第二話 才能ない?
放課後になり、クラブ活動の時間たった。美咲は中学の時吹奏楽をしていたが、今は弓道部に所属している。それがまた、下手くそで的に当たるのも数えるほどだった。
「私、才能ないのかな。」
後輩も慣れてきた人は、すぐに美咲を追い抜かしていく。こんなに惨めなことはない。
一本の矢を手に取り腕を動かして弓を張り、放す。この瞬間はいい。だげどその飛んだ矢は、またしても的から大きくそれて地面に落ちた。またか、しょうがない。そう思った時、後ろから声が飛んできた。
「肩に力が入りすぎてんだよ。もっと楽にしないと・・・。」
振り返ると笑った端整な顔があった。久しぶりに目があったような気がする。
和明だ。美咲はすぐに顔をそらせた。
「寺西君、なにか用?」
美咲は、つっけんどんに言った。できたら早くここからにげだしたくなっていた。
「寺西君か・・。いや、別に用はないんだけど、あまりへたくそだから・・。あ、ごめん。」
久しぶりに話す言葉が「下手くそ」とは、少しの間言葉もでなかった。
「本当に下手くそだから、何もいえないわ。」
ショックで落ち込んだ美咲を見て、和明はなぐさめようと努めている。
「いや、ごめん。そんなことないよ。少しやり方を変えればすぐ上達するよ。腕をこう・・
。」
和明は美咲の腕をつかんで姿勢を変えようとした。美咲は、はっと顔を上げて和明の方に向き直った。二人は近い距離で見つめあい固まっていた。しばっていた美咲の髪が落ちてきて顔に少しかかる。少しの長い時間が流れた。
「何だ、君は。」
大きく太い声が和明にかかった。弓道部の部長の尾上だった。
「入部希望者か。こっちに来なさい。」
「いえ、違います。弓道をしているのが見えて、つい・・。すみませんでした。」
和明は、はっきりした声で簡単に言うと、足早に去っていった。美咲は何があったのかわからない様子でぼうっとしていた。
「沢中、ポケッとしないでしっかり練習しろよ。」
「あっ、はい。」
数人の部員が少し離れたところで矢を放っている。的は小さくとても遠くに見えた。
旧校舎の三階のつきあたりの教室は、美術室だった。室内は油絵の具のにおいのする古風な感じで絵を描くのにちょうどいい所だった。校庭から少し離れた場所で運動系クラブの掛け声も遠くかすんで聞こえてくる。夕日が陰り周りが赤く染まる頃、部屋の窓を開けると木々が赤に映えてとても美しかった。
部屋の中にいる数人の部員が黙々とキャンバスに向かっている。その時,いきおいよくドアの開く音がした。バスケ部のユニフォームを着た寺西和明が一人の男子生徒に近づく。何が起こったのかとみながその中心に目を向けた。
「正樹、話があるんだ。ちょっと来てくれないか。」
みんなの注目を集めた沢中正樹は少し顔を曇らせて答えた。
「何の用だ?」
「兄弟そろって冷たいやつらだな・・。それよりちょっと来てくれ。」
和明は強引に正樹を美術室から連れ出した。
「頼む。一ヶ月バスケットの部員になってくれないか。レギュラーの一人が怪我をして試合に出られなくなったんだ。頼むよ。」
和明に真剣な顔で頼まれ正樹は少したじろいだ。
「だめだよ。今は美術部の方も大変なんだ。コンクールが近いんでね。」
「何が美術だよ。絵の下手くそなお前がコンクールに入選するはずがないじゃないか。それより一緒に全国大会へ行こうぜ。」
和明は必死に頼みこんだ。
「下手で悪かったな。それに入選が目的じゃないさ。芸術は心を磨けるからね。」
正樹は和明にはっきりと下手と言われ、気分を害していた。
「本当に強情だな。だいたい自分の才能を生かせるクラブに入らず道のそれたところでじめじめしてるなんてよくないぞ。お前の片割れもそうだな。」
和明の言った言葉に正樹はいぶかしげに聞き返した。
「片割れ?美咲がどうかしたのか。」
逆に聞き返された和明は間の抜けた返事をした。
「あ、いや、別に・・。」
「そうだな。美咲も変わってるよな。やったことのない弓道なんか始めて。得意な音楽でもやってればいいのに。最近はピアノもろくに弾いてないな。」
「・・そうか。ピアノも弾いてないのか・・。」
和明は窓の外に視線を移し、口をきつく結んだ。
「そうか・・忘れてた。」
「何を?」
正樹は口の端をあげて笑った。
「いいよ、協力してやるよ。そのうち美咲も前みたいに戻ると思ってたんだが・・。」
「そうか、入ってくれるか」
「ん?違う。クラブじゃなくて美咲のことだよ。バスケは考えとく。じゃあ、またな。」
「頼むぞ。本当に困ってんだから。」
正樹は急いで踵を返し、部屋に戻った。