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第一話 今までの世界にサヨナラ

主人公の総MP量を変更いたしました(1/18)


大幅修正しました(3/31)


始めの方の描写を変更(12/3)


大幅修正しました(2016 2/29)

二部以降も順次修正していきますが、それが完了するまでは多少の矛盾が発生すると思います。ご了承ください。

大幅修正前と大幅修正後はかなり違う雰囲気になる予定です。


スキル『剣術』を始めとした、武術系のスキルを無くしました。(5/7)

また、一部、表現を変更しました。

 ――今も、その光景は鮮明に思い出すことができる。


 あれは、俺が幼いころ――五歳程の時だっただろうか。

 俺は通っていた幼稚園で、同じ学年のやんちゃな男の子達三人が一人の女の子をいじめている場面に遭遇した。


「……うぅ」


「へへっ、泣いてるぅ」


「泣き虫!」


 女の子はおとなしい性格なのか、シクシクと小さな声量で泣き続けている。

 その為、幼稚園の先生たちは女の子がいじめられている事に気が付くこともなく、それに味をしめた男の子達三人はいじめを続けるという悪循環。


 その前日、自分の母親に『友達をいじめるのはとても悪いことなんだよ』と教え込まれていた俺はそれを『悪い事』だと判断する。


「止めろよ!」


 そう声を上げながら女の子の前に立ちふさがり、女の子をいじめていた男の子の内の一人を突き飛ばした。

 突然吹き飛ばされた男の子は受け身を取れるはずもなく、派手にずっこける。


「他の子をいじめたらダメなんだぞ! 先生に言いつけてやるからな!」


 俺の発した先生に言いつけるという言葉にさすがにまずいと思ったか、男の子三人がその場を去る。


 二人っきりになった俺と女の子。


「大丈夫?」


「……グスッ」


 俺の問いかけに、女の子はぐずった声を返すばかり。


 どうしようかと俺が悩んでいると、唐突にあることを思い出した。

 それは、簡単に言えば、『人と仲良くなる時は自己紹介』。前日に見た子供番組で流れていた物だった。

 他に思いつくこともないので、とりあえずそれを実践してみる。


「――ぼくは戸上裕翔(とがみゆうと)。君は?」


 すると、女の子はぐずった声を抑え、顔をこちらに向ける。

 幼いながらも、整った顔立ちが俺の目に映った。

 ドキッと胸が高鳴った。幼かった俺はその意味が分からない。けど、その胸の高鳴りはどこか心地よくて、切なかった。


「……篠咲美弥(しのさきみや)


 そして、俺のそれに返すように、自分の名前を告げる。



 ――この日、俺は今後の人生においてかけがえのない一人の少女――みーちゃんと出会った。


 それからみーちゃんは常にそばにいて、一緒にいてくれていた。

 色んな思い出を共有して、その過程で俺は彼女に初恋もした。

 一緒にいる時はいつも胸が苦しくて、なんかテンション上がって、他の誰よりも近くにいるはずなのに……みーちゃんはいつも少しだけ遠かった。


 でも、きっとその時の俺にとってはそれで良かったんだと思う。

 いつも一緒のみーちゃんはこれからもずっと一緒――そういう淡い考えが心の中にあったから。


 しかし、彼女――みーちゃんと初めて会ってから五年後。

 俺とみーちゃんが十歳の時。


 


 みーちゃんは突然行方不明となった。


 その事実を聞いた時、俺には。

 淡い幻想が呆気なく崩れ去る――そんな聞いたことも無い音がはっきりと聞こえた。










 

 

 

 それは、正直とても不思議な光景だった。


 周りは幻想的なぐらいに白い世界。よく見れば、その白いのはふわふわとしていて、まるで雲の様だ。

 そして、そんな中、俺――戸神裕翔とがみゆうとの目の前には頭を地面に擦りつけている、白くて長い顎鬚を生やしたおじいちゃんがいる。


「本当に申し訳ない。わしは君を間違えて殺してしまった………!」


「……はぁ」


 そのおじいちゃんは何度も何度も俺の目の前で土下座を繰り返し、それを一向に止めようとしない。

 老人を何度も土下座させる若者って、絵的にいろいろと問題がありそうでなんか怖い。


 まぁとりあえず、このおじいちゃんがさっきから言っている話を要約するとこうなる。


 どうやら、ここは死んだ者が来る世界らしい。で、このおじいちゃんはこの世界を管理している人、つまりは俺たちの世界で言う神様なんだそうだ。

 そして、そんな神様が何故、ただの高校生に過ぎない俺に頭を下げているのか。それは何とも滑稽な話で、この神様が昼寝をした直後に寝ぼけて天罰を実行、それが俺に適応されて俺は死んでしまったと。


