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第十話 保健室にて

女子の準決勝の試合が始まった。六人制のチームの中で美咲はどきどきしながら自分の所にボールが飛んでこないようひたすら願った。視界の隅に見に行くと言っていた正樹と和明の姿も映る。来ないでと言ったのに・・。美咲はますます緊張していた。相手のクラスも勝ち抜いてきただけあって上手にボールをつないでいる。飛んできたボールを美咲はなんとか相手のコートへ打ち返した。正樹がそれを見て「美咲、その調子!」と大きな声を出してきた。

はずかしい・・。美咲は顔を真っ赤にしてうつむいた。試合も中盤を差し掛かったところ、美咲とその隣との間ぐらいのボールを拾おうとしたその時、美咲は足をひねりこけてしまった。あっと思った時には、体が地面に打ち付けられていた。


「美咲、大丈夫?!」


久子があわててかけよった。美咲は顔をしかめなから立ち上がろうとしたが足を痛めてしまったのか、なかなか思うように体が動かない。試合は中断し先生が声をかけてきた。


「大丈夫か、誰か保健室に連れて行ってやれ。」


「俺がいきます。妹なんで。」


正樹がすぐに名乗り出た。美咲はすぐに安堵し、かけよってきた正樹にしがみついた。


「やっちゃった。足捻挫してると思うわ。」


「仕方ないな、肩につかまれ。和明、悪いが俺の荷物後で保健室に持ってきてくれないか。」


正樹は振り向いて心配そうに立っていた和明に声をかけた。



「来るなって言ったのに・・。正樹が見に来るから調子くるって転んだのよ。」


美咲は保健室に入るといすに体をあずけて正樹に言った。


「なにぃ?!保健室までつれてきてやったのに。・・ああ、そうか、和明につれてきてほしかったのか、悪かったな。帰りは和明に送ってもらえよ。もうすぐ来るだろうから。」


「な、何言ってるのよ・・。正樹、今日は一緒に帰ってよ。かわいい妹がけがをして困ってるのに見捨てる気なの?そんな薄情な奴じゃないでしょ」


「いや、俺は冷たいやつだよ。今日バスケの練習に参加する予定なんだ。お前にかまってる暇はないよ。代わりに和明にちゃんと家まで送るよう頼んどくから心配するな。」


保健室には先生がいなかったので、正樹は戸棚をあけて湿布薬を探し出し美咲の足に処置をした。赤くはれ上がった足に冷たい感触が広がっていく。駅まで歩くのも大変だろうなと帰りの道のりがひどく遠く思われた。包帯をほぼ巻き終わる頃、保健室のとびらが開けられた。

試合を終えた久子が心配してやってきたのだ。


「美咲、大丈夫?」


正樹がいることに少しためらわれたのか声のトーンが少し落ちた。


「うん、大丈夫。今、湿布はってもらったから。でも、歩いて帰れるかな。試合どうなったの?」


「負けちゃった。」


美咲はうなずくと足をさすりながら正樹の方を見ると、正樹は知らん顔をして窓の外を見ている。どうしても美咲を送る気はないようだ。その時、久子が正樹に思いを寄せていたことを思い出し何とかうまくいかないかと画策した。


「正樹、こちら私の親友の森野久子さん。いつも本当によくしてくれるの。正樹、私今日、久子と図書室で一緒に勉強する約束してたの。明日、テストだから。私と一緒に帰る気がないんなら久子につきあってあげてよ。数学得意でしょ。」


正樹と久子はびっくりして美咲の顔に注目していた。その一瞬後、保健室の扉が再び開かれた。和明が入ってきたのだ。三人の視線を一身に受けて、和明はとまどってしまった。


「え、えっと、美咲、大丈夫か?」


和明はためらいがちに美咲を心配そうな顔で見つめている。美咲と和明の関係を知らない久子は二人の顔を交互に見比べた。


「和明、遅かったな。美咲の足かなりひどそうだ。お前悪いが美咲を家まで送ってやってくれないか。俺、お前の代わりにバスケの練習にでてくるわ。」


「今日は練習はないよ。バレーボール大会だったからクラブ活動は今日ないそうだ。」


和明のそのせりふでまた、沈黙が広まった。いったいどうすればいいのだろう。美咲と正樹の頭の中でそれぞれの思いが交錯していた。クラブがないなら美咲を送れない口実がなくなってしまう。美咲の申し出を受けて図書室に行けばいいのだろうか?正樹に家まで送ってもらったら久子と正樹のせっかくの機会がなくなってしまう。和明に送ってもらえばいいの?二人は顔を見合わせた。


「森野さん、一緒に勉強しようか、俺でよければ美咲の代わりに付き合うよ。和明、悪いが美咲のこと頼んだぞ。」


「正樹、わ、わたし・・。」


美咲は心もとない視線を向けたが正樹の言葉でその場がまるくおさまった。


「そ、そんな勉強なんていいです。またいつでも美咲と図書室にいけるし。」


久子も急な展開に慌てていた。話もしたことのなかった正樹と二人で、図書室で勉強するなど思いもよらなかったのだ。あわてている二人に比べ正樹と和明は冷静で、結局美咲は和明と一緒に帰ることになり、正樹は久子と図書室で待ち合わせることになったのだ。


和明は美咲のために自転車を借りてくると保健室を出て行き、正樹は着替えてそのまま図書室に行くと告げ、部屋を後にした。残された二人は呆然としていた。


「美咲、いったいどうなってるの?寺西君と美咲ってただの同級生じゃなかったの?」


「お、幼馴染なの。小学校の時からずっと一緒で・・。」


「ええ?さっきはそんなこと言ってなかったじゃない。・・それに私、正樹君と本当に一緒に図書室で勉強するの?美咲は帰るのに・・。」


「だってしょうがないでしょ。足こんなんだし・・。正樹、数学得意だから教えてもらえばいいじゃない。それより私の方こそどうしよう。二人で帰るなんて・・。」


二人は顔を見合わせて思わず吹き出してしまった。そんなに深刻になっても仕方ない。別にとってくわれるわけじゃあるまいし・・。

久子は美咲がつくってくれた機会を無駄にしないよう急いで教室に戻り、美咲の荷物を保健室に届けた後、図書室に向かった。まるで夢のような展開に心を躍らせながら・・。


美咲は何とか着替えを済まし、家が近い和明に家に送ってもらうと先生に申し出た。


「あの、ごめんなさい。こんなことになって・・。正樹と一緒に帰ればよかったんだけど。」


美咲は迎えに来た和明に謝った。ここのところ顔もあわせてなかった和明に自分の失態を見られて恥ずかしさにうつむいた。すると頭の上に暖かいものが落ちてきて、おどろいて顔を上げると和明の笑った顔が飛び込んできた。昔のように髪をくしゃっと触ってきたのだ。


「か、かずちゃん?!」


美咲はびっくりして片手を頭にのせ、つい昔の呼び名を叫んでいた。


「はは、やっと名前を呼んでくれたな。・・さあ、帰ろうか。ちょっと距離あるけど歩くのたいへんだろうから自転車で二人乗りして帰ろう。」


美咲は顔を赤くして和明の差し出した手をためらいがちにつかんだ。昔とおなじぬくもりの手のひらの感触が美咲の心も温かくしていった。


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