第13節
「ドクター、今度はもっと平らなとこに家建てたらどうです?」
「そうだねぇ。だが、眺めはいいんだよ?」
くっだらない話しながら歩いてく。ただドクターの言うとおり、半分過ぎた辺りから、眺めは抜群に良かった。
さっきまで厚かった雲が切れてきて、薄布みたくなる。それが沈んだ陽の残りに、うっすら照らされてた。
広がる薄紫の空と、紫紺の海。
「海だけ見てると、なーんもなかったっぽいのにな」
「そうよね……」
そのとき、フィアが小さく声を上げた。
「どした?」
「あれ……」
フィアが指差す。俺らが見てたのとは違う、もちょっと夜に近い南の空だ。
「あれがどした?」
暗くなりかけた空にうっすら、あの夜からの橋が見える。
気になることは気になるけど、まぁいつもの話だ。
けど、それをドクターがさえぎった。
「待て、様子がおかしいぞ」
呆然と見てるうち、橋が縮まって光りだす。流れ星っぽくも見えた。
「なんかこっち……来てない?」
「――来てっかも」
早い話、流れ星がこっちに向かって落ちてくるみたいな状態だ。
しかもだんだん、真っ赤な火の玉になってく。
「なんかこれ、ヤバく……ねぇ?」
「まずいだろうねぇ」
――なんでドクター、そんなに落ち着いてんですか。
平然としてるドクターに、そんなことを思う。
「これってやっぱ、逃げたほうがいいんじゃ?」
「そりゃ逃げたほうがいいだろうけど、でも、いまさらどこへ? すぐ来ると思うんだけど」
姉貴も落ち着きすぎだろ。
そんなアホなこと言ってる間に、燃える“それ”がどんどん落ちてくる。
「あー、あれなら海かな、行き先は」
だからドクター、なんでそんなに平然と……いや、海ならいいけど。
「海なら、別になんでもないのかしら?」
「どうだろうねぇ。あれがどのくらいか分からないけど、さすがに何も無しじゃ済まなそうなんだが」
また物騒なことをドクターが言う。
「お魚、だいじょぶかしら?」
姉貴、魚の心配してるばあいかよ。
そして、閃光。
沖に巨大な火柱が上がった。
「すげぇ……」
これしか言いようがない。
と、ふわりとフィアが前へ出た。
重さを全く感じさせない、風のような動き。
「フィア?」
海を見据えたまま、こいつが何かを口にする。
きぃん、という耳鳴りに似た音を立てて、俺らの周りの空間が軋んだ。
「何やったんだ?」
答えはない。
不思議に思いながらも、そのまま火柱を見続ける。
「え……?」
気が付いたときには遅かった。なんか靄っぽいものが見えたと思った瞬間、街が瓦礫になって舞い上がる。
ほとんど同時に周りの草がちぎれて吹き飛んで、木が何本か根こそぎ倒れた。
それから届く轟音。
ただ、俺らの周りは風さえなかった。
よく見ると、いろんな破片が見えない壁みたいのに、弾かれてるのが見える。
――フィア。
それしか考え付かなかった。
こいつがいち早く、なんか手を打ったんだろう。じゃなきゃ今頃、俺らも吹き飛んでたはずだ。
そのうちやっと、風が収まる。
「館、だいじょぶかしら?」
「うーん、ボロだからねぇ。ちょっと自信がないな」
あんまり心配してなさそうな顔で、ドクターが言う。
と、フィアが前へ出た。
「フィア、どした?」
俺らの言葉は無視して、こいつが宙へと浮く。
「お、おい?!」
何か言いたそうな、どっか痛そうな表情で一瞬だけ振り返って、次の瞬間フィアは文字通り飛翔した。
姿がたちまち闇にまぎれて、見えなくなる。
飛び去った方向は、海だ。
「どういう、こと……?」
姉貴が呆然とつぶやく。
けど俺も、何がどうなってるのかさっぱりだ。
ただみんなで、フィアが飛び去った方向――遥か沖を見つめる。
その沖に、白い線が引かれた。
「――なんだ、あれ?」
この街へ来てから海はずっと見てるけど、こういうのは初めてだ。
「あれは――!」
気が付いたドクターが、血相変えた。
「津波だ!」
「津波……?!」
見るのは初めてだけど、話に聞いたことはある。
でもそれ、地震の時とかだったような……。
考え込みながら眺めてる間に、線は信じらんないスピードで近づいてきて、たちまち湾に差し掛かって高さを増した。
「あれじゃ、街が!」
ただでさえ爆風で半壊してんのに、あんな壁みたいなもんが来たら、全部流されるのは確実だ。
でも、どうしようもない。絶対っていいくらいなんも出来ない。つか、もしかしたらここだってヤバい。
歯噛みしながら、波が押し寄せるのを見つめる。
けど。
「うそ、でしょ……」
遠く聞こえる姉貴の声。
津波が、全部じゃないけど消えた。

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