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メジロと女の子

作者: こっこ

 冬。メジロはエサを探しに、人間の家の庭まで来ました。

 この家はいつも木の枝に、ミカンやリンゴが刺してあります。鳥好きの父娘がいて、お腹を空かせた小鳥たちのために、食べ物を用意してくれているのです。


「あ、お父さん、ウグイスだよ!」

 女の子が嬉しそうに指差します。


「ん? あぁ、あれは違う、メジロだよ。目の周りが白いだろう?」

「ふぅん……絵とおんなじなのに、ウグイスじゃないんだ。あの声が聞きたかったのに」

 女の子は、ちょっとがっかりしたようです。

「ウグイスはまだ鳴かないよ。それにあの鳥は用心深いから、めったに人前には出てこないんだよ」

「そうなんだ」

 不満そうですが、それでも女の子は顔を上げて、メジロのほうを見ました。


「けっこうきれいな色だね。それにちっちゃくて、意外とかわいいかな」

 女の子の声は、仲間たちのさえずりのようだと、メジロは思いました。

「さぁ、もう窓を閉めなさい。また熱が出たら大変だ」

「でも……」

 渋る女の子に、お父さんが言います。


「だいじょうぶ、窓を閉めても、外は見えるよ」

「そっか、そうだね」

 女の子は納得したのか、窓越しにずっとメジロを眺めていました。

 メジロもそんな女の子を見ながら、用意してもらった餌を、お腹いっぱい食べました。


 そんな毎日が続き、だんだん日射しが暖かくなり、やがて春が来ました。

 堅かった新芽が伸びだして、どこも柔らかい萌葱色です。メジロは嬉しくて、木から木へ飛び回りました。

 これからは忙しい季節。巣を作ってタマゴを暖めて、ヒナを育てなければなりません。


 メジロはせっせと働いて、草の葉や木の皮、落ちていた紐を集めます。そして大きな木の、見えづらい枝のあいだを選んで、きれいな丸い巣を作りました。

 生まれたタマゴは4つ。可愛らしいそれを、大事に暖めます。

 中からヒナたちの声が、今日聞こえるか、明日聞こえるか。心待ちにしながら、メジロはタマゴを暖めました。


 ですがある日。

 聴いたこともない大きな音で、メジロは目を覚ましました。何かが唸るような音、削るような音、壊すような音。

 メジロは怖くてたまりませんでしたが、だいじなタマゴを守ろうと、巣の中で必死に羽を広げていました。


 けれど音はどんどん近づいてきて、とうとう巣がぐらぐらと揺れだしました。さらに木が裂ける音がして、天と地がさかさまになってしまいました。

 もうダメだと、さすがにメジロは巣を出ました。


 外はもう、まったく違う景色になっていました。


 林が半分なくなっています。たくさんの人間と鉄の動物が、我が物顔で歩いています。

 残っていた木々も、つぎつぎ切り倒されていきます。せっかく作った巣は、木といっしょに倒れて壊れてしまいました。

 タマゴも地面に叩きつけられてぜんぶ割れてしまい、どうしていいかメジロはもう分からず、ただただ闇雲に飛び回りました。


 そのときです。翼に鋭い痛みが走ったかと思うと、メジロは動けなくなってしまいました。何かが身体に巻きつき、もがくたびにどこかを痛めます。

 かすみ網でした。


 タマゴのことで半狂乱になっていたメジロは、いつもは気をつけている畑の網に、引っかかってしまったのです。

 メジロはそれでも逃れようと、しばらく必死にもがきましたが、力尽きてしまいました。巣は壊れてしまったし、タマゴも割れてしまったし、自分も捕まってしまって、もう動く気力もありません。


 そのままどのくらい、ぐったりしたまま網にかかっていたでしょうか?

「見ろよ! なんか網にかかってるぞ」

 人間の子どもたちの声が、聞こえてきました。

「ウグイスだ」

「ほんとだ!」


 大変だ、とメジロは思いました。

 中には冬にエサをくれたような、いい人間もいます。でもだいたいの人間は、怖いものだとメジロは知っていました。そんな人間たちに捕まってしまったら、何をされるか分かりません。

