第7節
◇Neil
フィアはあれっきり、嘘みたいに元気になった。半月以上過ぎてるけどなんでもなくて、朝から毎日普通に起きてる。
ただ……料理とかは致命的だ。ぜんぜん任せられない。
あんまりヒドいんで訊いてみたら、一度もやったことないって話だった。それも作ってるとこさえ、見たことないって言う。
もちろん、洗濯その他もしたことないんだとか。
思い出したくないらしくて、ここへ来る前のことはほとんど話さないから、なんでそうなのかはよく分からない。
でもたまに、ぽつぽつ言う話をまとめると、暮らし自体は貴族並だったみたいだ。黒パン知らないし、砂糖とか普通に使ってたっぽいし、上等なお菓子も食べてたらしい。
他にも字が読めて書けて、すごい複雑な計算も簡単にやってのける。俺なんか訊いたこともない詩とかも、すらすら暗誦できる。
あとは刺繍とか。
つまりが、まるっきり貴族の娘みたいな状態だ。
それが病気?になって動けなくなって、放り出されたってとこなんだろう。
もっとも俺らに言わせれば、元気になったし姉貴の話し相手にもなるし、細かい買い物とかやってくれるしで、とりあえずは言う事なしだった。
「こりゃすごいねぇ、たいしたもんだ」
フィアに売り上げの計算任せてた隣のおばさんが、感心して声をあげてる。
「あとこれに、今日持ってく分で……合わせて2万ルルシ、払ってもらえると思います」
「なんだって!」
こんどは素っ頓狂な声があがった。
「いつもこんだけ持ってくとあの親父、1万8千ルルシだって言ってたんだよ。なんてこったい」
「でも全部で、1万ルルシが1枚と、5千ルルシが1枚、1千ルルシが5枚ですから……」
要するにおばさん、ボられてたらしい。
「ったくあの親父、人が難しい計算出来ないと思って!
今度からあいつのとこじゃなくて、違うとこへ持ってこうかね」
かなり怒ってるし。
「ただ、あそこ安いんだよねぇ……」
「幾らなんですか?」
フィアに訊かれて、おばさんが答える。
「この、いちばん小さいのあるだろ?
当面これだけでよくて、10枚も納めるのにたった1万3千ルルシだってんだよ。だからどうもねぇ……」
「あの、それ……そっちの方が、単価高いですよ?」
「え?」
さらっとフィアは言ったけど、ここに居る全員、何のことか分かんなかった。
「えぇと、今納めてるところは、この小さいのは1千ルルシですよね?」
「ああ、そうだよ」
ここまでは俺でも分かる。
「でも新しいところは、10枚で1万3千ルルシだから、1枚は1300ルルシですし……」
「そ、そうなのかい!?」
おばさんが唖然とする。
「えーとその、そうすると何かい? 違うとこへ納めた方が、高くなるのかい?!」
「納める数によりますけど……」
俺らが計算苦手だから、フィアも説明が難しいらしい。
「もし、新しいところに小さいのを18枚納めたとしたら……2万と400ルルシになりますから」
「そうだったのかい……」
つまり、単にボられてただけじゃなくて、徹底的にボられてたっぽい。
「小さい方が、やっぱり作るのは早いんだよねぇ。
このいちばん大きいの1枚やる間に、10枚近く出来るんだ。中くらいのと比べても、5枚は出来るし」
「それだと……この大きいのを1枚と中くらいのを2枚作る間に、小さいのは20枚近く出来ますけど……」
「………」
さすがのおばさんも絶句する。
「まるっきり向こうの方が、楽で儲かるとはねぇ。
――あの強欲親父め!」
俺も思わず、横から口を出す。
「おばさん、いっそ卸し先変えちまえよ」
「ああ、明日これ納めたら、変えることにするよ。
そうそう、今日のスープはさっき、そこのかまどに置いといたからね。後でお食べ」
言って暗くなり始めた廊下へ、おばさんが出てく。と、今度は入れ替わりに、近くの鍛冶屋のおっさんが入ってきた。

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