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第25節
◇Fia side
 ここは、どこだろう?
 冷たい地面に身を横たえながら、フィアはそれだけを考えていた。
 帰りたい。
 あの町へ、あの家へ。

 廃墟と化した王都を後にして、何日過ぎたか分からない。東へ、そう思いながらも人が怖くて街道を行けず、離れたところを歩くうち、道も見失った。
 手をついて身体を起こし、立ち上がろうと足に力を入れる。だが四つん這いになる前に、腕が力を失った。
 ばちゃりと泥のしぶきが上がり、顔と衣装を汚す。

 どこをどう歩いたのだろう? いつの間にかフィアは、どこまでも続く泥地に迷い込んでいた。
 乾いたのどを潤そうと、近くの水たまりに片手を伸ばしてすくい、そっと口に含んで――思わず吐き出す。清流を望んだわけではないが、ぶくぶくと泡の立つ沼地の腐った水は、異臭を放っていて飲めなかった。

 もうずっと食べていない。食べる気にもなれない。
 それがよけい体力の衰えを招いているのは、フィアにも分かっていたが、どうすることも出来なかった。
 ずっと館の中に閉じ込められ、せいぜいが別の館へ送り迎えされるだけだったフィアには、食べられるものが分からない。木の実や草やキノコさえ、探し出せないのだ。

 街道を行けば、もう少しマシかもしれないが、それも出来なかった。
 何もかもが、怖い。
 心変わりする他人と、何より自分自身が怖い。
 また同じことを起こしてしまうのが怖い。
 けっきょく自分でも何がしたいのか分からぬまま、漠然と東を想い続け、ふらふらと歩き続けた。

 だがそれもそろそろ、終わりかもしれない。
 もともと歩くのもおぼつかないほど、弱っていたフィアだ。水も食料もない状態でさまよい歩くのは、無謀以外のなにものでもなかった。
 現にもう、立てない。

 ニールに会えないまま力尽きるのは寂しかったが、これでいいのだ、という気もしていた。それどころかあの路地裏で、ニールに拾われる前に、死んだほうが良かったのかもしれない。
 助けてもらったばかりに、彼に怪我をさせ、王都を消してしまった。災厄を引き起こすだけの自分など、このまま人知れず朽ちていくほうが、いいに決まっている……。

 そして、気づく。
 自分が泣いていることに。
 悲しいわけではない。嬉しいわけでもない。怒っているわけでも、悔しいわけでもなかった。
 広がる虚しさの中、涙だけがこぼれる。
 それがひどく辛くて、自分の中の思い出にすがりついた。

 ニール、姉のイルゼ、ドクター。ほんとうにささやかで、でも暖かい日常。
 ただそれだけで、良かったのに……。
 どこにこれほど残っていたのか、そう思うほどに、涙があふれて止まらなかった。
 なぜあのまま、いられなかったのだろう?
 なぜあのまま、そっとしておいてくれなかったのだろう?
 思いがずっと、そこで巡る。

 そのとき、何かが囁いた気がした。
――彼が、来るわ。
 驚いて視線をさまよわせたが、人の姿も気配もなかった。
 風が頬を撫でる。
――巫女の末裔よ、許して。
 それきり、風は沈黙した。

 代わりに何かが泥の水面を乱す、規則正しい音。
「フィア!」
 いちばん聞きたかった声。
 音の間隔が早くなる。
 身体の向きが変えられる。
 いちばん会いたかった、人。

「ニ、ル……」
 かすれる声で呼ぶ。
「バカヤロ!」
 そう怒鳴られたが、抱きしめられた腕の中は暖かかった。


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手のひらの上 筆者の童話(?)短編です。
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