 少し残念な気がしないでもない。てか、とても残念だ。本音を言えば泣き叫びたい。主に間違えて実行されてしまった天罰に当たった、自分の運の悪さにだけど。


 ちなみに、俺に降りかかった天罰は落石らしい。しかも、街中で。

 一体、俺はどんな街を歩いていたんだ。もう訳わからん。

 しかも、神様によると、死んだ者は自分自身が死ぬ直前の記憶は消えてしまうらしい。

 まぁ、自分が死ぬ記憶なんて思い出したくも無いけど。


「申し訳ない申し訳ない申し訳ない……」


 いつまでこの神様(ひと)は謝り続けているんだろうか。少し不憫になってきたぞ。


「あ、あの……神様、いい加減に顔を上げてください」


 俺のその言葉に「本当にすまぬの………」と神様は顔を上げた。


 そして、そのまま話を続ける神様。どうやら、間違えて死なせてしまったお詫びに俺を転生させてくれるそうだ。


「だがな、少し問題が……神たちの取り決めで、元いた世界に転生させることはできないんじゃ……その侘びと言っては何じゃが、一つ願いを叶えよう」


 願いか……


「それなら……神様にこんな事を言うのもなんですけど、一つだけ聞いてもいいですかね?」


「ん? 何じゃ?」


「俺って、今は死んでる状態なわけですよね?」


「まぁ、そうじゃの」


「もしかして、今の俺なら、死んだ人に会うっていう事は出来たりしますか?」


 俺のその言葉に、神様は残念そうに首を横に振った……やっぱりダメか。


「すまんの。この世界のルールで、転生する者に死者の魂を会わせることは出来ないんじゃ――じゃが、新たな輪廻に巻き込まれていなければ、伝言を伝えるぐらいなら出来んことも無いぞ?」


「ほ、本当ですか?!」


「当たり前じゃ。わしは神様じゃぞ?」


 そのわりには、死者には会わせてはくれませんでしたけどね。

 まぁ、伝言だけでもしてくれるなら、ありがたい。


「それなら、伝言だけでも頼んでもいいですか?」


「勿論じゃ。お主を殺してしまったのは、わしじゃからな。これぐらいの事、どうって事ないわい。して、お主はどの者に伝言を?」


「俺の幼馴染で……名前は、『篠咲しのさき美弥みや』俺と同じ年に生まれた、女の子です」


「ふむふむ……それだけでは、どの魂かが分からんから、生年月日と、享年、死んだ月日を教えてもらえんか?」


「生年月日は、―――――――。享年は10歳。死んだ月日は、正確には分からないんですけど、――――。という事になっています」


 今も、あの日を思い出すと、胸が締め付けられる。

 彼女と喧嘩して、そのまま彼女は行方知らずとなってしまった、あの日の事を。

 始めはは誘拐かと思われていたが、犯人からは一切連絡が来ない。

 結局、その三年後に大々的な捜索は中断。生存は絶望的となった。

 あの、彼女が突然消えた日から六年。俺は今まで、あの日の事を忘れたことは無い。


「分かった。伝言の内容は?」


「『あの日、喧嘩して、そのまま君をどこかへ行かせてしまって……ごめん』と」


「うむ。しかと受け取った。この伝言は、わし直々に伝えておくから、安心しておくがよい」


「ありがとうございます」


 俺が感謝の気持ちを表して頭を下げると、神様はそんな俺に、「気にするでない」と言ってくれた。

 正直、結構つらい。でも、ここで立ち止まってるわけにもいかない。無理矢理気持ちを切り替えた。

 

