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第8節
「すまんが、フィアちゃんヒマかね?」
「あ、はい」
 フィアが振り向いて立ち上がる。
「その……なんだ、もし時間があったらこの手紙読んで、返事書いてもらえんかね?」
「はい、すぐ読みますね」

 最近人づてに伝わったらしくて、読み書きが堪能なフィアのとこへは、ちょくちょくこうやって手紙とかが持ち込まれてた。
 フィアも役に立つのが嬉しいのか、それともモトからお人好しなのか、イヤな顔ひとつしないで引き受ける。
 ただ、それだとまるっきりタダ働きなワケで。
 鍛冶屋のおっさんに囁く。

(あとでフィアに、小遣いくらいはやってくださいよ? じゃないと、コイツ働きに出さないとならないんで)
(分かっとる分かっとる、心配すんな)
 俺らのヒソヒソ話には幸い、フィアは気づかなかったらしくて、そのまま手紙を読み始めた。
「えっと、親愛なる兄上へ。うちのいちばん下の娘の結婚が決まりました――」
 めでたい話らしい。

 フィアの声を背中で聞きながら、かまどに火を入れる。
「フィアちゃん、すっかりいいみたいね」
「ああ」
 姉貴も起きてきて、その辺を手伝い始めた。
「それにしてもあの子、前はどこにいたのかしら? 読み書きも計算も上手だし」
「言わねぇからなぁ……」
 当人が言いたがらないのに、ムリヤリ聞き出すわけにもいかないし。

「ま、なんでもいいんじゃね? 今はここにいるんだしさ」
「それもそうね」
 話しながらパンとチーズ切ってスープかき回して、ついでに買ってきた果物並べて、肉を包みから出してみる。
「あら、今日はご馳走じゃない」
「親方がさ、小遣いくれたんだよ。これでフィアに、いいもの食わしてやれって」

 なんでも話じゃ、昨日近所へお遣いに出たフィアが、親方のおかみさんが野良犬に噛まれそうになったとこを助けたらしい。
「意外とすごいのねぇ、あの子」
「俺もそれは思った」
 間に割って入って睨みつけたら逃げてったっていうけど、それにしたってたいしたもんだ。
 ちなみにフィア自身は、野良犬撃退したあと、こっそり帰っちまったらしい。おかみさんがその辺の人に話を聞いて初めて、誰だか分かったんだとか。

「鍛冶屋のおっさん帰ったら、隣のおばさん呼んで、みんなでこの肉食べようぜ」
「おばさんなら、さっきまでここにいたじゃない」
 何を馬鹿なことを、姉貴の視線がそう言ってる。
「――マジでご馳走あんの、忘れてた」
 フィアの計算技に気ぃ取られて、すっぽり抜け落ちたってやつだ。
 姉貴が笑う。

「ホント、いつもながらそそっかしいんだから。
 今のうちに知らせてくる。おばさんが何か食べちゃったら、もったいないでしょ」
 姉貴が暗くなった廊下へ出てく。
 向こうじゃ代筆が始まったんだろう、鍛冶屋のオヤジがフィアとなんだか、話す声が聞こえ始めた。
 しばらくそれを聞いてから、肉を切り分ける。

「えーと、塩……」
 姉貴がすぐ帰って来ないのは、行った先でおばさんと話し込んでんだろう。
 まぁ、こないだまで起きてるほうが珍しかったの思えば、ずいぶんいいってやつだ。
 と、影が差した。
「ん? フィア終わったのか?」
「……うん」

 俺らにだいぶ慣れたらしくて、フィアの口調は前に比べて、かしこまったとこがなくなってきてた。
 ただ性分なのか、エラく大人しくて内気だ。今だって俺の隣で、なんか言いたそうなのに黙って立ってる。
「どした?」
 埒あかないからこっちから訊いたら、フィアが手を差し出した。

「あの、これ……」
 手のひらに乗ってたのは、小銭だ。きっとさっきの鍛冶屋の親父に、もらったんだろう。
「良かったな、小遣いもらったのか」
 けどこいつ、動かない。
「あの親父に、なんか言われたのか?」
 そう訊いたら、フィアはふるふると首振った。
 消えそうな声で、やっと言い出す。

「あたし……働いてないから、これ……」
「――悪りぃ、聞いてたのか」
 こいつの手に、俺はその小銭を握らせた。
「あぁ言わなきゃお前このまま、いいようにコキ使われちまうとおもってさ……ゴメンな。
 金のことは気にすんなって。お前の食いぶちくらい、どうにでもなる」
「でも……」

 泣き出しそうな顔でまだ言ってるフィアに、俺は返す。
「だから、気にすんなって。
 お前、ここんちの人間だろ? なのにそんなこと気にして、どうすんだよ」
 ついでに、姉貴もお前のおかげで元気になったって付け加えたら、今度こそフィアが泣き出した。

――どうすりゃいいんだ。
 泣いてる女の子の相手なんて、俺したことないわけで……姉貴あれで意外と気ぃ強くて、泣いてんの見たことないし。
 どうすることもできないで、とりあえず頭を撫でてみる。

――え?
 悲しみ、諦め、喜び、安堵、そういういろんなもんが、俺の中に湧き上がった。

 いや、違う。
 俺自身は混乱してパニくってるだけで、これは――フィアのだ。
 今まで一言も言わなかった、こいつの想い、辛さ、そういったモノが流れ込んでくる。
 同時に、以前何があったのかも。
「そんなん、ナシだろ……」
 言葉が口をついて出た。
 締め付けられるような辛さと諦めに、思わずこいつを抱き寄せる。

 ナシだ。こんなん、ぜったいナシだ。
 なのにこいつは誰を恨むでもなく、ただ諦めてどこまでも透明で……。

 かける言葉が見つかんなかった。ヘタな慰めなんて、届くようなものじゃない。
 だから何も言えなくて――けど俺が何か言うより先に、こいつの方が先に涙ぬぐって顔を上げた。
 そして、言う。

「ありがとう……」
 まだ泣きそうな顔で、でも極上の笑顔で。

「だから、いいんだって」
「――うん」
 今度は落ち着いたらしくて、ホントの笑顔を見せる。
「さ、メシにしようぜ。姉貴とおばさん、呼んできてくれっか?」
 フィアのヤツはもう一度微笑んでうなずくと、身を翻して外へ出て行った。

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手のひらの上 筆者の童話(?)短編です。
メジロと女の子 筆者のムーンチャイルド用短編作品です。

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