 もういちど力を振り絞って、メジロは逃げようともがきましたが、かないませんでした。


「捕まえたー!」

「俺にも見せろよ!」

 子供たちは、ぎゅうぎゅうと力を入れてメジロを握り締めます。骨が折れそうで、息が苦しくて、メジロは死にそうです。

 そこへ、違う声が聞こえました。


「みんな、何してるの?」

 苦しい中、メジロは聞き覚えのある声だ、と思いました。

「ほら見ろよ、ウグイス捕まえたんだぜ!」

「ウグイス……?」

 あとから来た顔が、メジロを覗き込みます。あの、冬にエサをくれた家の、女の子でした。


「これ、ちがうよ。メジロだよ。目の周りが白いでしょ?」

「え、マジかよ?」

 男の子たちがびっくりします。

「ホントだよ、お父さんから教わったもん。

 それにね、メジロ捕まえたらいけないんだよ。ホウリツで決まってて、おまわりさんに捕まっちゃうんだから」

「え……」


 ホウリツやオマワリサンが何かは知りませんが、どうやら人間にとって、とても怖いもののようです。

 がっちりと掴んでいた手がゆるめられ、メジロは地面に降ろされました。


「メジロさん、だいじょうぶ? 痛くない?」

 女の子が優しく声をかけてくれましたが、メジロは動けませんでした。羽も足も言うことをききません。

「たいへん、やっぱりケガしちゃったんだ。お医者さん行こう」

 女の子はそっとメジロを持ち上げ、あの家へ帰り、お父さんを呼びました。


「メジロがね、ケガしちゃったの!」

 お父さんは女の子の話を聞くとびっくりして、すぐにメジロをお医者さんに連れて行きました。

「このメジロ、冬に来てたメジロかなぁ?」

「どうだろう、でもそうかもしれないね」

 そんな話が聞こえます。


 それからメジロは、籠の中に入れられました。もうこれで二度と、外へは出られないかもしれません。

 ただ痛めた翼や体のほうは、ここへ来てぐんと良くなりました。ですが頑丈な檻は壊れそうにもなく、外へ行くのはもう諦めていました。


 ところがしばらく過ぎたある日、あの父娘が来ました。

 二人は籠を覗き込み、何やら面倒を見てくれていた白い男の人と、いろいろ話をしています。

 そして、籠が持ち上げられました。


「メジロさん、お外へ行こうね」

 何のことか分からないうちに、メジロは籠ごと外へ連れ出されました。

 しばらくぶりの、外の空気。

 籠がゆらゆらと揺れて、周りの景色が動いていきます。だんだん緑が増えていきます。


「さ、ここだよね」

 女の子の言葉とともに、籠が降ろされました。

 そして……戸が開けられました!


 最初はおそるおそる、次は元気よく、メジロは籠を飛び出しました。

 強く羽ばたくと、小さな体がふわりと舞い上がります。

「元気でねー!」

 手を振る女の子の上で輪を描いてから、メジロはいつもの場所へと向かいました。


 住んでいた場所が変わってしまったのは、分かっています。でもほかに、メジロの分かる場所はありません。

 思ったとおりもと居た場所は、むき出しの地面ばかりでした。でも隣の畑とそばの草むら、何本か生えていた木は、そのままでした。


 久しぶりに飛んだメジロは少し疲れて、その枝に止って、下を見下ろしました。

 さやさやと揺れる草むら。ところがその中にメジロは、あってはならないものを見つけてしまいました。


 何かの、小鳥の巣。

 ただ、ヒナがいるのに母鳥がいません。しかもヒナは、だいぶ弱っています。

 居ても立ってもいられなくなって、メジロは巣のそばへ降りてみました。気配を感じたのか、弱弱しくヒナたちが顔を上げて口をあけて、エサをねだります。


 メジロは心臓を掴まれたような気がしました。

 無我夢中で飛び出し、急いでイモ虫を捕まえ戻り、ヒナたちの前に出してやりました。するとヒナたちはよほどお腹が空いていたのでしょう、あっという間に食べてしまいました。そしてすぐ、次のエサをねだります。


 メジロは大慌てでまた虫を探しに出かけ、戻り、与えてはまた出かけと、ヒナたちの世話に追われました。

 日が暮れたときメジロはどうしようかとも思いましたが、お腹がいっぱいになって眠るヒナたちを、放っておくことはできませんでした。


 もし本当の母鳥が帰ってきたら、出て行こう。そう決めて、しばらくヒナたちの面倒を見ることにしました。

 ですがヒナたちの母鳥は、とうとう帰ってきませんでした。

 ネコやヘビにやられたのか――もしかすると自分のように、人間に捕まってしまったのかもしれません。


 こうしてメジロはヒナたちの養い親になり、毎日毎日世話を続けました。

 日に日にヒナたちは大きくなり、羽が生えそろい、立派な若鳥に成長しました。

 色は、くすんだ山吹色。そしてきれいな声。


 あぁウグイスの子たちだったのかと、メジロは思いました。

 たしかここの藪には、何組ものウグイスの夫婦がいて、毎年子育てをしていたはずです。そのうちの一羽が不幸にも、ヒナを残して亡くなってしまったのでしょう。

 やがて巣立ちの日が来て、ウグイスの子たちはメジロに別れを告げ、去っていきました。


 そしてまた季節が巡り、秋がすぎて冬が来ました。

 エサが少なくなり、またメジロはあの家に行きました。

 本当はちょっと心配だったのですが、行ってみると前と同じように、おいしい果物が用意してありました。これでこの冬も心配なさそうだと、メジロはこの家に通うことにしました。