 ――さよなら。みーちゃん。


 今も「この世界」のどこかにいるかもしれない幼馴染に心の中で別れを言い、神様へと視線を戻した。

 それを見た神様は、一枚の紙を寄越す。そこには以下のような記述がなされていた。


============

「魔法才能全」

「無詠唱」

「アイテムボックス」

「MP倍増」

「AGI倍増」

「隠蔽・鑑定」

「魔力効率(大)」

「言語理解」

「全状態異常耐性」

「魔法複合」

===========


「神様、これは……?」


「それはお主の中で眠っておる才能――スキルじゃ。わしの権限でそれを目覚めさせた」


「スキル……ですか」


「うむ。お主が向こうの世界に行ったとき役に立つじゃろう」


 特殊技能とかそういう感じだろうか。どちらにせよ、役に立つものならばあって損はないのだろう。


 神様は俺の持っている紙をのぞき込むと、


「しかし、お主は中々面白い物を持っておるな」


「はぁ……それはどういう意味で?」


「スキルは己の心、そして経験に依存するんじゃよ」


 つまり、スキルには俺の思っていることが反映されてるってことか。それにしても、魔法とかそんな感じのもあるんだ。魔法複合ってのは何かは分からないけど、名前的に何かヤバそうだ。役立つって意味でだけど。


「これは……思ったよりも掘り出し物だったか」


「……神様?」


「いや、何でもないわい。とりあえず、わしにできるのはここまでじゃ。後は、向こうの世界に行って、自分で道を切り開くがよい」


 神様がそう言うと同時に、俺の足元に何か変な模様が浮かび上がる。

 少し焦っているように見えるのは俺の気のせいだろうか。気のせいだと思うけど。


「これは?」


「それは、転生用の魔法じゃ。これで、お主を転生先の世界――ユグドラシルへと送る。それとな、お主の鞄のポケットの中に異世界についての説明や、その他の能力についての事を書いてある紙を入れておいたわい。それを見て、今後、自分がどう生きていくのかを決めてくれ」


「分かりました」


「それじゃあの。向こうには、人気のない所に転生されるようになっておる。そこからは自分の力で生き抜くのじゃ。お主の新しい人生がすばらしいものになる事をここから祈っておるぞ」


「ありがとうございます、神様」


 頷き、神様は大きく手を振りかぶった。それに合わせるかのように足元の模様が強く輝き、視界が光で染まる。

 手の感覚が、足の感覚が希薄なものになって――















「ふぅ。行ったか……」


 戸神裕翔――もう、向こうの世界では、神様が決めた名前となっているだろう少年が消え、神様は一つため息をついた。

 すると、その体が強く輝き、次の瞬間にはその場に先ほどまでの老人ではなく、一人の少年がいた。

 いや、これが『彼』の本来の姿なのだろう。その証拠に、その口調は少年っぽい物に変わっている。


「おっと、こうしてる暇は無かった。彼から頼まれた伝言を伝えなくてはいけないな」


 神様がそう言うと、その手元に、一冊の太いファイルのような物が姿を見せる。

 

 これは、神様達が閲覧できる、「死者のファイル」という物で、死んでしまった魂を一つ一つ記録している資料。

 そんな資料を以て、神様が、少年の幼馴染――「篠咲美弥」の文字を探すが……


「おかしい。どこにも名が記されてない?」


 彼女が死んでしまったと思われる月日の近辺に、その名は無かった。念のために、その後の数か月分の範囲に渡って「篠咲美弥」の文字を検索するも、やはり引っかからない。

 おかしい。神様は頭を捻らせる。

 あの少年――戸神裕翔が嘘をついていないことは、神の力を使って調べているので、分かっている。

 では何故、彼の幼馴染の名前が無いのか――


「まさか……」


 何かを閃いたらしい、神様が別のファイルを呼び出し、そのファイルに検索をかけ始める。


『召喚者・転生者』


 そう、タイトルに記されたファイル。


「なるほどな……」


 そのファイルの中に、その名前はあった。


『勇者召喚

 行先 ユグドラシル

    ストレア王国


    ・鞍馬駿

    ・更月雅

    ・篠咲美弥

          』


「これは彼からすれば幸運なのか、それとも不運なのか……どちらにせよ、世界の運命は彼ら転生者と召喚者が決める。もうすでにあの世界にいられない僕はそれを見ているだけしかできない……か」


