ってみるから。」
二人はいつもと同じ様に坂道のところで別れた。和明は美咲と別れた後、難しい顔をして足取り重く自宅へと続く道を進んだ。
*
「寺西君、どうするの?沢中さんにはもう話したの?」
和明はバスケ部の練習の後、マネージャーの藤井理沙に引き留められた。
「・・いや。」
「どうして?もう、時間も少ないんじゃない。」
「・・・・。」
「寺西君が言えないんなら私から話すわ。彼女なのに、寺西君がこんなに悩んでるのに何も知らないなんて許せない。」
「やめてくれ、まだ決まったわけじゃない。美咲には俺から話す。第一君には関係ないだろう。余計なことしないでくれ。」
「関係ないことないわ。私にとっても一大事よ。言ったでしょ、あきらめられないって。沢中さんのこと寺西君がどれだけ好きか知ってる。私もずっとあなただけを見てきたんだもの。ても、わたしだけが知ってて彼女が知らないのはフェアじゃないわ。」
「・・・・・。」
「…寺西君、お願いがあるの。一度だけ、一度だけでいいから私に付き合って、それできれいさっぱりあきらめるよう努力するから。もう二度と付きまとったりしないから、お願い。」
「藤井さん、何度も言ってるだろう。美咲に後ろめたいことはしたくないんだ。」
「お願いよ。少しでいいから思い出がほしいの。今度の土曜日、私に付き合って。どうしてもいやっていうなら、沢中さんに全部話すわ。」
「・・・わかった。」
*
「久子、今度の土曜、映画見に行かない?」
美咲は週末の土曜日に久子と今話題になっている映画を観にいこうと誘った。
「いいけど。寺西君と一緒に行かないの?」
「・・振られちゃった。なんか用事があるみたいで。」
「ふうん、それじゃ何時にする?終わったら買物にも付き合ってね。」
「いいよ。駅前に10時にしようか?」
「わかった。」
二人が放課後教室で約束を交わしているところへ理沙が現れた。教室の中をぐるりと見回している。美咲は以前図書室から帰る時に投げられた言葉を思い出し、顔を固くした。なるべく目を合わせないでおこうとしたのに理沙は美咲の姿を捕らえるとまっすぐに向かってきた。久子も自分たちに何の用だろうと訝しげな顔をしている。
「沢中さん、相田君知らない?練習に来ないから探しに来たんだけど・・。」
「え、ううん、知らない。鞄は残ってるからまだ帰ってはいないと思うけど・・。」
「そう、ありがとう。・・ところで沢中さん、正樹君はまだ美術部にいてるの?この間の試合ではとても助かったわ。あれだけできるのになんでバスケ部に入らなかったの?彼ならすぐレギュラーに選ばれるでしょうに。」
「ええと、中学では和ちゃ、ううん寺西君と一緒にバスケやってたんだけど急に美術部に入るって言い出して・・。絵、下手くそなんだけど。」
「ふうん、二人とも仲良さそうだったもんね。沢中さんも寺西君とずっと一緒なの?」
「う、うん。家が近所で幼馴染なの。」
「へぇ、いいわね。幼馴染からそのまま恋人に昇格したのね。」
理沙の険のある言葉に美咲は早くその場を離れたかった。久子も何か感じ取ったのか剣呑な雰囲気が漂っている。
「さっきの話、聞こえたんだけど。週末映画観に行くの?いいわね。・・それじゃ、ごめんなさい。お邪魔して、相田君見かけたらすぐに練習に来るように伝えてくれる?」
理沙は鋭い視線を美咲に向けると踵を返し、教室を出て行った。
「なによ、あれ。言いたいことだけ言って。彼女、バスケ部のマネージャーの・・。」
「藤井さん。きれいな人だね。」
「まぁ、美人だけど、性格きつそう。美咲、顔見知りだったの?」
「ううん、久子と同程度だと思うけど。」
「なんか、美咲のことにらんでたね。なんかあったの?」
「うん、まあ・・。」
美咲は以前、理沙が和明に告白していた現場に出くわしたことを久子に話した。
「へぇ、そうなんだ。それでね・・納得。でも、気にすることないわよ。寺西君が選んだのは美咲なんだもん。堂々としてればいいわ。でも、人気のありすぎる彼の彼女って大変ね。あんな目で見られるんじゃたまらないわ。」
「久子、そんなこと言わないで。気にしてるんだから。」
「ごめん、ごめん。失言だったわ。・・さてと、そろそろ帰ろうよ。」
二人は教室を揃って出て、学校を後にした。美咲はさっきの理沙の表情が頭から離れず、嫌な予感がしていたがそれを振り払うように無理やり笑顔を浮かべ久子と話を続けていた。