第16節
「あの、何のことか、分かりかねます」
姉貴が正直に言ったら、周りの白鎧がいきり立った。
「何を言う、きさまらきちんと答えよ!」
それをまた、領主とやらが制す。気さくなだけじゃなくて、温和な人でもあるらしい。
「そんなに騒ぐでない、テアドよ。下々が話を知らぬのは、致し方ないこと。
――そなたら、この世界の成り立ちは知っておるか?」
考え込む。
たしか子どもの頃聞いたのは、むかしむかしカミサマとやらがいて人間を作ったけど、気に入らなくて滅ぼそうとした。でも人間は戦って地上を手に入れて、天と地は行き来できなくなった、って話だ。
それを言ってみる。
「そうじゃ。無学なわりには、よく知っておるではないか」
この人は褒めてるつもりなんだろうけど、ものすごく嫌味な言い方だ。
「して少年よ、教えておこう。そのさらにむかし神代の時代に、神の代理人たる神官と、巫女とがいたのだよ」
やっと巫女がなんなのかを理解する。
「言い伝えでは、巫女は強大な力を持っておったという。また娘御は、あの津波を食い止めたという。
巫女の末裔に相違なかろう。ほかにあのようなことが出来る者、おるとは思えぬ」
何かヤバい気がした。
フィアが何か力を持ってるのは、間違いない。けどそれは俺にとっては、別に怖くもなんともなかった。あいつはそういうことはしない。
ただ、俺にはその程度のことでも……ほかの連中にはたぶん違う。現にあれだけ良くしてくれた隣のおばさんや、貧民街の人たちは、フィアを避けてた。
出かけた先でいつも言われる。助かった、感謝してる、でも――あの娘が怖いと。そして申しわけなさそうな顔で、なけなしの中からお礼と称して何かをくれて、そそくさと立ち去るばっかりだった。
そんなフィアに、目をつけるヤツがいたとしたら?
この目の前の、見たとこ温和そうな領主が、それを考えてたとしたら?
「それで、娘御は奥か? 入らせてもらうぞ」
ずかずかと一団が入ってくる。
およそ貴族の別邸とは思えない荒れた室内を、領主が見回して面白そうに言った。
「ノエアド伯はこだわらぬと聞いておったが、話以上じゃな。若いのに酔狂なことよ。
そこの者たち、巫女の末裔の部屋まで案内――」
領主の言葉が途切れる。
何ごとかと思ったんだろう、出てきて姿を見せたフィアに、来てた連中の誰もが息を飲んだ。
「これが、巫女の末裔……」
淡い色の髪。透き通った瞳。白磁の肌。
「神の力を受け継ぐ、というだけのことはあるの。なんと美しいことよ」
これだけは素直な賞賛。
と、領主が恭しくフィアに一礼して、言った。
「巫女の末裔よ、お迎えにあがりました。国王陛下よりの招聘でございます。
陛下は巫女様をぜひ王宮へ迎え入れ、国の護りとして丁重にもてなしたいと仰っております」
「え……」
予想もしなかった話に、フィアが戸惑う。
「さ、巫女様こちらへ」
領主がフィアの手を取る。
「いやっ……」
それを聞いた瞬間、俺は動いてた。領主の手を払いのけて、フィアを後ろにかばう。
「きさまっ!」
次の瞬間、何かが閃いて本能的に動いて――衝撃。
焼けたような熱さ。それから激痛。
「ニールっ!」
フィアと姉貴の叫び声が遠く聞こえる。
「ほう、ぎりぎりとはいえ避けて急所を外すとは、大したものだ」
血のついた剣が振り上げられる。
「お願い、やめてっ!」
フィアの後ろ姿が、俺の視界をふさいだ。
――あれ?
フィアの姿と床の傾きで、いつの間にか倒れてたことに、やっと気づく。
「そこをお退きください、巫女様。こやつの数々の無礼、さすがに捨てて置けませぬ」
「やめて、お願い! 行きます、いっしょに行くからやめて、殺さないで!」
そんなこと言うなと言いたいのに、声が出ない。動けない。
身体が冷えていくのが分かった。
「では巫女様、こちらへ」
「待って、ニールに手当てを……」
何か人が動く気配がして、誰かが俺を覗き込んだ。
「傷が深くて、手持ちの道具では応急手当しか」
「それで良い。巫女様の希望だ、ともかく叶えて差し上げろ」
俺の身体の向きが変えられる。
その視線の先に、フィアが歩いてきた。
「ごめん……」
その瞳には、涙。
泣かせたくなかった。
なのに、声も出ない。
「あのね、これ……」
フィアが、助けたときからかけていたペンダントを外して、俺の手に握らせる。
そして、身を翻した。
「巫女様、お早く」
ペンダントと血の足跡を残して、フィアは去った。

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