表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紡ぎ唄のように - Spinnerlied genannt -  作者: 久郎太
第四幕:慌ただしき日常
33/45

33.黒騎士団 団員と団長①

【前 半】黒騎士団 歩兵部隊中隊長 視点

【後 半】黒騎士団 団長アーヴェンツ 視点

 その敗北は、俺にとっての初めての挫折だった



 気がついた時には、仰向けで地面に叩きつけられていた。

 頭が真っ白になっていて、ただただ澄んだ青い空が視界いっぱいに広がっていた。

 何が起きたのかなんてわからない。

 開始の合図と同時に打ちあわされた剣。

 3合目までは、記憶にある。

 その後が、全く記憶がない。

 いくら、思い出そうとしてもかき消されたように何も思い浮かばない。

 だから、悔しさとかそういう感情も何も浮かばない。

 もう、何もかもが麻痺してしまった感じだ。

 

 完全なる完敗


 ふと、顔の前が陰った。

 影の先に目線を移すとそこには、俺を負かした男が立っていた。

 つい数日前に、この黒砦に来た新しい黒騎士団団長。

 聞いた話が確かなら、俺とそんなに年は変わらないはずだ。

 元、青騎士団副団長。

 それだけでも、年齢的に驚異的な地位だ。

 どうせ、親の身分にモノを言わせ得た地位だと、そう思っていた。

 だが、今、それが間違えだと、身を持って知った。

 俺自身、剣の腕は誰にも引けを取らないと思っている。

 いや、今ではもうそれは過去のことだ。

 俺は、士官学校時代から今まで剣の試合、立ち合い、全てにおいて今まで無敗だった。

 俺より強い奴なんていない、そう思っていた。

 今思うと、なんて傲慢だったろうか。

 初めて負けた。

 それも完膚なきまでに。

 地べたに寝転ぶ俺を見下ろす黒騎士団団長。

 その顔には何の感情も浮かんでいない。

 息の乱れもなく静かに俺を見下ろしている。

 どんな意図を持って俺と手合わせをしたのか知る由もないが、結果だけをみれば今の中隊長の地位ははく奪は免れないかもしれない。

 騎士団の上層部は、その限りではないが、中隊長以下はほとんど実力の世界だ。

 這い上がればいいだけだ。

 なにせ目標が出来たんだから。

 いつか、団長に追いつき追い越す。

 それが今から向かう俺の道の行き先の一つとなる。

 無言で差し出された手に、腕を伸ばし力強く握り返す。

 手を借りて立ち上がった俺の肩をたたくと、団長は何も言わずに踵を返して闘技場を後にした。

 その後ろ姿に、隙など無い。

 立ち去り際にも、俺との違いをマジマジと見せつけられ少し凹んだ。

 だが、凹む暇はない。

 一層、鍛錬に励まなければ、あの域には到底たどりつかないだろうから。




 数日後、俺が想っていた通り、中隊長の地位ははく奪された。

 と、同時に思いもよらない事態に茫然とすることになる。





   ***Ж§†§Ж***





 赤系統の色を帯びた目の前の男は、一見しただけで南の部族ズューデン

 南方辺境伯領の佳人で火の精霊の末裔と言われるほどの色彩と体躯を見るとそれも自然と頷ける。

 深紅の髪は短く刈られ、赤金色の眼光は鋭く、南の部族特有の浅黒い肌は全体的に引き締まっている。

 相対して立つその立ち姿は一見無防備だが、しかし、全く隙が無い。

 得物は、腰に交差して佩いている双振りの剣。

 その柄に両手をかけて試合開始の合図を待っている。

 此方こちらをうかがっている彼の顔には少しの嫌悪的な表情が浮かんでいた。

 無理もないだろう。

 今、この国の軍の上層の中位置つまり師団長や大隊長クラスに居る者は、ほぼお飾りと言っていいだろう。

 親のコネや何らかの取引で実力以下の力でその地位に就いたものばかりだ。

 だから、彼も俺のことを少なからずそういう奴だと思っているのだろう。

 俺もその事実を目の当たりにしたときは大いに嘆き、そう言う輩とは距離を置き覚めた目で見ていた。

