第5節
◇Neil
ドクターの見立てを裏切って、フィアはけっこうしぶとかった。あれから1週間、相変わらず起きられないし動けないけど、でもちゃんと生きてる。
というより、必死で生きようとしてるみたいだった。拾ったあの時に見せた諦めの表情は、家へ連れて来てからは全く見せてない。
あと意外にも良くなったのが、姉貴の方だった。面倒見る相手が出来たせいで、気力が付いたらしい。
なんせあんなに寝てるしかなかった姉貴が、日中けっこう起きてるんだから、たいしたもんだ。
その姉貴が、フィアが眠ったのを見計らって、俺にそっと話しかけた。
「もっといい薬を飲ませて、美味しいものを食べさせたら、この子良くならない?」
「そりゃ、なるかもだけどさ……」
うちは実言えば、そんなにやたら貧乏ってワケでもなかった。贅沢さえしなきゃ、5年以上働かないで食える程度の金は、親が残してくれてたりする。
ただ、そうそう使うわけにもいかなかった。
なんせ姉貴は弱い。だから今でも薬が欠かせないし、これからだってそうだろう。てか、もっと必要になるかもしれない。
そこへ加えて、フィアだ。
こいつが起きられないのをどうこう言う気は一切ないし、こうなった以上最後までちゃんと面倒見るつもりだけど、やっぱりお金は幾らかかかる。
かといって俺の稼ぎじゃ、暮らすだけで手一杯だ。
けっきょく薬代は親の金を少しづつ食いつぶして出すしかなくて、今までの姉貴の分だけで、残してくれたお金が2割はなくなってる。
――黙ってるけど。
ともかくそんなわけで、今以上には出せなかった。
それをどう言いつくろおうか、考えあぐねて黙ってると、姉貴の方が切り出した。
「あのね、ニール。これ、換金して使ってくれない?」
「え?」
姉貴が俺に差し出したのは、かなり大きな宝石だった。ぱっと見水晶っぽいけど、微妙に黒っぽい色を帯びてて、中のほうでなんか光がゆらゆらしてる。
「なんだこれ? てか、うちにこんなもん、あったのか」
「ゴメンね、内緒にって言われてたから」
なんでも訊けば、姉貴が万一に備えて、ずいぶん昔に親父から持たされたものらしい。もともとはお袋が、どっからか拾うだかして持ってきたんだとか。
「あたしもよく分からないけど、父さんの話じゃ傭兵ギルドへもって行けば、かなりの値が付くらしいの」
「へぇ……」
宝石屋じゃなくて傭兵ギルドってことは、なんか戦う時用のモノなんだろう。
「けど、そんなに簡単に金に換えちまったら、あとで困るだろ?」
「大丈夫よ、あともうひとつあるし、他にもよく分からない秘薬とかあるから」
「………」
そんなに財産あったのか……。
よくよく訊いてみると、俺が持ってて薬代にしてる宝石類も、元々はその手の良くわかんないモノを換えたらしかった。
用意周到な親父、破格の値が付くヤツはそのまま姉貴に持たせて、それ以外は宝石類に換えて俺に持たせた、ってことらしい。
「使ってあげて。
それにどうせ、あたしも使うんだろうし」
「――分かった」
姉貴がそこまで言うのに、反対は出来なかった。
「んじゃこれから、ギルド行って換えてくる。ついでに、なんか旨いモノ買ってくるよ」
と、フィアが目を開けた。どうもまだよく寝込んでなかったらしい。
頭を撫でてやる。
「少し出かけてくっから。帰ってきたら、旨いモノ食わせてやっからな」
どこへ行くんだろう、そんな顔をちょっとだけしたあと、フィアは微笑んだ。『いってらっしゃい』の意味なんだろう。
けど次の瞬間、はっとフィアが表情を変える。
必死に俺のほうへ、手を伸ばそうとする。
「おい、どした?」
フィアの視線を追う。
――俺の手の中。
姉貴からもらった、よくわかんない宝石だ。
「これか?」
わずかに、でも必死にうなずくフィアの様子に、俺は宝石を渡してやった。
一瞬光る。
「え……?」
次の瞬間かなり大きいはずの謎の宝石が、綺麗さっぱり消え失せてた。
そしてフィアが肩で息をしながら、ベッドに手をついて起き上がる。
「フィア?」
「ごめんなさい、だいじょうぶ……」
鈴の音みたいな透き通った声が、はっきり返って来た。
「動けるのか?」
「――はい」
まだちょっと辛そうだけど、たしかにフィアはしっかり起き上がってた。声も良く出せないほど弱ってたさっきとは、大違いだ。
「こーゆー使い方するもんだったのか」
「いえ、普通はちょっと、違うんですけど……」
なんかよく分からない。
でもフィアが動けるようになったから、他の事はどうでもいい気もした。
「まぁいいや、治ったんだから。
あ、まだ寝てろよ? ずっと寝てたんだから、急に動いたらまた倒れるぞ」
ともかく一安心だ。
「なんか食いたいものあるか?」
「えっと……」
まだ食欲さほどないらしい。
だとすると、無難にパンとミルクと――とか考えてたら、姉貴が口を挟んだ。
「それよりニール、フィアの服が先でしょう?」
「え? あ……」
そんなもんすっかり忘れてた。
確かに言われてみればフィア、俺のシャツを着せてるだけだったりする。寝てる間はそれでも構わなかったけど、こうなったらそうもいかないだろう。
けど俺に、そんなもの買えって言われても困るわけで……。
「あ〜、それえーと、明日にでもおばさんに頼んで見繕ってもらって、とりあえず今日はなんか旨いモノ――」
自分でも何言ってるかよくわかんね。
けど幸い、言いたいことは通じたみたいで、2人が笑った。
「そしたらあの、あたし、お湯……」
「だから寝てろって。そのうち元気なったら、やってくれればいいからさ。
ともかく今日はおばさんも呼んで、みんなで快気祝いだ」
言いながらほとんど無理やり、姉貴とフィアとをベッドに押し込む。
それから隣のおばさんに事の次第を話して、俺は上機嫌で買い物に繰り出した。

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