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第二十三話 秋の訪れ

美咲は夕食の用意の為、部屋を出て行った。残された三人はそれぞれ考えることがあるのか静かだった。空調の音が少し耳障りだ。


「美咲はきれいになったな・・。半年会わなかっただけでも違うな。」


「まあ、俺の妹なんだからそれなりにね。」


「お前、相変わらずだな。まあ、俺の妹でもあるけど・・。」


修司は苦笑しながら和明に視線を向けた。


「和明なら大丈夫だと思うけど、泣かすなよ。」


和明は修司の目を見て頷いた。



四人は夕食の後、庭で花火をすることにした。小学生の時以来の花火だった。小さい頃はしゃいで花火をしていた自分たちの姿と重なってくる。正樹が振り回した花火から怖がって逃げていた美咲をかばっていた和明がいた。美咲は久しぶりに童心に還り楽しんでいた。暗闇の中で花火の華やかな音が響き、光があたりを照らした。次々と新しい花火に火をつけていった。美咲は最後に線香花火に火をつけて座り込んだ。その隣に和明もかがんだ。正樹と修司は顔を見合わせゆっくりと二人から離れて家の中へと戻っていった。


「和ちゃん、きれいだね。」


「・・ああ、きれいだな。」


二人は静かに花火を見つめていた。朝から遊園地に行き、帰ってきて兄と久し振りに顔を会わせて、今はもう夜の九時前。一日の大半を和明と一緒に過ごすことができた。とても幸せな一日だった。ずっとこんな毎日が続けばいいのにと思ってしまう。


「美咲、今日は本当に楽しかったよ。ありがとう。」


和明はやわらかく微笑んで美咲のほうに笑顔を向けた。線香花火の明かりの中で和明の端正な顔が浮かび上がっている。美咲は急に恥ずかしくなり顔を俯かせた。


「ううん、私もすごく楽しかった。」


「・・・なんかほんとに夢みたいだ。美咲のそばで花火してるなんて・・。俺、ずっと嫌われてると思ってたから。」


「え?」美咲はびっくりした顔で聞き返した。


「小学校の六年ぐらいから俺のこと避けてただろう?話しかけてもすぐ逃げるし・・。こんな風にまた話せるようになるとは思わなかった。」


「・・・・」


線香花火がゆっくりと燃え尽き、あたりは家からもれてくる明かりだけでやっと近くのお互いの顔がわかる程度だった。


「和ちゃん、ごめんなさい。本当にごめんなさい。」


「謝ることないよ。俺、本当に嬉しいんだ。美咲が昔と同じようにそばにいてくれるんだから。なにか少しでも気になることがあったら言ってほしい。美咲には嫌われたくないんだ。」


「和ちゃん、私嫌ったりしないよ。ずっと好きだったんだから。小学校の時はクラスの子にからかわれて恥ずかしかったから・・。高校も和ちゃんと同じ所に行きたくて猛勉強したの。本当よ。ずっと何年も和ちゃんだけを見てきたの。私・・私ね・・。」


「美咲、これからはずっと一緒にいられるよ。いままで離れてた分、取り返そうな。」


和明は愛しそうな目で美咲を見つめ続けていた。



八月の夏休みはあっという間に過ぎて行った。和明はイギリスへと向かい、美咲は塾の講習に追われた。帰省していた修司もアルバイトなどで家にはほとんどいずに美咲たちの夏休みが終わる頃、大学のある自分の寮へと戻って行った。別れ際、修司は美咲に「なにがあっても和明を信じてやれ。」と言い残し、坂道をゆっくりと下りながら道の向こうへと消えていった。修司にも何か思うことがあったのかもしれない。優しい兄に会えるのは今度はいつになるのだろうかと美咲は思った。


新学期が始まった。二年生も中盤に差し掛かりだんだん来年の進路のクラス別の話が出だした。進学校だけに高校生活をゆっくり楽しめるのも二年生の間だけになるだろう。美咲は勉強も頑張り、ピアノの練習ももう少し時間を増やそうと色々考えていた。自分は行きたい大学の学部も決まっているが和明はどうするのかとふと気になった。まあ、今日の帰りにでも聞けばいいかと次の時間の予習のため、英語の辞書をめくり始めた。その時、久子が美咲のそばに近づいて話しかけた。


「美咲、聞いたよ。寺西君と一緒に登校してきたんてしょ。もしかして付き合ってるの?」


「ごめん、久子にはもっと早く報告すればよかったんだけど、なんか言いにくくて・・。」


「ううん、いいよ。よかったね。私、バレーボールの試合の時からわかってたから。寺西君、美咲のほうばっかり見てたからすぐにわかったよ。でも、美咲も好きだったとは・・。早く話してくれればよかったのに・・・。」


「うん、ごめん。久子もうまくいけばいいのにね。」


「私?私はいいよ、・・でも、正樹君、進路文系かな、それとも理系?」


「うん?どうかな、聞いたことないけど・・。でも私と違って数学の成績いいからな、理系かもね。帰ったら聞いてみるわ。」


「ええ?いいよ、そんな、わかったら教えてくれる?」


「了解。」


秋の風が吹き始めていた。いつもと変わらない毎日なのにふとこの何気ない日々がとても幸せなのかもしれない。砂時計の砂が落ち続けるように音もなく時間が過ぎて行ってしまう。あの時こうすればよかったと後悔だけはしたくない。美咲はいまやれることを精一杯頑張ろうと自分にはっぱをかけていた。あいかわらず水曜日には和明が美咲のために勉強を手伝っていた。自分のやりたいこともあるだろうにと美咲は最近恐縮していた。和明の足手まといにはなりたくない。和明のために自分はなにかしてあげられることがあるだろうかと考えるようになっていた。


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