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第17節
◇Fia Side
 王都は、遠かった。
 あれからどのくらい経ったのか、とうに日を数えることをやめてしまったフィアには、もう分からない。がたがたと揺れる寝台の上で、ニールに生きていてほしい、それだけを願いながら空を見る毎日だった。
 あそこで応急手当だけはしたのだから、生きているはず。ずっとそう、自分に言い聞かせている。

 ほんとうは、すぐにでも帰りたかった。ニールのそばに居たかった。だが恐れていた自分の内なるものは、予想もしなかった結果を生み、周囲を傷つけてしまう。
 だから……帰れない。

 やがて揺れが収まり、人影が覗いた。
「巫女様、お加減はいかがですか?」
 声をかけてきた男性に、フィアはちいさくうなずく。
「失礼いたします」
 侍医役を務めている部隊の医務官が入ってきて、熱をはかり、脈を取る。

 ただでさえ弱っていたフィアを、この旅はさらに痛めつけた。
 よほど急いでいたのだろう、最初は足の速い走竜の背に、直接乗ってだった。が、半日と起きていられないフィアはすぐに倒れてしまい、一行は慌てて竜車を用意した。
 だがそれに座しての旅もフィアは耐えられず、いったん途中の宿場へ逗留し、改めて極上の寝台車が用意された。今はそれに乗せられて、ゆっくりと進んでいる。

 柔らかな毛が厚く詰められた寝台は、どこか当たったりということはない。上掛けも選りすぐりの羽毛や羽根が使われていて、軽く暖かだ。
 しかしそれでも、フィアには辛い旅だった。
 揺れる寝台は落ち着かず、ゆっくりと休めない。昼も大半は横になって過ごしていた少女には、これは厳しかった。
 ただ、揺れかたは前よりいくぶん小さくなっている。それだけ整備された道に来たのなら、そろそろ王都が近いのかもしれない。

「何か、召し上がりますか?」
 問いに対して首を振る。無理やりの長旅に加え、連れ出されたときのニールの件も手伝って、いまはほとんど食べ物が喉を通らなかった。
「ですが、何か召し上がりませんと……果汁でも、いかがですか?」
 言いながら医務官はそっとフィアを起こし、背にいくつものクッションをあてがって、寄りかかれるようにする。

「さ、どうぞ」
 最初から飲ませる気だったのだろう、後ろにうやうやしく盆を捧げ持った小姓が居た。
 吸い飲み――コップはすでにムリ――が口にあてがわれる。それを少しづつ、やっと半分だけフィアは飲んだ。
 それだけで疲れてしまって、朦朧としてくる。

「巫女様?」
 医務官に呼ばれたのは分かるが、答える気力はもうなかった。
 何度か呼ばれたが、そのうち諦めたのだろう。身体がそっと横にされ、またがたがたと寝台車が揺れ始めた。

 まどろみながら、想う。路地裏で拾われ、初めてまともに扱われた日々を。
 幸せだった。
 とりたてて何もない、だからこそ幸せな日々。
 もう戻れないと知りながら、戻ることばかりを夢見ている。こうしてまどろんで目を開けたら、またニールの顔が目の前にありそうな気がする。

 彼の名を想った瞬間、ずきりと胸の奥が痛んだ。
 自分のせいで、ニールは死んだかもしれない。生きていると信じているが、それはただの幻想かもしれない。
 せめて、それだけでも分かれば……。

 寝台車は何度か止まることを繰り返し、ついに王都に入ったようだった。車輪の立てる音にかき消されがちだが、それでも都会独特の喧騒が聞こえてくる。
 元いた町はどっちだろう、とフィアはぼんやり思った。
 たしか「王都は西」と言っていたから、東へずっと行けば、帰れるのだろうか?

「巫女様をお連れとな?」
「はっ、さようであります」
 何か話し声が聞こえてくる。
「早馬で話は聞いていたが……ほう、なんと美しい」
 たぶん誰かが覗いているのだろうが、まぶたを持ち上げる力もなかった。

 それからもしばらく、周囲のやり取りは続く。
 と、それに慌しさが加わった。
「陛下のお成りです!」
 誰かがフィアを、そっとゆする。
「巫女様、目をお開けください。陛下がお見えです」

 うながされて、フィアはやっとの思いで目を開けた。目の前に筋骨隆々の、豪奢な身なりの男がいる。
「なるほどたしかに美しいが、ずいぶん弱っておるな。これはどういうことだ?」
 男が言うと、周囲の人間が平伏した。
「その、長旅が祟りまして」
「さようか。いずれにせよ、これはならぬ。どうにかせよ」
「はっ……」

 誰もが頭を垂れる。
 この人物が自分と、その力を欲したのだと、やっとフィアは理解した。
 なぜこんなものを欲しがるのか、と思う。差し出せるくらいなら、今すぐ差し出したいくらいだ。

 昔から奥にくすぶるこの力は、フィアにとっては恐怖でしかなかった。
 いつ牙を向くか分からないもの。
 いつ自分を食い尽くすか分からないもの。
 見ぬ振り、気づかぬ振りをして、ずっとやり過ごしてきた。だからもう動けなくなったとき、心のどこかでほっとしていた。もう、向き合わなくてすむと。

――だが結局、逃れられなかった。

 身体が持ち上げられる。
「巫女様、いまお部屋へ」
 その連れて行かれた部屋で、何を要求されるのだろう?
 怯えながらも、フィアは従うしかなかった。

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手のひらの上 筆者の童話(?)短編です。
メジロと女の子 筆者のムーンチャイルド用短編作品です。

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