第二章・囚われし光の力……2
「しっかり見張りなんかたてやがって。せっかく堅苦しい城を出て、自由に旅することになったってのによ……」
シャオンは不貞腐れた子供のように床に寝転がって白い歯を剥いた。
ナダエルの家の二階に、シャオンとウェルは押し込められていた。昨晩休んだのと同じ部屋である。
部屋には小さな窓が一つしかなく、屋根裏部屋ともみえる。
「下にもいますね。三人立っています」
ウェルが唯一の窓から下を覗き見て言った。
「その扉の向こうにも二人いる」
シャオンは寝転んだまま顎をしゃくって扉を睨みつけた。扉を隔てようとも、それはシャオンには何の障害にもなりはしない。鋭い感覚で、扉の外にいる人間の気配の数を正確に言い当てた。
「こんな事して一体何の得になるって言うんだ? 俺達の剣の腕がそんなに欲しいかよ。厳つい奴をあんだけ雇っておきながらよ」
「いいえ」
ウェルは窓から外を見下ろしながら、口元の笑みを失ったまま冷然と言った。
「違いますね」
「何がだよ」
「私達が見てしまったからです」
「まさか、あの汚たねぇ建物のことを言ってんのか?」
振り向いたウェルの表情は、背筋が寒くなるほど冷涼としている。
シャオンは慌てて体を起こし、行儀悪く胡坐をかいた。
「待てよ、だからって何で俺達がこんな目に遭わなきゃなんねぇのよ」
「わかりません」
あっさりと返されて、シャオンは思わず全力疾走中に足をかけられたように、前につんのめりそうになった。
「お前なあ、だったら、言うなよ」
「何故です? 事実ですよ」
ウェルの表情は全く動かない。それどころか、徐々にその空のように青い瞳に怒りの炎が揺らぎだしたように見える。
まずい。ここで機嫌を損ねては。
シャオンは身構えた。
ウェルは穏やかそうにみえて、実は危険人物だ。怒らせると聖霊の一つや二つ連れ出して、何をするか分からない。実際、ウェルを怒らせた者の目の前が真空になって炸裂したことがある。
前轍を踏むわけにはいかない。
シャオンはそう思って、寸での所で思考を立て直し、ウェルに問うた。
「でも、最初からそのつもりだったんじゃねえか。俺達をこっちに誘ったんだし」
ウェルは口元に、あるかないかの薄い笑みを鮮やかに甦らせた。
「シャオンが血の臭いを嗅ぎ付けなければ、あんな建物の中を覗きはしませんでしたよ」
ああ、そうか。とシャオンは納得した。
確かに言われてみればそうだ。薄暗かったあの時間に、朽ちかけた不気味な建物の中を覗こうなどという好き者がどこにいるだろうか。炎の紋のついた神殿と見えるあの建物に入ったのは、そもそも強烈な血の臭いのせいであった。
「もちろん、何かしらの企みに私達を誘い込むつもりではあったでしょう。何故だか強引過ぎる所がどうも気にかかりますが、まあ、どう見ても私達は真っ当な旅行者には見えないでしょうからね。彼らは契約と言っていたでしょう? 何かしらの企みに、人手がいるに違いありません。剣を使えるものを誘い込み、金にものを言わせて雇っているのかもしれませんしね。でも、私たちは迷うことなくあの朽ちた建物の扉を開けた。都合よくナダエルが来たことにも、こう考えると頷けませんか? あれ以上、私達を建物の奥に入れたくなかった、と」
綺麗な笑みを浮かべた涼しい顔で、次々と恐るべき推測を並べ立てるウェルを見て、シャオンは呆けたように口をあけて聞き入っていた。
「お前、よくそんなに頭が回るな」
「褒めてもらったと思っておきます」
にこやかに微笑むウェルに、シャオンはまたも背筋に冷たいものが走った。
だから、こいつは怖い。
物事は必ず深く、底の底まで熟考する。シャオンが知る限り、それは必ず的を射ていて外れたことは一度もない。暖かな感情など何一つ持ち合わせていないのではないかと疑いたくなるほど、ウェルは常に冷静であり、悠揚というか冷徹というか、とにかく世俗とは違う世界に常に思考をおいている。
「ですから、決して悟られてはなりません」
「なにを?」
とぼけたように返答するシャオンに、ウェルは柳眉を寄せた。
「こんなに話しているのに、あなたは分かりませんか?」
「悪うございました。どうぞ、教えて、くださいぃ」
シャオンは舌打ちして、十分厭味っぽく返してやった。
ウェルは窓際からシャオンのそばに来ると隣にしゃがんだ。
同時に口元の笑みの代わりに、珍しく目を眇めて声をおとす。
「私たちの力を。シャオンの人間離れした聴力と嗅覚、そして私の聖なる力。彼らが何を企むにしても、これを持つ事が知れたら是が非でも仲間に引き入れようとするでしょう」
「もう取り返しつかねえかもよ。仲間になるか、死ぬか──でもま、気をつけるか。使われるのなんざ、ごめんだからな」
シャオンは不敵な笑みを口元に浮かべた。
ウェルも、負けずに秀麗に微笑む。
「ちいと、待てよ」
「なんです?」
シャオンは横に腰を下ろしたウェルのほうに向き直った。
「自分の耳の良さの話を聞いて思い出したんだ」
珍しくシャオンが真面目そうな顔で、右眉をひそめた。
「あの時、俺はナダエルが声をかけるまで、気付かなかったんだ」
ウェルも思いがけない指摘を受けたと言わんばかりに目を見開いた。
「確かに俺はあの気色悪い鳥の像に気をとられてた。大声でお前を呼んでたし、外に気を配るなんて出来なかったさ。でも、あの雑草の生えた道って言えねえ所をナダエルが歩けば──」
「そういえば、そうでした」
ナダエルが声をかけたのは、ウェルとシャオンが黒鳥の像の前に立った時であった。しかし何かしらの前触れがあったろうか。
人並みはずれた聴覚と鋭さを持つシャオンが、全く気付かないほどの気配を消す力をナダエルが持っているとも思えない。
「まさか、ナダエルって、妖獣、とか?」
「それはありません」
ウェルは静かに首を横に振った。
「人間は誰しも命の力を示す光を放っています。人間も神の子ですからね。もちろん私にはそれが見えますし、聖霊の力を持つ者はその光が強く、妖獣の光は禍々しい黒であることがほとんどです。ナダエルは普通の人間でした。もちろん聖なる力も持ってはいません。ついでを言えば、あの老人だって、普通の人間でした」
「じゃあ、なんで──」
シャオンは何かを言いかけたまま、顔を扉のほうに向けた。
つられてウェルも、シャオンの視線を追う。
シャオンの瞳に炯炯とした光が宿った。
「お客さんだぜ」
程なくして、扉が開かれた。
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