 そう呟く神様はどこか寂れて見える。


「どういう結果になるかは分からないけど……頼んだよ、()()


 ――きっと、世界は動く。


 その独り言は誰にも聞かれる事はなかった。
















 次の瞬間には、俺は見渡す限り誰もいない、森のすぐ近くの平原に立っていた。


(着いた……か)


 大きく伸びをしながら、辺りを見渡す。

 左手には、比較的明るい森。右手の少し遠くには、何やら大きい壁。おそらくどこかの町の防壁か何かだろうか。地図が手元にないので、わからないんだけどさ。


(そういえば、神様が鞄に説明書的なのを入れといたっていってたっけ)


 そんな事を思いだして、学校の鞄のポケットをまさぐって、一枚の折りたたまれた紙を取り出した。この世界で生きていく上で役立つ情報が書かれてるといいんだけど。


「って、結構大きい紙だな………まぁ、それだけ情報を得られると思えばいいか」


 多少の文句を言いつつ、その紙を読み始める。


『お主が得たスキル、ステータスといった情報は、頭の中で念じると出てくるようになっておる。「ステータス」と念じてみるのだ』


 紙に書かれていた通りにやってみると、視界に次のような表示が現れた。


==============

ユート

ヒューマン


Lv1

MP:42/42

STR:4

DEF:3

AGI:12

INT:7


スキル

「魔法才能全」「無詠唱」「アイテムボックス」「隠蔽」「鑑定」「魔力効率上昇(大)」「全状態異常耐性:Lv1」「魔法複合」

==========


 どうやら、これが『ステータス』って奴らしい。


 視界に直接浮かんでいるのか、視線を移動させてもずっと目に映り続ける。少し気持ち悪い気がしないでもない。まぁ、いつか慣れるしかないんだろうな。


 ステータスの確認は済んだので、次はこのスキルって奴の確認か。

 再び神様から貰った紙を読み始めた。


『次はスキルじゃな。スキルには三つの種類がある。一つは、常に発動し続けている物。お主のスキルで言うと、「魔法才能全」や「魔力効率上昇(大)」、「全状態異常耐性」なんかはこれにあたる。そして、二つ目は特定の条件下で自動的に発動する物。これは「無詠唱」なんかがそうじゃな。最後は発動者の任意で発動させるスキル。「アイテムボックス」「隠蔽」「鑑定」「魔法複合」がこれにあたるの』


 スキルにも色々とあるんだなぁって思いながら、続きを読む。


『任意でスキルを発動させる場合、二つの手順が必要になってくる。一つ目が、当たり前じゃが、そのスキルを習得しておくこと。二つ目が、スキル名を強く頭の中で念じることじゃ。お主のアイテムボックスの中に幾つかの役立つ物を入れておいたから、スキルを発動させる試しに確認してみるとよい』


 なるほどな。


「じゃあ、やってみるか」


 頭の中で『アイテムボックス』と念じる。


 目の前にステータスとは別の表示が浮かび上がった。

 10×10に区切られたスペースのいくつかに何やらアイテムらしきものが表示されていた。試しにその表示されているアイテム一覧らしきそれに、指を合わせる形でタッチしてみる。

 すると、手の中に刃の短いナイフが現れた。思ったよりも重くて冷たい。


「へぇ、本当に出てくるんだ。じゃあ、他のアイテムも………」


 アイテムボックスの中にあった、すべてのアイテムを一個一個確認していく。


 結局、神様から貰ったものは、短剣が一本。こっちの世界の服が二着。

 初級魔法の説明書が一冊。

 お金が銅貨10枚、銀貨5枚、金貨1枚。それが全部だった。


 武器があったのと、服の替えがあったのが何気に嬉しいな。お金もこれらがどれだけの価値があるのかは分からないけど……貰えたんだし、まぁいいか。

 それに、魔法の説明書はかなり有難い。


 これできっと、俺も魔法が使えるはずだ。年甲斐も無くワクワクしてきた。

 早速、魔法の説明書を開いて、火属性の初級魔法「ファイヤーボール」の欄を見てみる。


 魔法と言うのは、一種の才能らしい。

 その人が使えるようになる魔法というのは『魔法才能』というスキルで表されていて、それが無くなったり増えたりすることは無い。――つまり、生まれた時には使える魔法が決まっているという事だ。