 ところが通ううちに、メジロは何か違うことに気づきました。

 いつも窓辺からメジロを見ていた、あの女の子がいません。

 メジロは心配になって、そっと窓へ近寄ってみました。

――女の子はベッドに寝ていました。


 助けてくれたときにはあんなに元気だったのに、すっかり痩せてしまっています。顔色も悪く、病気が重いようでした。

 びっくりしたメジロは、こつこつと窓を叩きました。その物音に、やっと女の子が気がつきます。


「メジロさん?」

 女の子は辛そうでしたが起き上がり、少しだけ窓を開けてくれました。

 メジロは部屋の中へ入って、女の子の肩に止まりました。

「あのときのメジロさん? お見舞いにきてくれたんだね……うれしい」


 ずっと病気で寝ていたせいでしょう、ちょっと泣きながら喜ぶ女の子を見て、メジロは毎日来ようと思いました。

 メジロはせっせと女の子のところに通い、部屋の中でエサをもらうようになりました。話を聞いたお父さんが、メジロ専用の出入り口を、作ってくれました。


 でも女の子は、なかなか良くなりません。それどころか、ほんとに少しづつですが、悪くなっているようにさえ見えます。

 どうにかできないか……考えたメジロは、思い当たりました。

 たしか女の子は、ウグイスの声が好きだったはずです。それならウグイスの声を聞かせてやれば、元気になるかもしれません。


 大急ぎでメジロは、夏に育てた子たちを飛び回って探し出し、頼みました。人間の女の子のところに、いっしょに行って欲しい、と。

 ウグイスはもともと用心深くて、人間があまり好きではない鳥です。だから断られるかもしれない、そうメジロは思いましたが、ともかく頼んでみたのです。


 幸いウグイスの子たちはメジロの予想を裏切って、二つ返事でみんな引き受けてくれました。彼らにしてみれば、命の恩人で育ての親です。断る理由などなかったのでした。

 こうしてメジロはウグイスたちを引き連れて、あの女の子の家に行きました。お父さんが作ってくれた出入り口を、みんなで順番にくぐります。


 それから……いっせいにウグイスたちが泣き始めました。

 あのきれいな声が、部屋中に響き渡ります。

 女の子がびっくりして目を覚まし、それから聞き惚れ、そして泣きだしました。


「ウグイスさんたちまで、お見舞いにきてくれたんだ……」

 メジロは女の子の肩に乗り、ちょんちょんと頬をつつきました。

「メジロさんが、連れてきてくれたの? ありがとう、とっても嬉しい……」


 それから毎日、メジロはウグイスたちといっしょに、女の子の家に通いました。

 きれいな声が効いたのでしょう、女の子も少しづつ、元気になっていきました。

 そして春には女の子はすっかり元気になり、ウグイスたちはお別れをして、それぞれのところへ帰っていきました。


 ただメジロだけは、まだ女の子のところへ通っていました。

 自分も行かなくなったら、また女の子ががっかりして、病気になってしまうかもしれない。そう思ったからです。


「メジロさんは、いつも来てくれるね。ありがとう」

 答えの代わりに、メジロはちょんちょんと、女の子の頬をつつきました。

「あのね、メジロさん……」


 おや、とメジロは思いました。女の子の声が、いつもと違う響きです。

「前にウグイスが好き、なんて言っちゃって、ごめんね。あたし今、メジロさんが、いちばん好きだよ」


 メジロはとても、幸せでした。


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― 新着の感想 ―
[一言] まず一言、感動しました。 深く考えてみれば、ウグイスとメジロ、鳥と人間、それを飛び越えて交流する内容の意味が、今この被災で各国日本を支え、人種を超え、一つになってる姿と重なりました。 最…
2011/04/12 20:59 yuki_machiokosi
[一言] 女の子とメジロの心温まる感情の交流に、私の心も温まりました ^^ 最後に女の子の言った言葉が印象的でした。その言葉が余韻となって深い感動を得ました。
2011/04/12 20:51 yuki_machiokosiの妻
[一言] 失礼しましたm(_ _)m カナリアでなくウグイスですね(笑) えっと(^^;) 最後になりますが、ほのぼのとしていて心温まるお話でした。
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