(18/34)縦書き表示RDF


作:東河哲也



18.森の中に到着、10年ぶりのサリー




 昔みんなから逃げ回っていた時によく使っていた森の中の茂みにもぐり込んだ小次郎はマントに身を包んで、目を閉じた。もう二、三時間で陽は登り始めるだろう。再び生き残るための全力の戦いの一日が始まる。実質的にこの世界の王となった今でさえ、彼はいつ命を落とすかわからないプレッシャーの只中にいた。おそらくこの世界の住民で、一寸先の己を保証できる人間は一人もいないように思われた。彼は少しでも体力を回復させようと目を閉じたまま体中の力を抜いた。そしてようやく睡魔が訪れた。
 「ぎゃーーーーーーーーーー!!!!!!」
 ざらりとした何かがいきなり小次郎の頬に当たった。完全に油断していた彼は大絶叫を上げた。そして茂みから這い出そうともがいた。完全に腰が抜けていた。立てない。
 『死んだ』
 彼はそう思った。怯えた目つきで辺りを見回した。夜は終わりを向かえ、辺りは薄明かりになっていた。彼の目に飛び込んできたのは虹色の猫だった。
 「あ・た・し」
 虹色の猫はそう言って、全く警戒をせずに小次郎に近づいてきた。猫が喋った。小次郎の頭は混乱していた。虹色だ。珍しい。こんな色の猫は始めて見た。いや…
 「お前は…」
 「にゃにゃにゃにゃあああああん。なに?わっしの事忘れたでごわすなあ。馬鹿なんだねえ。今も変わらず。あなたの永遠の馬鹿に乾杯。にゃにゃにゃにゃああああん」
 「サ、サリー……」
 小次郎のぎりぎりに張り詰めていた緊張感が一気に解けた。彼はふいに10年前の感覚に戻った。何か急に魔法が解けたような気分だった。
 「コジ。すごいじゃん!ちゃんと立派にやってるじゃん。へへへ何それウインク?あ、片目ないんだ。バカー、何その鼻、潰れてるよ。はずかしー。でも素敵、大好き!全く怖い顔になっちゃってさ」
 小次郎の頭が不意に真っ白になった。彼はゆらゆらと茂みに戻り斧の柄をがっちりと掴んだ。そして真っ青な顔つきでいきなり猫に襲い掛かった。
 「お前……この野郎……殺してやる!!!」
 小次郎は斧を振り回し、猫を殺そうとした。しかしいつもすんでのところで猫はするりするりと斧をかわした。いくら狙っても全く当たらない。今一歩のところでしかしすべて外れる。とうとう小次郎は諦め、斧を足元に落とし、座り込んでしまった。
 小次郎はわなわなと震えだした。今までの十年間の己の生活の記憶が一度に蘇った。その記憶は彼を圧倒した。いつまでも彼の震えは止まらなかった。
 『殺人、殺人、殺人、殺人、人殺し、殺人、人殺し、人殺し……』
 彼はアゴをぶるぶると震わせていた。女も子供も老人も容赦なく、殺した。殺して殺して殺しまくった。一瞬、彼は自分が気が狂ってしまうのではないかと思った。
 「おれは……殺した。たくさんの人を。お前のせいで…もう、駄目だ。もう終わりだ。生きてはいけない。取り返しのつかない事をしてしまった…人間のやる事じゃない……」
 それを聞いて虹色の猫は大爆笑した。
 「あはははははははははは、何言ってんの?あんたはよくやったよ。たいしたもんだよ。あなたはこの世界ですべき事をやったのよ。ベストをつくしたのよ。この世界で気の利いた連中はみんなやってることよ。あなたは自分の望みを達成した。あなたは英雄なのよ。それがわかんない?」
 虹色の猫はぴょんぴょん垂直に飛び跳ねて、心の底から嬉しそうに爆笑し続けた。
 「俺は生きるために頑張ったんだ。ただがむしゃらに頑張ったんだ……みんなやってた事だ。俺がやらなくとも誰かがやったんだ……仕方が無かったんだよ」
