第10節
「マジやべぇな……」
逃げ惑う人々。
片手で幼子の手を引き、もう片方の手に赤ん坊を抱いた母親を、格好の獲物と見たのだろう。一気に魔物が迫った。
かぎ爪が振り上げられる。
だがそれが振り下ろされるよりまだ早く、風のようにフィアが間に割って入った。
残像のように、ふわりと舞う長い髪。透き通った瞳が、魔物を睨みつける。
瞬間、魔物の振り上げられた腕が、音を立てて弾けとんだ。
苦しげな咆哮。
魔物の血走った目が、母子からフィアへ移る。
だが彼女は全く怯まず、華奢な手を魔物に向けてかざした。
金属の触れ合うような、不思議な音。
辺りの気温が一気に下がる。虚空から何本もの氷の槍が現れ、魔物へと飛ぶ。
声にさえならない絶叫。
天へ憎しみを吼えようとした姿のまま、魔物が瞬時に氷像となる。
魔物の足をフィアが蹴ると、巨体は傾いて地に落ち、澄んだ音を立てて砕け散った。
「すごいわね、やるじゃない」
イルゼが感嘆の声を上げる。
「俺らの方が、足ひっぱりそうだな」
ニールも苦笑した。
その反応に、フィアはほっとする。
考えるより先に身体が動き、魔法を繰り出し、敵を屠る。
屈強な戦士ならともかく、自分のような子供がそんなことをしたら、いったいどう見えるか。それをフィアは承知していた。
なのに思わぬ事態でとっさに動いてしまい、内心びくびくしていたのだ。
嫌がられるのではないか、と。
何をつまらないことを、という人もいるだろう。だがフィアは、それが怖かった。
あの思い出すのも嫌な場所でならまだともかく、やっと見つけた居場所を失くしたくなかった。
だから杞憂に終わったことに、心の底から安堵する。
「さ、お母さん早く。ほら、おばさんも!」
イルゼが幼児を抱き上げ、茫然自失の母親と隣人とを急かす。
「行きましょ、こっち」
促されて小走りに移動を始めたあとは、早かった。可能な限り敵をやり過ごし、襲われればフィアとニールとが手早く倒す。
どうやら人も魔物も町の中心部、貧民街と本来の町とを隔てる城壁の方へ向かっているようで、郊外へ向かう一行が出会う数は進むにつれ減っていった。最初に、一番外側からやられたせいだろう。
この調子では城壁周辺は地獄絵図だろうが、まさか戻って助けるわけにもいかなかった。
そのまま町を出て、ニールに導かれて近くの丘へ急ぐ。
「もう、ほとんどいないみたいね」
「だな」
人が大して居ないせいなのか、偶然狙われなかっただけなのか。ともかく見上げる丘の上――大した高さはないが――の屋敷は血なまぐささとは無縁で、静かなままだった。

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