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ロードレースと友達

作者:茅野真奈
ジロ最終日記念に。
 吹雪の中で、黙々とペダルを回して自転車で登る男たち。その異様な光景に釘付けになったのは、去年のことだった。
 友達の麻里ちゃんの家にお泊りをした時、有料チャンネルをいくつか契約しているというテレビのリモコンをいじっていたら、そのライブ映像が流れてきた。麻里ちゃんがお風呂から上がって部屋に戻ってくるまでの間、私の視線はその光景に釘付けで、戻ってきたら即効で「これなんなの?」って聞いたんだよね。
 吹雪の中、身体にぴったりした寒そうな服で自転車をこぐ人達はロードレーサーといって、これはサイクルロードレースで、ジロ・デ・イタリアという三週間に及ぶレースのライブ中継だと麻里ちゃんは教えてくれた。
 彼女自身はロードレースには興味がないらしいけど、このチャンネルで中継されるサッカーとかフィギュアスケートとかメジャーリーグが好きらしくて、わざわざ有料チャンネルを契約していたみたいだ。
 私はこれまで、スポーツ観戦に興味はなかった。麻里ちゃんが好きなスポーツの観戦話を聞いても、あんまり頭に入らない。興味のない私相手に麻里ちゃんが語る時は、彼女が相当興奮している時なので、ひどく楽しそうに話してくれるから聞いているのは嫌ではないけどね。
 そんな私は吹雪の中で自転車にまたがる男たちの姿に釘付けになった。だって、異様なんだもん。なんで吹雪の中をあんな苦しそうな顔をして自転車をこぐの? 平地でも大変だろうに、山を登ってるんだよ?
 吹雪なのに観客もたくさんいた。というか、すぐ横に観客がいた。手を伸ばしたら触れる位置どころか、旗持ったりコスプレしたりしながら並走してた。近い近い近い。恐ろしいほどに近い。なんだこれ。
 というか、ライブ中継てことは、テレビの向こうも五月であるはずだ。なのに一面の雪だ。むしろ吹雪いている。標高の高い山を登っているとはいっても、五月に吹雪ってなんだろう。
 映像全てが私にとって別世界だった。ひたすらビックリして、目を奪われた。お泊りに来たはずの友達がテレビに釘付けになっていたも、スポーツ観戦好きの麻里ちゃんが怒ることなく放っておいてくれたこともあり、中継が終わるまで見続けてしまった。
 ルールも選手もチームもなんにもわからないのに、ピンクのジャージを着た人がゴールしながら手を上げた瞬間、思わず拍手しちゃったよ。あのピンクのジャージがマリア・ローザという暫定の個人総合成績一位の証だとも知らなかったし、あれが第二十ステージで勝利が確定した瞬間だとも知らなかった。でも感動した。吹雪の中、自転車で山を登りゴールに辿り着いた姿に感動した。
 その日から、私はロードレースに興味を持っていろいろ調べた。日本じゃあの有料チャンネルじゃないと見れないとか、ジロ・デ・イタリアはグランツールのひとつで、七月には同じくグランツールの一つである世界最高峰のツール・ド・フランスがあるとか、チームの種類や名前とか、選手の名前やエピソードとか、近年暴露されたばかりのドーピングの話とか、ネットや本や過去のレースのDVDを見て勉強した。
 結果的、自分の部屋用にテレビを買ってチャンネル契約したよ。最初はリビングのテレビでいいかなって思ったけど、ヨーロッパのレースのライブ中継だから夜の放送だし、放送時間も長いし、自分の部屋で見たいなって貯金をはたいて買ったとも。
 それからはロードレース三昧だ。レース中継を見たり、選手がやってるSNSをチェックしたり、冬のシーズンオフ中はシクロクロス観戦に熱狂したり、今年のシーズンがはじまれば春のクラシック、とりわけ北のクラシックに拳を握ったりしながらも、去年私の心を奪ったジロ・デ・イタリアがはじまった。

「なんか落車が多くて心臓に悪いよぉ」

 麻里ちゃんにそう報告したら、それは大変だねって言われた。
 私の周りにロードレースを見ている人はいない。大学の友達に聞きまわったけど、レースそのものを知っている人が少なかった。麻里ちゃんも、他のスポーツ観戦で忙しくてロードレースはたまに流し見する程度。でも、話は聞いてくれるから、ロードレースに関する話し相手のいない私は、いつも麻里ちゃんに感想をぶつける。
「でもね、ゴールスプリントとかすごいの! もう追いつかないだろうなぁって位置から、ぐんぐんのびて勝っちゃったりするのすごい興奮するよ!」
 大学のがやがやとした食堂では、多少叫んでもかき消されるからありがたい。
 でも、かき消されると入っても近い席に座っている人には当然聞こえる。

