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『エウロパ』

作者:ぱぶろふ
まだ至る所で戦争が繰り返されていた頃に劇団マ・メール・ロアは生まれました。特に私の生まれた国は

悲惨な戦火の下にありました。父は自ら志願して兵となり、その地で最後まで戦い、今も勇敢に墓石の下に

眠っています。母は私を最後まで育てようとしましたが、かねてから病弱だったうえに、父が亡くなったと

いう知らせが届いてからというもの、その生気さえも失ない、しばらくしてから父のあとを追うように亡く

なったそうです。この話はすべて祖父であるあなたが教えてくれました。実際、私には父と母の記憶がないの

ですから。もしあなたの存在がなければ、今ここにいる私はいないでしょう。私は幼少より劇団の"いろは"を

たたき込まれ、何度となく反発しました。女である私がなぜこのような厳しい環境にあるのかと・・・。

世間では何も考えていないような同性が、さらに何も考えていないような異性と楽しく遊戯しているという

のに・・・。それでも、こうして続けることができたのは苦楽を共有する仲間がいたから、そしてそれを包み

込む優しい力を持っていたあなたがいたからです。あなたが私に生きる力をくださいました。あなたの命日に

劇団マ・メール・ロアの記念公演を行います。必ず成功させてみせることを本日この墓石に誓います。

                               ~あなたの愛する孫娘 エウロパより~





エウロパは孤児だった。身寄りがなく、住むところもない3歳の女の子。公園の雑木に薄地のブランケットで

包まれていたところを散歩中の老夫婦に見つけられた。彼女はそのまま孤児院に預けられる・・・。

本来、この国では・・・。しかし、この老夫婦はその幼子を抱えると、その場に腰掛けた。

「ねえ、おまえさん覚えているかい?うちの倅も小さい頃はこんなに可愛かったね」

「ああ。しかしなんだね。この子は女の子だったりしないかね。」

「もう、やだねえ。それくらいわかってますよ。私だって同じ女に生まれたのだから。でもね・・・この子は

 うちの倅に似て、立派に育つ気がするんですよ」

「ああ・・・。私も同じことを考えていたところさね。それに、おまえが言うのだから間違いはないのだろう」

それからしばらく会話はなかった。沈黙が了解のすべてだった。季節は春の訪れを告げていたが、この国では

まだ戦争の余韻が残っていた。


すやすやと眠るこの子は、もう先もないと考えていたふたりにとって希望だった。この老夫婦はこの子の扱いに

慣れてはいなかったが、不思議と帰路に着くまでの間に泣き声が聞こえてくることはなかった。むしろ笑って

いた。老夫婦にはそう見えていた。歩く足取りが老夫婦の体からこの子の身体へとリズムを奏で、やがて心地

よい眠りを誘発していった。不思議なことはさらに続いた。老夫婦はいつしか体の痛みを忘れていたのだ。

このところ頻繁にやってくる肩から肘にかけての痛みと疲労感、それに膝に走る鈍い感覚。それらの気配が一切

消えていた。何かが可笑しい。何かが・・・。そこで、この老夫婦は手を繋いでみると更に微笑が生まれた。

ここ何年かに感じたことのないような安らぎだった。二人はこのまま過ぎ行く時間を惜しみながら歩いた。 


この国が抱える余韻。それは街の随所にみられる。老夫婦の家もそのひとつかもしれない。

木造で作られた古風なそれは、まるで絵画の世界を模したかのようだった。それを描こうとする者さえ余韻に

奪われてしまったわけだが・・・。しかし、今はその悲しみでさえ部屋に漂わせた紅茶の、シナモンの香りで

満たされ、眠っているはずのこの子までも幸せそうに頬笑んでいるようだった。そう感じたのは老夫婦にとって

も幸福の証だったからで、鳴りもしない音楽が奏でられているような、届きもしない言葉が聞こえてくるような

心地がしていた。




(ねぇ、早く私に名前を付けてよ)




「なぁ、この子に名前を付けようか」

「あら、可笑しな人ですねえ。私もね、同じことを考えていたところですよ」

「そうかい、それはまた可笑しな話だ」

「この子は女の子だけど、いつかこの国のように大きく成長することなるでしょう」

「ああ。おまえの言う通りだ。それに、おまえや倅を支えてくれたあの人のように美しく、誰からも愛されるに

 違いない」

「ええ、きっと」

「エウロパ・・・そうエウロパなんてどうだね。この子が私たちだけではなく、この国の人々の希望になるよう 
 に」

「ええ」

ふたりは、エウロパに祝福のキスをした。そして、これまで連れ添った互いの仲を思い抱擁を交わすと、

そのまま眠りへと誘われた。

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