 そして、俺の魔法才能は「全」。つまり、俺は全ての魔法を扱う事ができるという事である。


 で、問題が最初に獲得する魔法か……


「やっぱり、魔法と言えば火だよな。かっこいいし」


 あれだ。火の玉とか出してみたい。


「ファイヤーボール」

『火の玉を飛ばす初級魔法。威力の割に消費MPが低い事から、よく使われる火属性魔法の一つ。詠唱は「火の玉よ、はじけ飛べ」』


(うーん、多分、スキルの影響で詠唱は必要ないんだろうけど………)


 俺のスキルの中には『無詠唱』という物が存在する。その効果のほどは正確には分からないけど、その名前から察するに魔法の『詠唱』に関連するスキルだと思う。

 試しに一発撃ってみるか?


 そんな事を考えていると、ヒリヒリと首筋に嫌な違和感を感じた。

 咄嗟に後ろを振り返る。しかし、そこには何もない。ただ、森が広がっているだけだ。


 今の、なんなんだ、一体―――――


 ――そんな風に思った時だった。


『グルルルル…………』


 灰色の、獣。

 赤い目をした狼が森から出てきた。

 目測だけど……多分全長二メートルはある。


============

シルバーウルフ


Lv4

MP:3/3

STR:12

DEF:4

AGI:12

INT:1


スキル

「鋭敏な嗅覚:Lv12」「狩獣」

============


 しかもこいつAGI値が高い。逃げ切るのはきついかもしれない。てか、きつい。多分無理だ。

 そもそも、数字上ではAGI値は一緒になってるけど……俺が狼と同じ速度で走れる気がしない。走れるわけがないだろう。そう、思ってしまう。


 そんな中で救いがあるとすれば、幸いにして、このシルバーウルフってやつは俺よりレベルは高いが、DEF値はそこまで高くは無いということぐらいか。だから、ダメージを入れるのは何とかなる………本当に?

 ――そんな疑問が湧き上がってきたけど、すぐに霧散した。


 何故なら、狼が。


『ガルルル……!』


 と雄たけびを上げ。俺へと向かって一跳び、肉薄してきたから。


 鋭い牙、研ぎ澄まされたばかりのような白い爪、無駄な肉をそぎ落としたかのような二メートル近い巨体、そして、赤く光る凶悪な目。

 それらが、俺の命を狙って迫る。


 ――その跳躍は当初想定していたそれよりも遥かに早い。


「……うっ?!」


 目前に迫ってきた狼の突進を、地面を蹴り、咄嗟に右に跳躍して躱す。

 

 すぐ横を二メートルの巨体が通り過ぎる感覚。背中に冷や汗が噴き出す。

 

 しかし狼の攻撃はそれでは終わらない。

 一撃、もう一撃と、次々と跳躍攻撃を仕掛けてくる。

 もしあの巨体に飛び掛かられる事になれば、俺みたいな人間はあっと言う間にペッチャンコだ。


 ――そう思うと、凍り付いてしまいそうなゾワゾワッとした寒気が背中を這い上がってきた。


 今まで、どこに仕舞いこんでいたんだと疑問に思うほどの恐怖が湧き上がり、体を支配し、膝がガクガクと震え、


「く、くそっ!?」

 

 ……死にたく、ない。

 そんな思いだけが先行し、足を動かして死に物狂いでかわす。

 右に跳び、左に転がり、更には下に屈んで。

 不格好とか、恥とかそんな事を言っている暇なんてなかった。

 とりあえず、死なないことを最優先にして、躱す。躱す。躱す。


 突然襲来した死の恐怖を振り払うように、躱し続ける。 


 







 今更だけど俺は戦闘に関してはド素人もいいところだ。

 特に何かの武術を修めているわけでも無ければ、剣を握った経験がある訳でもない。

 ましてや、自分の命をかけての戦闘なんて――やったことない。


 だから、俺が魔法で攻撃するっていう安易な方法に活路を見出そうとしたのはある意味で必然だったのかもしれない。


「火の玉よ、はじけとべ『ファイヤーボール』」

 