「……ジロ見てるの?」

 そんなわけで、隣のテーブルに座っていた男子に声をかけられました。びっくりしたよ。まさか知らない人に食いつかれるとか思わなかったよ。そして、びっくり以上になんかうれしかった。
「ロードレースお好きなんですか!」
 同じ趣味の人を見つけた時ってうれしいじゃん? 前のめりに聞いちゃっても、仕方ないじゃん?
「え、あ、うん。見るより乗るほうが好きではあるけど」
 ちょっと身を引き気味に同意された。ふむふむ、乗るほうが好きなのか。私はもともとインドア派だし、日数少ないバイトしててそんなにお金ないから(貯金はテレビや関連DVDとかで使ったし)、ロードバイクそのものは持っていない。高いし、買うなら社会人になってお金に余裕ができてからだなぁって思っている。
「私は観戦オンリーです! ロードバイクにも憧れているんですけど、それは社会人になってからで」
「ああ、金かかるもんな。うちは父親が自転車好きだから、バイクそのものは一式買ってもらえたんだ。パーツ変えたり消耗品とかは自腹だけど」
 いいな! ロードバイクの魅力を語っても、うちの親はママチャリで十分でしょって感じなんだよね。まぁ仕方ないけど。欲しければ自分のお金で買いなさいっていうのは正論だしね。
「なら昔からロードレース見てるんですか? 私は去年のジロの最後のほうで感動してからだから、知識浅いんですよね。DVD化されてるレースなら買って見れるけど、そうじゃないのは無理だし」
 ツール・ド・フランスと北のクラシックなら販売されているのは全部購入した。でもその他は、たまにDVD化されてる程度だもんなぁ。つらい。ってか、ツールも総集編だから、最初見た時はよくわからなかった。選手とかチームとかある程度覚えた後なら楽しめたけどね。そういう意味じゃ、DVDで見るならワンデーレースのほうがおもしろいなって思うよ。
「父親が見てたのは知ってたけど、自分からちゃんと見るようになったのは高二からかな。だから俺もけっこう最近」
「へぇ」
 彼が何年生なのか知らないけど、少なくとも私よりは見ている歴は長いんだろう。親がファンなら、レースや選手のエピソードはいろいろ聞いてるんだろうな。うらやましいな。私もロードレースの話ができる友達ほしい。話を聞いてくれる麻里ちゃんがいるだけでもありがたかったけど、やっぱ同じ趣味の友達はまた格別だと思うよ。
 ってかそうだよ麻里ちゃん。隣のテーブルの男子に意識奪われたけど、目の前には麻里ちゃんがいるんだよ。放置はダメだ。
 慌てて前に視線を戻したけど、麻里ちゃんは気にせずお昼のラーメン啜ってた。私の視線に気がついて顔を上げたけど、気にせず話せとジェスチャーをしてくれた。麻里ちゃんは本当に素敵な友達だ。ありがたく隣の男子とお話させてもらおう。代わりに、あとでデザートを奢るよ。
 麻里ちゃんのお許しを受けたことで、私は遠慮なく男子と――佐藤さんと言うらしい――お話を再開した。はじまったばかりのジロのことや、春のクラシックのことはもちろん、ロードバイクで走ったり、市民大会とかに出る楽しさを教えてもらった。
 一人で中継とネットで知れるレポート情報を見る程度の私にとっては、佐藤くんの話はいろいろと興味深い。
 しばらく話していたら、もうすぐ三限目が始まる時間になっていた。今日は午前の授業だけという私達と違って、午後も授業がある佐藤くんは先に席を立ってしまったけど、忘れずにしっかりとメアド交換したよ! ロードレースの話ができる人は貴重だ。
「ロードレース好きの友達ができたよ麻里ちゃん!」
 もう勝手に友達認定しているけど、別にいいよね。
「意外なところで出会ったね。おめでとー」
 麻里ちゃんも勝手に友達認定していることには突っ込まず、笑顔で祝福してくれた。麻里ちゃんも好きなスポーツの話ができる友達は貴重だってよく言ってるもんね。私も話は聞くけど、よくわかってないし。
「ありがとう! 放置してごめんね。なんかデザートおごるけどなにがいい?」
「アイスのせたドーナツ」
「了解! 買ってくる!」
 麻里ちゃんのためにデザート購入してきます!
 それにしても、思いがけずロードレースの話ができる友達がゲットできた今日は、本当に良い日だ。


 その後、毎日のようにジロの話で連絡をとりあい、日帰りで行けるステージのツアー・オブ・ジャパンを二人で観に行ったりしていたら、ジロが終わる頃にはなんかすごい仲良くなってた。
 なかなか周囲で同じ趣味の人が少ないものにハマったら、出会った友達との仲は急速に深まるものなんだなと学んだよ。
 去年はジロのおかげでロードレースに出会い、今年はジロのおかげで友達ができた。ありがとうジロ!
ちなみに私は北のクラシックではまりました。
なのでスイス人のあの人やベルギー人のあの人が好きです。

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