第一話 いつもの教室から
いつもの教室から眺める運動場が、今日は違って見えた。
数学の応用の公式が耳を素通りして流れている。
昨日十七歳の誕生日を迎えた美咲には、今までの物がすべて少しずつ違って見える。
運動場から体育をしている男子生徒の高らかな笑い声が聞こえてくる。
その男子生徒の中にいつも見慣れた顔があった。
一人の生徒が投げたボールをカットし、ドリブルしてゴールまじかに行く。
そこでボールをパスした。
「あ、正樹ったら、なんて゛ボールを・・・。」いけない、授業中だった。
「沢中、運動場の方より黒板に注意してもらいたいな。P.52の問3答えなさい。」
結構人気のある岩田先生に怒られた。少し、ショックだ。
「はい、えーと・・・。38です。」頭をフル回転させて考えた。
「よろしい。」
何とかその場を切り抜けた美咲は、また、外に注意を向けた。
でも今は、さっきとは違う。バスケットをしている生徒の姿は、もうなかった。
三時間目の終わりを告げるチャイムが学校の閑静を破って教室にも賑やかな声がこだました。
五月。窓から差し込む光が少しまぶしかった。
「美咲、どうしたの?さっき驚いたわよ。急に声だして。」
親友の森野久子が美咲の机にもたれたまま、話しかけた。美咲は疲れた声で
「何かよくわかんない。
ボーっとしちゃった。寝不足かな。昨日遅くまでオセロやってたから。」
そう、昨日は午前二時まで正樹相手に奮闘していた。今考えるとバカみたいだ。
「ふうん、正樹くんと?楽しそうね。」久子がため息交じりに言った。
南向きの校舎の三階は、校庭が一目で見渡せる。バスケをしていた正樹と二人の共通の幼馴染の男の子の姿が目に入った。美咲は、今では疎遠になっている寺西和明の姿を追っていた。
二人は今も仲がいい。昔はよく三人で遊んだものだ。けれども、いつからか美咲は和明と共に過ごすのを避け始め、いまではろくに話もしなくなっていた。
美咲は、両親と双子の兄の正樹、年の離れた兄の修司の五人家族だ。大学生の修司は地方の大学に進学し、一人暮らしをしている。
昔はおてんばだった美咲も年頃になって、美しく成長した。正樹と和明もそれなりに成長し、高校生らしいさわやかな好青年になっている。二人とも学内では結構人気があるらしい。
久子も少しのぼせているようだ。
「正樹なんかのどこがいいの?わたしには、わからないわ。」
「かっこいいじゃない。成績もいつも上位だし、やさしいし。非の打ち所がないわ。」
「久子、何なら私からうまく話してあげようか。」
内気な久子は、顔を真っ赤にさせて断った。
「とんでもない。美咲にそんなこと頼めないわ。」
いつもの返事が返ってきた。高校一年の時からの親友が血のつながった兄に関心があるというのは、変な感じだった。でも、協力したい。力になりたかった。