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第4節
◇Fia side
 ふと、フィアは目を覚ました。
 見慣れない質素な天井。見慣れない質素な部屋。
 だが上掛けやシーツは、きちんと洗って陽に干された匂いがした。

――どこだろう?
 ぼんやりと考える。
 はっきり覚えてるのは、捨てられたところまでだ。

 ただ、それを恨む気持ちはなかった。
 連れてきた者たちは何度も何度も謝りながら、店からはずっと遠いあの場所に、隠すようにして自分を捨てていった。

 あいつに買われるよりは、ずっとマシだから……。
 そう言っていた言葉に、偽りはない。
 自分でも分かるほどに弱ってきていたフィアだが、完全に動けなくなったのは1週間ほど前だ。
 起き上がろうとしても力が入らず、手伝ってもらっても立てなくなった。

 もう長くはない、誰もがそう思った数日後。
「お前の買い手が決まった」
 そう主が告げ、フィアとたまたま一緒にいた仲間は背筋が冷たくなった。
 さらに買い手の名を聞いて、震えあがった。

 主は普段は、店の者たちを売らずに『貸し出して』いる。その方が長い間儲かるからだ。
 だから『売る』というのは法外な金が積まれた時か――もう稼ぐことが出来ないと思われた時に限られる。

 フィアの場合は、明らかに後者だった。
 もう動けないフィアに、これ以上お金を稼ぎ出すことは出来ない。ならば死ぬ前に、欲しがる者に売って少しでも稼ごうという魂胆だ。

 もちろん普通に考えれば、そんな子供を誰が買うのかと思うが……この世には悪魔も棲んでいる。
 どうせ死んでしまうなら、その前に存分に愉しもう、という輩が。

 普段は誰が誰に買われても、ともかくうわべだけは無関心を装う皆だが、この時ばかりは互いに囁きあった。
 買い手の残忍さと変態ぶりは、よく知られている。それでも今まで誰もさほどの被害がなかったのは、ひとえに店から「貸し出されて」いたからだ。

 だが買われてしまえば、その保護もなくなる。何よりフィアには、もう逃げるどころか抵抗する力さえ残っていない。
 さすがに今回は、誰もが哀れんだ。

 幸いフィアは館の中でも、年かさの者たちに可愛がられていて、彼らが行動に出た。主が留守にした隙にフィアを馬車の底に隠し、館の外へとどうにか出したのだ。
 主には丸め込んだ医者と一緒に、急に息絶えたと言えばいい。あれだけ弱っていれば、そういうことだって時にはある。
 そして死体は、館の中に病気が広がらないように、早々に捨てたと。

 ただ身寄りのない者同士、外へ出したものの行く当てはなかった。かといって孤児院などに連れて行けば、すぐ嘘がばれて連れ戻され、フィアはもちろん自分たちまでヒドい目に遭うだろう。
 そういうコネが、館の主にはある。

 結局僅かな時間ではどうすることも出来ず、館からはなるべく遠い貧民外の奥へ、見つからないように置いていくのが彼らには精一杯だった。
 せめて、静かに死ねるようにと。

 耳元で何度も謝っていた声を、フィアは覚えている。
 同時に、これで安心して死ねると思った。
 だから、恨んでなどいない。

――それに。
 こんな奇跡が起こったのだから……。

「ゴメンな、起こして。今お湯沸かして、スープ持ってきてやっから」
 聞こえた声に、視線をさまよわせる。
 あの時自分に「死ぬな」と言った人が、心配そうに覗き込んでいた。

 急に涙があふれてくる。
 本当は当たり前の――でもフィアにとっては初めて言われた、「死ぬな」という言葉。
 ひどく重くて、なのにどうして、こんなに輝く言葉なのだろう?

 誰もフィアに、そう言う者はいなかった。館の誰が生きて誰が死のうが、ほとんど関心は示されなかった。
 必要なのは商品であって、その「誰か」ではなかったのだから。

「お、おい、泣くなって」

 そうは言ったものの彼は、それ以上は何も言わなかった。ただゆっくりと、頭を撫でてくれる。
 そういえばこんな世界もあったのだと、フィアはやっと思い出した。
 ずっと忘れていた、暖かさ……。

「名前、言えるか?」
 訊かれて、フィアは必死で答えた。かすれる声を、やっとの思いで繋ぎ合わせる。
 聞き取れないのか、彼が耳を寄せた。

「フィア、でいいのか?」
 伝わった、そのことに安心して微笑む。
 彼も微笑んだ。

「そか。フィアか。
 ここにいて、いいからな。ずっと」
 また、フィアの瞳から涙がこぼれた。


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