 恐怖に染まった頭の中で特に意識することも無く詠唱。

 手のひらを狼の方へ掲げる。

 すると、体の中の『ナニカ』が抜け出していく感覚。そして、目の前に一つのグレープフルーツサイズの火の玉が形成される。

 赤くメラメラと燃える紅玉が顔を熱く照らす。不思議と、あまり熱さは感じない。


「これが……魔法」


 呟くのと同時に、火の玉が動き出す。

 まるでそれ自体に意識が宿っているかのように、標的――狼へと。

 しかし――


(遅い……?!)


 その玉の速度は目に見えて遅すぎた。

 そんな物が俊敏な獣に当たるはずもなく――狼に横っ飛びで躱される。

 火の玉は地面へと直撃し、霧散。巻き起こった生温い風が頬を撫でる。


「躱された……っ!」


 万事休す。絶体絶命。――そんな不吉な言葉が頭を過ぎった。

 足腰が独りでに震えだす。止まりそうもない。絶対へっぴり腰になってる。


 どうする。どうすればいい。どうすれば――俺はこの狼を倒す事ができる……?

 まともに働きそうもない程に混乱しかけている頭の領域を強制的に動員させる。


 俺は狼に近接戦闘では勝てそうもない。俺は狼に魔法も当てられない。


 ――こんなの……こんなの……


「ふざ……けんなッ……!」


 攻撃が当たらない。なら、当てろ。何としてでも当てろ。


 多分、その時、俺はやけくそだったんだと思う。初めての戦闘に。初めての命の危機に、頭のネジが一つ二つ外れていたのかもしれない。

 ただただ、目に見えない『ナニカ』に抗うように地面を踏みしめる。


『ガルルルルルルルルッ!!』


 狼が突っ込んでくる。開かれた大きな咢の奥には深淵が覗いている。

 怖かった。その暗闇を見て、背中が震えあがった。


 ――けど、それがどうした。


(あの時に比べればッ……!)


 頭を過ぎるのは、六年前の記憶。

 幼馴染の少女がいなくなったあの日のこと。

 そう。あの時に比べれば。あの時の絶望に比べれば――なんてことは無い。


 ビリビリと全身を駆け巡る違和感。それを振り払うようにして飛んでくる狼を睨みつけて、手を再び前に突きだす。

 そして、一声。


「火の玉よ、はじけとべ! 『ファイヤーボール』ッッッ!」


 再度火の玉が顕現し、射出される。

 それはさっきのそれと何ら変わりは無い。

 けど、跳躍によってその身を空中に晒した狼に火の玉を躱すことは出来ない。


『グルッ?!』


 着弾。赤い炎が狼の脳天で爆ぜた。

 爆発による風が再び頬を撫でる。

 炎に包まれた狼が爆風で吹っ飛んでいく。


 地面を一回転。二回転。

 ……やがてその勢いは止まり、狼の焼死体だけが地面に投げ出された。

 

 焼いた狼に抜き足差し足で近付く。

 怖がり――と言わないでほしい。寧ろ、よく知らない世界でよく知らない生物と遭遇し、よく知らない方法で戦ったのだ。これぐらいの警戒心は必要なはずだって思う。


 そうやって自分を正当化しつつ、狼を手近な棒切れでツンツン。

 ――ただの屍のようだ。


「あー、まじで緊張した」


 体中から力が抜けた。脇とか背中に嫌な汗が噴出している。その事に少しだけ不快な思いを抱きつつ、視線を再び狼へ。


「俺が……殺したんだよな」


 必死だったから気にも留めていなかった。けど、その事を自覚した途端、胸の奥にチクリと針で突かれたような小さな痛みを感じる。

 一つの命を奪った。その事に対する罪悪感だろうか。その割には、胸の痛みが多少軽いような気がしないでもない。

 まぁ、相手は魔物だし遠距離攻撃で止めを刺したからその分軽めなのかもしれないけど。


 ともかく、魔物の命を奪って吐き気を催しそうになるほど気持ち悪くなる……なんてことが無くて良かったんだと思う。これからはもっと多くの命を奪わなくちゃいけないかもしれない。その度に吐いてたらどうしようもなくなる。


