第11節
「ここがだいじょぶで良かったぜ」
麓にある錆び付いた門をくぐりながら、ニールがつぶやく。
「……良かったって、大丈夫じゃなかったらどうするつもりだったのよ」
「ンなこと言ったって、姉貴が先に言ったんじゃねーか」
些細な姉弟の言い合いを、別の声が押しとどめた。
「イルゼとニールかい?」
聞き慣れた、ドクターの声だ。
「無事で良かった、ここから町を見て心配していたんだ」
屋敷と同じで、彼も何事もなかったようだった。
「街は……やっぱりひどいのかい?」
「――ええ」
ドクターの問いに、短くニールが答える。
「そうか……」
僅かな間視線を落とした後、ドクターは顔を上げて軽く微笑んだ。
「とりあえず、屋敷へ行こう。疲れてるだろう?」
言いながら丘の上へ続く道を、たどり始める。
辺りは暗くて今ひとつ見えないが、どういうわけか庭園ではなく、畑のようだった。案外ここで、自給自足の生活をしているのかもしれない。
ドクターが長い長い坂を上って、一行を屋敷へと先導する。
「ボロ屋敷だが、外よりはマシだろうしね」
館は確かにやたらと古びていて、幽霊屋敷さながらだ。
だが貴族の住まいなだけあって広いし、痛んでいるとは言え貧民街よりはずっと立派だった。
「にしてもここ、よくヘーキでしたね」
ニールが不思議そうに言うと、ドクターが笑いながら肩をすくめた。
「度を越した心配性のご先祖が居てね。莫大なお金をかけて、土地ぜんぶに強力な結界を施したんだそうだ。
まぁおかげで助かったんだから、今度からよく敬わないとだが」
嘘から真、という話らしい。
「ロクなお茶もないが、飲んでゆっくり休むといいよ。
僕のほうはじき、忙しくなってお茶を淹れる間もなくなるだろうしね」
確かに魔物の襲撃が一段落すれば、ここは怪我人であふれ返るだろう。
そんな話をしながら、一行が屋敷の中へ入ろうとした時。
悪寒を覚えて、フィアは立ち止まった。
振り返る。
「どした?」
気づいたニールの声に、他の面々も足を止める。
「月、が……」
「月?」
振り仰いだ空には、気味の悪いほどに緋い月。
「なんだ?」
「月に、橋……」
うわごとのように、フィアの口から言葉が漏れる。
「橋? なんだそりゃ?」
「聞いたことがあるな……」
ドクターが腕を組んで考え込んだ。
「たしか100年に一度、月と地上のあいだに橋がかかって、それを渡って魔物が地上へ落ちてくるって話だったと思うんだが」
「それ、シャレになんないですよ……」
そんな会話を続ける一行の視線の先で、天空から伸びた霞む何かと、地上から伸びたものとが繋ぎ合わさっていく。
「どう、なるのかしら」
イルゼがつぶやく。
これから何かとてつもなく大変なことが起こるのは分かるが、それがどんなものか、誰にも想像がつかなかった。

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