第21節
「その少女は、王都へ連れて行かれたのですよね?」
「はい」
まさか王国軍を名乗り、陛下の名を騙っていた、ということはないだろう。
「でしたら我々は、これから王都へ向かいます。いろいろと話を聞かせていただいて、助かりました」
「え、でも、私たちは何も。それどころか、弟まで治療していただきました。せめて、何か」
言いかけたイルゼを、一行は制す。
「あまり時間がありません。早く王立軍を、追いかけねばなりませんから」
こう言われてはそれ以上言えず、慌しく発つ彼らを、見送るだけだった。
走竜の背にまたがる彼らの姿が小さくなり、丘の陰へ消える。
「中へ入ろう。あまり風に当たらないほうがいい」
ドクターに言われて、部屋へと戻る。
ニールは、前よりはだいぶ良さそうだった。あれほど顔色も悪くないし、触っても冷たくない。
「よかった……」
安堵しながら手を伸ばしかけたとき、弟が小さくうめいて、薄く目を開けた。
「ニール!」
「あね、き……?」
かすれた声で、だがしっかりとそう答える。
「まだ起きないで。死ぬところだったんだから」
「死……?」
目が覚めたばかりで、記憶がはっきりしないのだろう。ニールはぼんやりと考え込む。
だが次の瞬間、彼の表情が変わった。
「姉貴、フィアは?!」
やはり、と思った。弟にとってフィアは、既にそういう存在だ。
だが、答えられない。
ニールは黙ってしまった姉の様子と、手にしていたペンダントから、状況を察したようだった。
彼の表情が沈む。
「あのね、ニール」
少しでも気休めになればと、イルゼは先ほどまでいた、一行のことを話す。
「じゃぁ、フィアのヤツは……」
弟の言葉に、彼女はうなずいた。
「人の守り手というのが、なんなのかはよく分からないけど。でもあの人たちのところに生まれていたら、とても大事にされてたと思うわ」
本当に、気の毒な子だと思う。
――今ごろ、どうしているのだろう?
ただでさえ弱っていたのに、行った先で酷い扱いを受けていないか、それだけが心配だった。
あの一行に引き取られるか、せめて大事にされていてほしいのだが。
「ともかくあなたは今は、身体を治さないと」
「あぁ……」
答えるニールの表情に、イルゼは不安を感じた。
弟は……行ってしまうのではないだろうか?
いや、行くのは構わない。こんな姉の面倒を見続けるより、もっと自分のしたいようにするべきだ。
だが、治りきらないうちに出て行ってしまいそうで、それが気がかりだった。
「ドクター、呼んでくるわね。何か食べたいものある?」
「んー、のど渇いたな」
「分かった、何か持ってくるから」
そう言って、ドクターを呼びに行く。
ついでに自分の心配事を、ドクターに伝えるのも忘れなかった。
「そうか、確かにその可能性はあるな。気をつけないと」
ただ、何をどう気をつければいいのかは、二人にもよく分からなかった。
目を離さなければいいのだろうが、現実にはムリだ。ドクターは先日の惨事で街に大量の怪我人が出ているため、何かと呼び出される。その間はイルゼが留守番だが、常に見張っているわけにはいかなかった。
要するにニールがその気になれば、いつでも隙を突いて、出て行けてしまうのだ。
「ともかくあの子に、部屋を出たら危険なこと、よく言っておかなくちゃ」
「そうだね」
どれほどの効果があるかは分からないが、言えば魔法医の言っていた半月くらいは。そのときのイルゼは、どう思っていた。
ニールの回復はめざましかった。翌日には起き上がれるようなり、翌々日には立てるようになった。
今はもう、日中はほとんど起きている。
「よかった、良くなって。でもほんとに、ここから出ちゃだめよ?」
「分かってるって。俺も死にたくねーもん」
平然とそんな軽口まで叩く。
「それより姉貴、雨だいじょぶか? なんか降りそうじゃん」
「あ、いけない。今のうちに洗濯物、入れておかないと」
今にも雨が落ちてきそうな曇り空に、慌てて外へ出る。
洗濯そのものは、ドクターとの共同作業だった。ほんとうならぜんぶ自分でやりたいのだが、長時間力仕事をやっていると、倒れてしまう。
それが申しわけなくて、イルゼは極力、こういったことをやるようにしていた。
陽の匂いとまではいかないが、乾いたシーツや何かを、順番に取り込んでいく。
「これでよし、と」
まとめて入れた洗濯カゴを持って戻り、イルゼは奥へ声をかけた。
「ニール、何か少し食べる?」
答えはない。
――嫌な予感。
慌てて部屋へ行くと案の定、ニールの姿はなかった。
机の上にあの、貴重品が入った袋が置いてある。それと、たどたどしい「ゴメン」の文字。
「ばかっ!」
言い捨てて、外へ飛び出す。
だが、ニールは見つからなかった。

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