25.悪夢の中の謝罪
真っ暗闇の中、小次郎はたたずんでいた。これはいつもの夢だな。彼はすぐにそれを悟った。手にたいまつを持った女性があちらからゆっくりと近づいてくる。しくしくと泣いていた。そして小次郎の前に立ち止まり、マジマジと彼を見つめた。そしてぽつりと言った。
「死にました」
小次郎は無言だった。
「殺されました」
やはり小次郎は無言だ。
「残酷なよそ者の若者に土の中に埋められました。あの人と私は若い頃に好きあって、それから色々喧嘩もしましたが、二人で一緒に解決してきました。子供が生まれ、二人で必死に育てました。この世界でもたくましく生きていけるようにとあの人はまだ子供が幼い頃から体を鍛えてました。私たちの希望の光でした。私たちのすべてでした。その子が傲慢なよそ者に生きたまま土の埋められたのです。主人は激怒しました。あの恐ろしい若者に決闘を申し込みました。あの若者はそれを受け、へらへらと笑いながら自分の子分を大勢寄越して、主人を縛り上げました。そしてやはり生きたまま土に埋めてしまいました」
「申しわけありませんでした」
小次郎は真っ青な顔でそう言って土下座をした。
「あなたの主人は素晴らしい方でした。あの厳しい世界をたくましく生きておられました。とても堂々となさって、お子様にも尊敬されていました。その素晴らしい主人と素晴らしいお子様を殺してしまった愚か者は私です。私は心の底から後悔しております。間違いを犯しました」
そういって頭を伏せたまま小次郎は涙を流した。それからぞくぞくと小次郎に殺された被害者の身内のものが無言で押し寄せた。一人また一人と増えていき、やがてびっしりと小次郎の周りを埋め尽くした。
「あやまって済むことか。我々が納得するような償いをしてみせろ」
その中の一人の老人がそう言った。
「どうすれば許してもらせるでしょうか」
小次郎はそう尋ねた。すると辺りに嘲笑の嵐が巻き起こった。後ろからヤジ馬風の男たちが群集を押し寄せて小次郎の前に進み出た。
「それはお前、決まってるだろ。俺たちの愛する者を手前は殺したのだから今度は手前の愛している者を手前の手で殺して俺たちの前に持って来いよ。それが筋ってもんだろ。なあみんな」
嘲笑はなお一層高まった。
「それは出来ません」
小次郎は答えた。
「じゃあ俺たちもお前を許すことはできませんだな」
野次馬はせせら笑ってそう言った。いつまでも決着はつかなかった。真っ暗闇の中、たいまつを持った大群衆はいつまでも一人も立ち去ろうとはしなかった。
「さあ、どうするんだ。どうやって俺たちを納得させるんだ。え?なんだったら開き直ってみるか?俺たちの身内のもんがくだらない人間だったから、いや、お前流に言えば、俺たちなんか人間というよりも虫けらだから踏み潰すことはあたりまえの事だとでも言ってみたらどうだ。そしたら俺たちがこの場でお前にどんなことをするのかが分かるだろうな。さあ、言ってみろ。俺たちが屑だから俺たちがゴミだから俺たちを平気で殺すのだと言って見ろ。言ってみろ。言ってみろ。言ってみろ」
小次郎は頭を抱え込み、亀のようになった。何も見ず、何も聞くまいとした。しかしいつまでも嘲笑はおさまらなかった。
すると突然、この真っ暗な空間が明るく虹色に照らし出された。群集は慌てふためいたようにもと来た道へ逃げていった。小次郎は依然として亀のように丸まったままだった。
「コジ……」
聞き覚えのある声が彼を呼んだ。サリーの声だった。その姿は図書館の中の眼鏡をかけた地味な女の姿だった。小次郎は恐怖で震える顔を上げた。顔中涙でいっぱいだった。
「コジ、駄目じゃないの。謝ったりしたら。そんな態度では骨の髄までしゃぶられてしまうよ。戦いはまだ続いているのよ。一度戦いを始めるともうそこからは抜けられないの。悪かったごめんなさいではすまないの。もう二度と謝らないで。最後の最後まで戦うの。それが生きるって事なのよ。あなたは生きるの?死ぬの?どうするの?」
深い沈黙がいつまでも続いた。やがて小次郎は言った。
「死ぬ事は正しくない。だから俺は生きる。生きるのか、死ぬのかと言われれば、答えは一つだ。生きる。生き抜く」
小次郎は立ち上がり、決然とした表情でそう言い切った。
「そう、じゃあ、もう答えは出ているわけね。じゃあ行きましょうか」
サリーは有無を言わさず小次郎の腕を引っつかみ、恐ろしい力で空に向けて彼を投げ飛ばした。彼は悪夢の中の暗闇の天井に飲み込まれた。
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