第22節
◇Fia side
何も変わらない、フィアはそう思った。
ニールに拾われる前、あの思い出したくもない館にいた頃と、大した差はない。貸し出されないのだけは良かったが、自由がないのはいっしょだ。
窓辺にある椅子にかけ、遠い空を見る。
「ニール……」
思うのはそればかりだ。
それまでのどことも違う、自分を自分として扱ってくれた場所、人。この期に及んでなお、帰りたくてたまらない場所。
ただ身体のほうは、王宮へ来てからだいぶ良くなった。王の命令ということもあるのだろう、高価な薬湯や魔法薬が惜しみなく使われ、起きていられるところまで回復している。
下を見ると、たくさんの人でごったがえしていた。
数日前を思い出す。あの日はまだ立つのがやっとで予定の謁見は出来ず、王が部屋へ出向いてきた。そして王に抱かれてバルコニーへ連れ出され、集まっていたたくさんの人々に、「この国の守り神」と紹介されたのだ。
――そんな力、ないにも関わらず。
眼下から沸き起こった、うねりのような歓声を覚えている。それはあまりにも熱狂的で、恐怖を感じるほどだった。
若くたくましいこの国の王は、野心家だ。
前王の頃からこの国は拡張の一途で、周囲の小国を滅ぼし、あるいは吸収してきた。それは今の王にも受け継がれ、さらにスピードを上げている。
自分をここへ連れてきたのも、その一環だということを、フィアは理解していた。昨日、王に呼ばれて行ったときも、その話だった。
何ごともストレートな王は、フィアにそのものずばり言った。「軍の先陣に立って、敵を一掃するように」と。
――出来るわけがない。
何かを護ることに使うならまだいいが、何かのために壊し殺すことなど、フィアには出来なかった。あの津波のときも、ニールとその姉やドクター、そういった人や街を守りたかっただけだ。
だから「力などない」と、首を振ったのだが……王が納得したようには見えなかった。側近が何か耳打ちしてその場は収まったが、不穏なものを感じる。
このまま何も起こらないでほしい、そんなことを考えるフィアの耳に、ドアをノックする音が届いた。
「どうぞ……?」
「巫女様、失礼します」
遠慮がちに、だが毅然と、男性が部屋へ入ってきた。たしか王の側近で、文官だ。
「陛下がお呼びです」
この城で王に逆らうのは、不可能と言っていい。渋々ながらもフィアはうなずいて立ち上がり――危うくよろけて倒れそうになった。
「巫女様?」
問いかけた文官に、うなずいてみせる。侍女がその様子に人を呼び、けっきょく抱かれて移動した。
だが移動する道筋に、何か嫌な冷たさを覚える。
「あの、どこへ?」
「城の広場ですよ」
なぜ広場なのだろう、そう思いながら連れて行かれた先に、王と側近たちが待っていた。
「巫女様、昨日と答えは同じですかな?」
「え?」
側近の言葉に、何のことか分からずに訊き返す。
「この国に、協力する件です」
「それは……」
Yesと答えられず、視線をそらす。
「そうですか。これ以上逆らうなら、仕方ありません」
そんな言葉が聞こえた瞬間、王の隣にいた武官のこぶしが動いた。避ける間もなく、お腹に重い衝撃が走る。
薄れる意識の中で思い出す。この国の王は若く野心家なだけでなく、ひじょうに気が短いという話を。
昨日は側近が何か言ってくれたので穏便に済んだだけで、王が満足する結果を出さない限り、遅かれ早かれこうなったのだろう。
いや、最初から何かするつもりで、そのために昨日を穏便に済ませただけかもしれない。
――なぜ。
その言葉が頭を占める。
人はそれほどまでに、すべてを手に入れなければならないのだろうか?
そのためには、どうやっても出来ないことの拒否さえ、許されないのだろうか?
何かがぷつりと、切れた気がした。
次に目が覚めたときは、広場の中央だった。
視界に違和感を感じる。それに身体が上手く動かせない。何より、熱い。
何とかならないかと手や足を少し動かしてみて、フィアはようやく気づいた。
――自分が縛り付けられていることに。
高い柱の上部に、がっちりとくくりつけられている。
ちょうど足の高さに作られた、台の上に立たされているので、吊り下げられて苦しいということはない。だが後ろ手にされた手はもちろん、胸から下には何ヶ所も、きつく縄が回されていた。自由なのは、首から上くらいだ。
加えて足元で、積み上げられた薪がくすぶっていた。
血の気が引くのを感じながら、周囲を見回す。
自分を見上げる王と、何ごとかを観衆に叫ぶ側近の姿が目に入った。
「この娘は自分を『巫女の末裔』と偽り、王へ取り入った。
神話の時代より伝わる『巫女』は神聖なものであり、これを汚すことは許されない! また王に取り入り、この国を揺るがそうとしたことも大罪である!」
合わせるように、周囲から罵倒の声が飛ぶ。ほんの数日前、歓喜の声をあげたことも忘れて。
いや、忘れていないのかもしれない。だからこそ逆に、狂ったような罵声を浴びせ、野次を飛ばし、この様子を楽しんでいるのかもしれない。
王と目が合った。その表情が語る。『我が物にならないのなら、他国に利用される前に処分する』と。
起こることすべてに諦めで対処してきたフィアの心に、何か違うものが入り込む。
薪にまとわりついていた炎が、一気に燃え上がった。
焔が高く舞い上がり、長い衣の裾を舐める。立たされている台が焼け始める。
「いや……」
初めての、抵抗。
衣の裾に炎が燃え移る。
「いやぁぁぁぁっ!」
光が奔り、炎もろともすべてが吹き飛んだ。

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