 だから、これでいい。そう自分に言い聞かせた。











 とりあえずの身の危機は脱した。そう判断する。


 けど、安心はできない。今回は勝てたけど、次回はどうなるか分からない。

 だったら、今すぐにでも町へと向かうべきだろう。体に疲労は確実に溜まっている。早くベッドにダイブしたい。ベッドが無かったら布団にダイブしたい。


 武器も腰に装備した。あと、服装もこの世界の物に変えた。さすがに、元の世界の制服のままでは奇異の目で見られることは確実だろうし、何よりこっちの方が動きやすい。ちなみに、制服の方は大事にアイテムボックスの中にしまってある。


 そして、神様からもらった紙の中で、一つ重要な記述を見つけた。

 曰く、この世界では俺みたいな黒髪は色々と面倒なことに巻き込まれる確率が高いそうな。何でも、数年前にこの世界にやって来て現在進行形で活躍している『勇者』が黒髪で、この世界で黒髪を持つ子供が生まれること自体珍しいからとのこと。


 で、神様はちゃんと、それに対する対応策を書いていてくれた。どうやら、闇属性魔法の「幻影」という魔法を使うのがいいらしい。そうとくれば、使わない手は無い。よっぽどのことが無い限り、面倒なことに巻き込まれるのはノーサンキューだ。


「偽りの仮面、裏の真の顔、表裏一体の偽り『幻影』」


 早速「幻影」を使ってみる。どうやらこの魔法、それなりに応用が利くようで、とりあえず髪の色を赤色にしてみた。

 恐らくこれで面倒なことに巻き込まれる確率はグンと落ちただろう。


 気合を入れ、ほんの少し向こうに見える町の壁を目印にしながら、町へと歩き始めた。


 辺りを見ると、さっきまではいなかった剣を装備した人たちがチラホラと見受けられる。


 どうやら、神様の紙に書いてあった、ギルドに登録されている冒険者という奴らしい。よく見れば、一人ソロで装備も簡素な奴らが多い。まぁ、さっきまで戦っていた狼は戦闘素人である俺でも一対一なら倒せるぐらいには弱い魔物だ。狼以外の魔物も似たような物だと思う。よって、この辺りは初心者達の格好の狩場となっているのだろう。


 そんな彼らを横目で見つつ、簡素な道を進んでいく。








 ユートが異世界へと転生し、街へと向かって歩いているころ。


 ――クシュンッ!


 遠く離れた地で一人の少女がくしゃみをかます。肩口で切りそろえられた、その少女の人目を惹く綺麗な()()が揺れた。

 それに気が付いた、同行者であろう黒髪を持つ少年が心配そうな目で少女に振り返って少女に声をかける。

 

「珍しいね。風邪かい?」


「……どうということは無い」


 少年の言葉に、少女はのほほんとした気の抜けた表情のまま大丈夫だと言葉を返した。そんな彼らの話に、


「一応、風邪薬でも飲んでおいたほうがいいんじゃない? ほら、最近は城下町では風邪が流行っているっていうし」


 と、これまた同行者であろうロングストレートの黒髪少女が加わる。


「……考えておく」


「本当に頼むわよ? いざ、ミコイルとの戦闘になったとき、()()の体調が悪かったら色々とめんどくさいことになるんだからね?」


「……ん」


 美弥と呼ばれた少女はもう一人の少女の忠告に素直にうなずき、視線を窓の外に向ける。


 彼らは今、とある国の王都の中央にそびえ立つ城の廊下を進んでいたのだ。

 廊下ですれ違う城の召使いや執事、身分の高い、俗に言う『貴族』と呼ばれる人々や騎士達が彼らを見るなり、にこやかに挨拶を投げかけていく。


「……ユウ君?」


 美弥の中に残っている、六年前の記憶。

 それに刺激されるように、彼女の口から幼馴染の名前が紡ぎだされる。

 だが、『今』はその呼びかけに『彼』が答えることは無い。


 ……それが成されるには――美弥とその少年が再開するには――もうしばらくの時間を必要とするのだから。














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