第十二話 好きな人
「和ちゃん、お父さんとお母さんは元気でいらっしゃる?長い間ごぶさたしてしまって。」
「父は今イギリスにいます。来年の五月までは帰らない予定なんで、母は出版社の編集の仕事が忙しいらしくて帰宅も遅いです。この間の春休みに母とイギリスへ行ってきました。」
「和ちゃん、今も英語話せるの?」
淡々と佐智子の質問に答えている和明の横顔に美咲は思わず問いかけた。
「え?ああ、話せるよ。日本にきてからも母さんが忘れないようにってずっと家では英語でやってきたからね。」
和明は別になんでもないことのように話していた。美咲はさっきまですぐ身近に感じていた和明がまた急に離れて行った様な感覚にとらわれた。
「和ちゃん、成績もトップクラスなんですって?いつも正樹があいつはすごいっていってるから・・。ねぇ、和ちゃん、もしできたら美咲の勉強暇な時でいいからみてあげてくれない?この子この間も数学のテスト赤点とってきて追試受けてたのよ。」
「お母さん、な、何言ってるの!」
「だって本当のことでしょ。正樹に頼んでも、全然あの子みる気ないし。このままじゃ美咲も困るでしょ。」
美咲はこの間の追試を思い出しうつむいた。でもなにも和明の前でそんなこと言わないでほしい。あまりの恥ずかしさに和明の方をみることも出来なかった。
「いいですよ、僕にわかることなら。」
美咲は、和明の返事に思わず顔を上げた。美咲を見下ろしている和明と目が合い、仕方なしにうなずいた。佐智子は二人の邪魔にならないようそっと部屋を出て行った。ちょうど明日に数列のテストがあることを思い出し、美咲は早速教科書をかばんから取り出した。久子も正樹と一緒にがんばっているに違いない。思わず強力な助っ人が現れて美咲は遠慮なしに和明に質問を繰り返した。学校の授業よりもわかりやすい和明の丁寧な教え方に美咲は感嘆の声をあげた。
「和ちゃん、本当にありがとう。よくわかった、これで明日のテストは大丈夫だと思う。」
とても嬉しそうに話す美咲に和明も微笑み返した。
「いつでも聞きにきたらいいよ。水曜日はクラブがないから水曜日なら放課後空いてるし・・」
「でも、本当にいいの?和ちゃん、いま付き合ってる彼女はいてないの?私なんかがそばにいたら迷惑なんじゃない?」
和明は美咲の言った言葉にびっくりしたように返事した。
「彼女なんかいてない。今までもいたことないし、これからも・・。」
和明は難しい顔をしてじっと美咲の顔を直視していた。あまりの真剣な表情に美咲は思わず視線を逸らした。
「そっか、和ちゃんすごいもてるもんね。一人にしぼったら泣く子がいっぱいできるし・・。」
「そんなの関係ない。。大勢の女の子が泣こうがどうしようが俺には関係ない。たったひとりの好きな子が側で笑ってくれていたらそれでいいんだ。・・昔、俺に言ったよな。なぜ彼女つくらないのかって、答えは簡単だよ。俺にはその子しか目に入らないのに、向こうにとっては俺なんかどうでもいい存在なんだよ。」
和明はすっと美咲から視線を外し、唇をかんでいた。日頃から温厚な和明の珍しくいらだった声を聞き、美咲は肩をすくめた。
「ご、ごめん。そうだね、和ちゃんも好きな人いてるんだ。その人とうまくいくといいね。」
美咲は和明に好きな人がいることに少しショックを受けたが笑って和明を励ました。
「お前はどうなんだよ。」
「え?」
「お前も好きなやついてるのか?」
「・・うん、いてるよ。でももういいの。」
「それって、もしかして・・。」
「え?」
二人は顔を見合わせたがお互い話し出すことはもうなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
つたない文章ですが最後までお付き合いいただければとても嬉しいです。