第20節
「どうされました?」
「その、使えるかどうかわかりませんけど、見ていただけませんか? 両親の残した秘薬が何種類か、あるんです。その中に、もしかしたら」
遺産の秘薬を取り出して、並べてみせる。
ひとつひとつ検分していた魔法医の手が、止まった。
「あった! これならどうにか使えます」
魔法医が喜びの声をあげ、ニールの部屋へ戻っていく。その背へイルゼは、思い切って声をかけた。
「あの、私も行っていいでしょうか?」
邪魔になりそうな気がして遠慮していたのだが、やはり弟のことが心配だ。
「脇で見ているだけなら、大丈夫ですよ。どうしても困る場合は言いますから、そのときだけ出ていただければ」
「すみません」
部屋へ入るとすぐ、魔方陣を描く作業が始まった。先ほどの秘薬と魔法医の手持ちを合わせて、インクのようなものが作られ、それで部屋の床に紋様が描かれていく。
「一区切りついたら言いますから、ベッドを中央に移してください。そのあと、残りを描きますので」
作業が着々と進み、ニールが寝たままのベッドが動かされ、さらに周りが描かれた。
最後に、全員が部屋から追い出される。
「結界内によけいな人が居ると、上手くいきません。ドアは開けておきますから、見ていてかまいませんよ」
言って、魔法医が長い長い呪を唱え始める。
それに反応して、床に描かれたものが徐々に光りだし、呪が終わるとともに霧散した。
「どうぞ、もう入って大丈夫です。この結界は、出入りは自由ですから」
おそるおそる入って、弟のそばまで行く。
先ほどまでとは違って、頬に少し赤みが差していた。
「しばらくすれば、目を覚ますでしょう。
ただ、起きられるようになってからも、しばらくはこの中に居てください。短時間なら結界から出てもかまいませんが、なるべく早く戻るようにお願いします」
魔法医がいろいろと注意する。
「動けるようになれば、もういいのでは?」
「それがダメなんですよ。
あれほどのケガで、弟さんは生命力を使い切っています。それをこの魔方陣は、戻す力があります」
つまりここに居れば、癒されていくのだろう。
「ですが外へ出てしまうと、生命力は生きているだけで削られていきます。それがまだ、弟さんには致命的なんです。
完全に元に戻るには、最低でも半月はみてください。できれば1ヶ月は」
魔法医の言葉に改めて、どれほど危険だったかを思い知る。
「気をつけたほうがいいことを、あとで書いておきますね。
――おや?」
部屋を出ようとした魔法医が、足を止めた。
「これは?」
視線の先は、ニールの手にあるペンダントだ。
「フィアが……いえ、連れていかれた女の子が、持っていたものです。最後に弟に、渡していきました」
「なるほど」
握り締めて放さないそれを、魔法医が調べる。
「ああ、やはりそうですね。
これは私たちが慈悲石と呼ぶ、癒しの効果がある珍しい石です」
「じゃぁ、それで死なずに?」
言ってから、しまったと思う。ニールが死なずに済んだのは、何人もの医者が関わってくれたおかげだ。
さすがに自己嫌悪に陥ったイルゼの肩を、誰かが叩いた。
「きっとそうだろうね。
本当に、いつ死んでもおかしくなかったんだ。フィアの慈悲石がきっと、ニールの命を支えたんだろう」
いつの間にか隣に来たドクターが、優しく言う。
「私もそう思いますよ。正直手当てをしながら、いつ心臓が止まるかと、ひやひやしていましたから」
魔法医も口を揃え、医師二人にフォローされたイルゼは、ますます恐縮した。
そこへ、まったく別の声がかかる。
「私にも、見せてもらえないか?」
一行のリーダーだった。
「あ、はい、どうぞ。ただあの子、握っていて放さないんです」
「よほど大事なんでしょうな」
言いながらリーダーはベッドに近づいて、しばらくの間ペンダントを眺めたあと、自分の懐をまさぐった。
取り出されたのは――やはりペンダント。
石の大きさも、台座も、鎖も、それどころか細工までが、まったく同じだ。
「これは……?」
「私のは、母の形見ですよ」
それと同じということは。
「母には、一族を捨てた妹がいたそうです」
その言葉が、すべてを物語っていた。
「本当に、もう少し早ければ……」
そうすればフィアは無事この一行に保護され、ニールも怪我をせずに済んだのかもしれない。

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