 現在のこの国の軍部の実情はどこも同じだ。

 所属していた青騎士団ブラオの内情ですらそうだったのだから。

 実働しているのは主に中隊以下の部隊が実状だ。

 上層部は、現場に行くのではなくただ指示を出すだけ。

 上がってくる、紙切れ一枚を見て采配するだけなのだ。

 剣の腕などいらない、只、考える頭脳が有ればいいと思われがちだ。

 現場を知らない遊戯盤上の駒を動かす感覚で居る者達が、上層部に蔓延はびこられてはたまらない。

 実戦では、まず役に立たないだろう。

 幸い、俺の居た青騎士団は比較的まともな人材がそろった騎士団だった。

 剣の腕はもちろん統率力や軍事にかかわる全てにおいて実力で団長になった現・青騎士団の団長。

 しかし、そんな彼も位の高い貴族に圧力をかけられ本来の職務を全うできなくなるのを恐れて仕方なく幾人かの無能者を黙認し受け入れていた。

 無論、重要な仕事を任せるわけでなく、所謂いわゆる穀潰ごくつぶしだ。

 そんな状況下、俺は幸運にも団長に腕を見込まれ正規の手続きを経て、まだ、若輩者ながら異例の速さで青騎士団の副団長という地位に就いた。

 無論、不平を言う者はいた。

 だから俺は、反論異論出来ないように公式の場を使い完膚無きまでに徹底的に相手に判らせた。

 軍務、剣の実力両方ともに。

 中にはまともな者もいるもので、そう言う者は自然と協力的であり、地位に関係なく剣の鍛錬仲間となった。

 そんな昔の自分を今更ながら思い出し、現状の自分に苦笑を否めない。

 目まぐるしく変わった己の環境に、どうやら少々我を忘れていたらしい。

 使えない者は、無理に使う必要はないのだ。

 時間はかかるが、自らの目と腕で確かめた者を育てる気でやればいいのだから。

 共感する者は自然と寄り、相反する者は去って行くだろう。

 今、目の前の男はどうだろうか。

 手合わせできる高揚感とは別に使える人材で有ってほしいと祈る気持ちで俺は愛剣を鞘から引き抜いた。



 真剣の打ちあわされる高い音が、閑散とした演習場に鳴り響く。

 試合開始の合図と共に彼の双剣から繰り出される変幻自在の剣筋。

 一つ一つ冷静に交わしまずは剣筋を見極める。

 下段から掬う様に来たかと思うと片方は首筋を狙って突き出されてくる。

 型にはまったものではないその剣筋は、鋭く俊敏にしてしなやかで、ゾクゾクするほどの覇気と気合が籠っている。

 まさに己が腕に誇りを持つ者の剣技。

 剣を合わせて3合目で、俺は自分の意識を切り替えた。

 彼に悟られずに愛剣を利き手に持ち替え、4合目で相手の剣をはじき返す。

 相手が、体勢を崩したほんの僅かの間に側面やや後方に回り込み足を払うと勢いよく仰向けに引っ繰り返った。

 地面に転がった彼は茫然としていた。

 剣を使う試合で足技を使うとは思わなかったのだろう。

 しかし、俺が求めているのは戦場での戦いを知る者。

 如何なる時にも臨機応変に戦える柔軟な思考をもった実戦型の者だ。

 仰向けに倒れた彼に俺は手を差し伸べた。

 彼は躊躇うことなく腕を伸ばし、力強く握り返してきた。

 起き上った彼の顔にはもう、はじめの頃に浮かべていた嫌悪の色は無かった。

 代わりに強い意思の光をその目に見つけ安堵した。


 まずは、ひとり


 見つけた原石に激励をかけるべく彼の肩を叩いて俺はその場を後にした。

 

 後日、彼の中隊長の地位をはく奪して、歩兵部隊の総隊長に昇進させた。

 その辞令を言い渡した時の彼の顔が見物だった事は、俺だけの秘密だ。 



 この出会いは、後に俺の背中を預ける事となる男、双剣のギルヴィ・ヴァン=ツェルフとの初めての邂逅。









この先少し黒騎士団団員の視点が続きます。

話的には初めて団長と顔を合わせたときの話です。

※若干文章を修正いたしました

【お知らせ】この先数話、団員サイドと団長アーヴェンツサイドの2視点となります。少し読みずらいかもしれませんがご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