第14節
◇Fia
分かっていた。
あの夜、魔物が町を襲ったときから、逃れられない災厄が起こると感じていた。
それが、来る。
「なんかこれ、ヤバく……ねぇ?」
「まずいだろうねぇ」
どこかちぐはぐな調子で続く会話を背に、フィアは自分の中へ意識を向ける。
「これってやっぱ、逃げたほうがいいんじゃ?」
「逃げたほうがいいと思うけど、でも、いまさらどこへ? すぐ来るんじゃない?」
――この人たちを、死なせたくない。だから。
何かが止めたが、構う気はなかった。
力は、ある。
「あー、あれなら海かな、行き先は」
「海なら、別になんでもないのかしら?」
「どうだろうねぇ。あれがどのくらいか分からないけど、さすがに何も無しじゃ済まなそうなんだが」
使ったことはない。
だが、使い方は分かる。
力を汲み上げて、形にする。
閃光。
遠い海に文字通りの火柱が立つ。
「すげぇ……」
ニールの声を聞きながら、前へ出た。
海を見据えたまま、知らないはずの呪を口ずさむ。
きぃん、という耳鳴りに似た音を立てて、周りの空間が軋んだ。
「何やったんだ?」
聞かれたが、フィアには答えられない。そもそも、どう説明すればいいのか分からない。
分かるのは、これが必要だということだけだ。
“それ”が、来る。
風が揺らぐ。
次の瞬間、街が瓦礫になって――そして一部の人も――空へ舞い上がった。
海を渡ってきた衝撃波が襲ったのだと気づいたのは、どのくらいいただろう?
張った魔法の盾の外側を、暴風が荒れ狂う。草が千切れ飛び、枝が折れ、木もなぎ倒された。
しばらくの間それは続いて……やっと、収まる。
だが、これで終わりではない。
魔法の盾を解きながら、フィアはさらに前へ出る。
「フィア、どした?」
心配そうな言葉には答えず、少女は虚空へ――踏み出す。
軽々と舞い上がる身体。
「お、おい?!」
ニールの声に、一度だけ振り向く。
なんと答えたらいいか分からず、言葉にはならなかった。
涙がこぼれて、それをこらえながら、海の上を翔ける。
――こんなこと、したくない。
きっと怖がられて、嫌われるから。
それがフィアの思いだった。
けれどやらなければ、全員死ぬだろう。
だから……。
沖に引かれた白い線が、近づいてくる。
立ちはだかるには、フィアはあまりにも小さい。
だが。
己の裡から呼ぶ。
力の源、巣くう物。
同化していくのが分かる。
あとは簡単だった。
押し寄せる津波から力を引き抜いて、湾の入り口に防壁を張り、さらにエネルギーの流れも固定化する。
手の振りも呪文も要らない。視線だけで、粘土を捏ねるより簡単だ。
突然進む力を失くした波が、崩れ落ちて渦を巻く。
けどそれさえも吸収されて変換されて、自らの力で作り出された見えない壁を、ただ洗うだけだった。
それを眺めながら、防壁をチェックする。
状態から見て、夜中までだろう。
急ごしらえのため、ずっとは持たない。だがこれだけ持てば、大丈夫なはずだ。
そう思った瞬間、フィアはめまいを感じた。これだけのことを一気に、しかも初めてやったのだから、当然といえば当然だった。
どこか安全な場所に、そう思って辺りを見回して、思い出す。
――どこへ行けばいいのか。
本当はニールのところへ戻りたいが、彼の顔を見るのが、フィアは怖かった。
もし、恐れられて嫌われていたら?
行かなかったからといって、嫌われなかったことにはならない。だが、行かなければ見ないですむ。
いちばん安全な場所はこの辺りでは、ドクター先生の館がある丘だと分かっていたが、フィアはもっと手前の町の外に降りた。
身体が重くて立ってられず、道端にうずくまる。
意識が、暗闇に堕ちていく。
ニールに、会いたかった。そう思いながら。
「おい、こんなとこで寝たらダメだろ!」
とつぜん、耳元で響いた声にはっとする。
やっとの思いで目を開けると、いちばん見たかった姿があった。
「ムチャ、したんだろ」
まっすぐ顔を見られなくて、フィアは視線をそらす。
「先生が言うには、この調子ならとりあえず、とりあえず津波はだいじょぶだろってさ。
さ、帰ろうぜ」
動けない少女を、少年が背負う。
不思議なくらいの暖かさを、フィアは感じた。

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