29.悪夢の中の問答
「殺されました。大切な人でした。主人と帰るとといつも場がぱっと明るくなりました。とても陽気で優しい人でした。とても勇敢な人で傲慢なよそ者がのさばりだしてみんなが恐れて逆らえなかったのですが、うちの主人は戦いを挑みました。グループを作って傲慢なよそ者を退治しに出かけました。それで返り討ちに合いました。傲慢なよそ者はそのグループの全員の首を両手に持って村にやってきました。そして村の中央の広場でその後、半年も首をさらしました。どろどろに崩れていくその頭を皆に見せ付けました。片付けるものには同じ目にあわせると脅していました。私たちは最愛のあの人の無残な姿を見せ付けられました」
何人目であろうか。やはり次から次へと小次郎が殺した人間の身内の者が次から次へと現れた。そして彼に恨み言を述べ続けた。まったく身内の人間のいう事はもっともなように思えた。小次郎自身も理解していた。自分が軽はずみに殺してしまった人たちが本当は、愛すべき人たちであったことははっきりと理解できた。
「でも聞いてください。やらないとやられていたのはこっちだったのです」
黙っている事に耐えかねたように小次郎は叫んだ。するとやはり次から次へと真っ黒な姿の群集が押し寄せて来た。
「お前は笑っていたじゃないか。面白半分だったじゃないか。そこまでする必要がどこにあったというのか」
群集から怒声が飛んだ。
「面白半分でやったこともありました。しかしやらなければやられる事もまた事実でした。私はあなた方に残酷で恐ろしい人間であると思われようとしました。そのために必要なだけ残酷な行為をしました。すべてはあなた達に恐れられ、自分の身を守るためでした。私はあなた達が恐ろしかった。自分の身を守る事に必死だった。ただ必死だったのです。あの世界はやらなければやられる。そういう世界であったはずです。私は私が殺した人たちの事を知っています。二階の図書館の世界で読んだのです。みなかけがえの無いこの世にたった一人の人たちであることははっきりと読み取りました。しかしです。その人たちもやはり殺人行為は幾たびも行っていました。時には軽はずみな気持ちで人を傷つけていました。私も確かに悪かった。でも誰もが私のようになる可能性はあったのです。私一人の責任では有りません。私一人を責めたところで解決しない根強い問題なのです」
小次郎は両手を振り回して大声でそう主張した。群集の中から老人が進み出た。そして言った。
「自分がやったことの償いはどうするつもりだ。償いをしないつもりか。理屈はいい。償いをしないつもりなのかどうかをはっきりいたせ。どうなんだ?」
「そういうあなたは誰一人殺しては来なかったのですか?誰一人傷つけなかったのですか?あなたに私を裁く権利があるのですか?あの世界は完全な世界であったとお思いですか?」
「わしの話をしておるのではない。お前が我々が納得する形での償いをするつもりなのかどうかを問うているのだ。質問をそらすな」
「質問をそらしてはいません。逆に私があなたに質問をしただけです。私だって質問くらいしてもいいでしょう?ではもう一度お伺いします。もしあなたが私の立場であればあなたはどんな償いをするおつもりですか」
「くだらんことを聞くな。わしはお前のような傲慢な人間じゃない。話をそらすな」
小次郎はしばし考え込んだ。群集からは数々の怒声が上がった。
「納得のいく返答をしろ!殺人の責任を取れ。我々を納得させろ」
「はっきり言おう。あなた方は卑怯だ。こんなに大勢で押し寄せて一方的に私を非難している。卑劣な行為だ。話があるのなら代表者を選びたまえ。その代表者とお互いが納得のいくまでとことん話しあえばいいのだ。あなたがた全員を納得させることなどどだい不可能だ。あなた方がやっていることは、私があなた方の身内の人間にやったことと本質的に変わりはない。人の罪を責めるのならば、責める人間にもきちんとした態度が求められるべきだ。立ち去りたまえ。文句があるなら代表者を立てたまえ。私は逃げもかくれもしない。本当に私の行為を責める資格のある何の罪もない、なんのやましい事もない人間がいるならばその人間と一対一で喋らせろ。大勢で私一人を痛めつけるようなやり方は卑劣な行為だ!」
群集は静まり返った。
「大言吐きやがったな。もうすっかり先生様のおつもりだ!」
群集の野次馬がはやしたてた。
「我々は被害者だ。お前に殺された人間のな。我々にはお前を殺す権利がある。何が代表者だ。ふざけた理屈を抜かすな!」
「お前に殺す権利があったのか?そんなに偉そうな理屈を言う資格があるのか?二度とふざけたことを言うな!」
「私には殺す権利はなかった。私は確かに間違いを犯した。その罪を償う必要はあるだろう。このさき生きていくならば罪を償うことは確かに必要だ。しかしそれは私個人の問題だ。この中で私を責めるだけの権利を持っている完全に身が潔白な人間だけが残ればいい。それ以外の人間は今すぐこの場から立ち去れ。一対一で話が出来ないような卑劣な人間は今すぐに立ち去れ。あなたがたにそう一方的に罪に対して責められる筋合いはない。誰もあなたがたを裁判官にしてはいない。あなたがたに人を裁く資格はない」
「なんだとお。この野郎。ぶっ殺されてえのか!お前は俺たちの身内を殺したんだぞ……」
小次郎は目覚めた。滝の様な汗だった。身体中がワナワナと震えていた。恐ろしい夢だった。しかし仕方の無いことだ。一度やり始めた戦いはやめられない。戦い続けるしかない。逃げても解決しない。戦い続けるしかないのだ。しかし戦いといっても一階の憎しみの世界でやっていたような戦いではない。お互いが破滅するような戦いではない。建設的な戦いをするべきなのだ。悪夢の住人たちとも徹底的に語り合うしかないのだ。真実を語り続けるしかないのだ。間違いは誰もが認めるべきだ。責める者も責められる者も筋を通した態度でいるべきなのだ。そうでないと問題は解決しないのだ。
布団から飛び出した小次郎は真っ暗闇の中、部屋中を行ったり来たりして、必死の思いで考え込んでいた。出口を探していた。適切な態度、正しい態度を模索していた。
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