 「あはははははははは、何落ち込んでんの?馬鹿、まさに馬鹿!あなたは人を殺したわ。残酷なもんよ。あなたは自分が生きるために、自分の望みを叶えるために何千人も殺したわ。気付かないと思う?あなたはそれをとても楽しんだ。楽しくないとあそこまで人を軽々しく殺せないよ。そうね言わば、あなたの命は千人の犠牲の上に成り立っているってとこかしら。いや〜〜英雄ね〜〜、あんたみたいなのを人は皆、英雄っていうんじゃないかしらね。つまりそうね、きっとあなたは今、英雄の苦しみってものを味わってるんだわ。素敵。大好き。かっこいい〜〜」
 猫は爆笑を続ける。小次郎の頬から後から後から涙が流れていた。わなわなと震える手で頭を抱えこんだ。耐えられなかった。背負うことはとても出来ない巨大な圧力を感じた。
 「…………………………………………………………………………」
 爆笑に爆笑を重ね、楽しくてたまらないかのように小次郎をジロジロ眺めていた虹色の猫が唐突に爆笑をやめた。
 「にゃ〜〜〜」
 猫はそういって、そろりそろりと小次郎に近づいた。そして長い間、うつむいたままの小次郎の顔を覗き込んでいた。
 「あんた今、死ぬ決心をしたね。馬鹿、死んでどうなるの?……ここから出たい?」
 小次郎は弾けるように頭を上げ、かじりつくように猫に飛びついた。
 「……出れるのか?」
 「なんなんだあ?出てどうするの?今までの事、何事もなかった事にしてぬけぬけと生きていくつもり?素晴らしい!素晴らしき厚かましさ!驚き!まさに英雄の器ね」
 「出れるのか出れないのか、どっちなんだ!!!」
 小次郎は叫んだ。
 「登れるよ」
 「なに?」
 「出れないけど、登れるよ。昔いったじゃん。ここは塔なのよ。狭く高い塔よ。忘れたの?登る?」
 「ふ、ふ、ふざけるなあ!!!」
 小次郎は再び足元の斧を引っつかみ、完全に狂ってしまったような猛烈な勢いでめちゃくちゃに斧を振り回した。
 「出せ!もとの世界へ戻せ!何が塔だ。何が狭いだ。殺してやるー!!」
 斧は虹色の猫を直撃した。猫の額は真っ二つに割れた。そしてその傷跡から虹色の光が次から次へと溢れてきた。そしてその光りが集まって髪の毛を逆立てた少女の姿になった。瞳は空洞で星々が見えた。無限の宇宙に通じているようだった。その瞳はまっすぐに小次郎を見ているようだった。
 「登るのか、登らないのか、どっちだ」
 サリーの態度は一変した。限りなく厳かで果てしなく大きな意志を感じさせてそう言った。その唇は仮面以上に厳格に結ばれ、一切の反駁を許さなかった。小次郎の怒りは一気に覚め、代わって恐怖に支配された。
 「お、お前は何者だ。悪魔か?」
 サリーはまったく答えない。答える気配が微塵もなかった。まるで石になったように見えた。死神そのものの様に沈黙を守っていた。小次郎は震えていた。沈黙は耐えがたかった。やがて彼は叫んだ。
 「登るさ。登るしかないなら、登るぞ。俺はとことんまで生きてやるんだ!!」
 小次郎はやけくそになって叫んだ。それを聞くとサリーの姿は一変した。さっきまでの不気味な怪物の姿は嘘のように消え失せた。代わっていつもの愛くるしい少女の姿になった。
 「そう、登るんだ。いいのお、そんな事いって。知らないよ。死んだ方が楽かもよ」
 サリーはケラケラと笑った。
 「な、なんなんだお前は」
 怯えた小次郎の姿を見て、サリーはますます楽しそうに笑った。
 「あはははははははは、なにびびってんのよ。人殺しの癖に。とにかくそう簡単には登れないよ。簡単に登らせて貰えるなんて絶対に考えないで!あなたはそう、もう五年間この世界にとどまるの。嘘と憎しみの世界にとどまるの。そしてその間、一度も人を傷つけては駄目。嘘と憎しみ、戦いを一切拒否するの。どう、出来る?簡単じゃないよね。でもそれが出来たら登らせてあげる。出来なかったらもう終わり!」
 そういい終わると、ふいに強烈な閃光がサリーの瞳から溢れ出した。彼はその眩しさにひとたまりも無く気絶した。そして小次郎は目覚めた。またしてもこの世界に。嘘と憎しみと戦いの世界に。













ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう