第26節 終幕
◇Neal
フィアの状態は、ヒドいなんてもんじゃなかった。
どう見たって、最初に拾ってきたときより悪い。食べ物はもちろん、水もほとんど喉を通らなかった。きっと魔法使っても、もうムリだろう。
それでも何かになればと思って、俺は持ってきてたペンダントを、フィアにかけてやった。癒しの効果があるっていうなら、ちょっとは足しになるはずだ。
あと……俺自身もヤバい。
身体が、石でも詰まったみたいに重くてだるい。あと傷の治りきってなかったところが、少しヘンになってて熱を持ってる。
走竜に乗ってるときからいろいろ少し感じてたけど、降りて歩いてから、一気に来た感じだった。
――姉貴、ゴメン。
部屋から出たらダメだって、言われただけのことはある。
ただ、後悔はしてなかった。悪いことをしたとは思ってるけど、それでもフィアに会えたことのほうが、俺的には大きい。
いま居るのは、崩れそうな廃屋の中だ。フィア見つけた沼地のとなり、小さな森の入り口に建ってた。
ずっと使われてないらしくて、中も外も荒れ放題だったけど、雨露がしのげるぶんかなり違う。
――これからどうするか。
それがいちばんの問題だった。
フィアは、動かせるような状態じゃない。生きてるのが不思議なくらいだ。
ホントは誰か医者なり、人を呼んでくればいいんだろうけど、それもできそうにない。どこに人が住んでるか分からないし、待たせてる間に、フィアがどうなるか分からない。万が一魔物や野獣にでも見つかったら、その場でエサだろう。
いろいろ考えてみて、けっきょく俺は、フィアを背負って連れてくことにした。
明るくなるのを待って、様子を見に、ちょっと外へ出てみる。けど街道は、さすがに見えなかった。でも街道から北へ来たはずだから、まっすぐ南へ進めば、そのうちぶつかるだろう。
なるべく早く出発したかったから、すぐ切り上げて小屋へ戻る。フィアを早くどうにかしてやりたいし、俺もずっとはたぶんムリだ。
「フィア、ゴメン、移動するけどガマンしてくれな?」
言うとフィアは目を開けて、かすかにうなずいた。もう声を出すのも、おっくうなんだろう。
ぐったりしたままのこいつを、どうにか背負って小屋を出る。
そのとき、風が頬を撫でた。
――こっちへ。
囁き声に視線をめぐらすと、昨日は気づかなかったけど、小屋の裏手から道が続いてた。
興味惹かれて、風に誘われるまま歩いてく。
「――泉?」
ほんの少し行ったところが、泉のある小さな広場になってた。ぽっかりそこだけ上が空いてて、遠く晴れ渡った空が見える。周りは名前も知らない大きな白い花や、もっと小さい花が、数え切れないほど咲いてた。
ほとりへフィアを降ろして、そっと手を入れて、すくう。久々の澄み切った水は、甘くて美味しかった。
「フィア、飲むか?」
言いながらこいつの口に、少し水を含ませてやる。でももう飲む力も残ってないみたいで、こぼすだけだった。
仕方なしに、こんどは持ってた布切れをよくゆすいで、顔や手足を拭いてやる。泥なんかで汚れきってたのが、元通り彫刻みたいにきれいになる。
ふっと、フィアが目を開けた。
引き込まれそうなほどに澄んだ瞳。
「だいじょぶか?」
大丈夫じゃないのなんか分かってるけど、そう訊く。
フィアがうなずいて、視線だけで、空と周囲を見回した。
「きれ……い、だね……」
「ああ」
森の中、日の光に花と水面とが照らされる。まるでおとぎ話の中に出てくる、秘密の泉みたいだ。
でも……ここはおとぎ話の中じゃない。
「ニール、あの、ね……」
「なんだ?」
苦しいはずなのに、フィアが必死に喋ろうとする。
「来て、くれて……嬉し、かった」
「バカ、当たり前だろ」
もっとほかに言うことがあるはずなのに、こんな言葉しか出てこない。
「会いたかった、の……」
こいつの瞳から涙があふれて、何も言えなくなって、抱きしめる。
あの時みたいに、出てってからいままで何があったか、俺の中に流れ込んでくる。
「ゴメンな、なんも出来なくて」
それしか言えなかった。
「ううん……」
フィアが首をふる。
「来て……くれた、から」
なんでこいつが。
なんでこんな目に。
心の底からそう思う。
フィアの望んだものなんて、なんの変哲もない、ごくごくふつうの生活だったのに。
「ニール」
フィアが遠い瞳をして、言った。
「好き……」
「俺もだ」
間髪いれずに思わず答える。
フィアはほんとうに嬉しそうに微笑んで、動かなくなった。
◇Ilze side
花の咲き乱れる泉のそば、彼女は墓標に話しかけていた。
「もう、誰もあなたたちに、何もしないから……」
こんなことがあってたまるか、そう思っている。だが現実には、特にフィアは、死んで初めて平穏を得たと言っていい。
あまりにも理不尽だった。
ここを知ったのは、不思議な風が囁いたからだ。王都が数日前に消えたと聞こえてきた頃、イルゼにそれは囁いた。
あの二人が、と。
それだけで何故かピンときたイルゼは、渋るドクターに頼み込んで、風を頼りにここまで来たのだ。
そして見つけたのは――折り重なるように倒れている、ニールとフィアだった。
何があったのかは、だいたい見当がつく。ともかく二人はふたたび出会い、ここで力尽きたのだろう。
不意に、走る風が頬を撫でた。
気配を感じて辺りを見回す
「え?」
泉の向こうに、二人の姿がある。どちらも楽しそうだ。
「ニール、フィア!」
思わず声をかけたが、そのときにはもう姿は消えていた。
あるいは、最初から目の錯覚だったのか。
少し考えて、やはり気のせいではない、とイルゼは思った。そう信じたかった。
「また来るから。仲良くね?」
そんなこと言う必要はないと知りながら、二つの墓標に声をかける。
応えるように、楽しげな風が吹き渡った。
Fin
◇あとがき◇
最後まで読んでくださり、ほんとうにありがとうございます。昔から持っていた話を、やっと形に出来ました。
毎日書くのは大変でしたが、読んでくださる皆様のおかげで、無事完結させられました。
感想・批評大歓迎です。一言でもとても嬉しいので、お気軽にどうぞ
この話はこれで完結となりますが、シリアス長編ルーフェイア・シリーズは、当分先まで連載します。こちらもよろしくお願いします。

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手のひらの上 筆者の童話(?)短編です。
メジロと女の子 筆者のムーンチャイルド用短編作品です。
筆者サイトへ(筆者連載物「ルーフェイアシリーズ」のまとめ、その日の最新話へのリンク、改行なし版等があります)
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