1.プロローグ
金山小次郎はノリに乗っていた。陸上競技短距離種目100メートル走決勝。福岡県大会の決勝である。決勝戦参加選手は8人だ。小次郎の自己ベストはその8人の中ではおそらく一番悪いであろう、11秒1である。周りを見回すと強力なメンバーである。小倉中央高校の峰岸、戸畑第一高校の国吉、筑豊北高校の平ノ上、八幡東高校の村上、北九州工業の斉藤。陸上競技短距離では有名な高校の、有名な選手ばかりである。その中、小次郎の福岡国際高校は陸上競技では弱小高校だ。その中で、単身、小次郎は、運良く、この決勝までたどり着いた。実力ではこの中では最下位だ。そう考えても小次郎は少しもひるまず燃えに燃えた。高校生活最後のチャンスだった。この中で三位以内に入れば夢のインターハイ出場である。この日のために全てを犠牲にして高校生活を送ってきたといっても過言ではなかった。
小次郎の自己ペスト記録、11秒1はその日のほんの三時間前、100メートル走準決勝にてはじき出したばかりである。この大会に入る前までの小次郎の自己ペスト記録は11秒4であった。予選11秒2、準決勝11秒1と記録を伸ばしてきた。決勝の周りの選手達はみんな10秒台スプリンターばかりである。このメンバーの一員に入れただけでも最高にハッピーだった。小次郎は燃えに燃え、ノリに乗っていた。今日こそ人生で最強の走りが出来そうな気がした。今日こそは高校の陸上競技生活の集大成が実現されそうな予感がした。
「位置に着いて。よーーーーーーーい、どん!」
最高のスタートを切れた。焦らず、一ミリも無駄なく、徐々に前傾姿勢からトップスピードに切り替えていく。最強のメンバー達はやはり彼の一歩前を行っている。
「ぶち抜け、粉みじんになれ、全力を尽くせ、すべてを出し切れ」
トップスピードに至った小次郎の頭の中をいつもイメージトレーニングで繰り返していた言葉たちが次々と浮かんでは消えた。小次郎は自分の体が今までで最高のスピードに至ったことを感じ、これまでで最高に解放された気分に包まれた。彼の体は確かにスピードを上げ、前を走っていた有名選手たちの何人かを確かに捕らえた。
ゴール。
団子状態で小次郎はゴールに飛び込んだ。何着であるか、まったく分からない。一人飛びぬけた小倉中央の峰岸選手はぶっちぎりの一番だった。2着以下は団子状態だ。誰が何着か誰も分からなかった。
ゴールしたばかりの小次郎はガクガクと震えていた。今までで最強の走りだった。それははっきりと分かった。風が悪くなければ確実に自己新記録が出ている確信があった。何着であれ、後悔は全くなかった。15分後、場内アナウンスが鳴り響いた。
【ただいまの高校男子100メートル決勝の結果をお知らせします。1着、小倉中央、峰岸君、タイム10秒6。2着。戸畑第一高校、国吉君、タイム、10秒9。3着、福岡国際高校、金山君、タイム10秒9。4着、筑豊北高校、平ノ上君、タイム、11秒0……】
金山小次郎はワナワナと震えていた。福岡国際高校の金山といえば自分のような気がした。タイムは10秒9。それが自分のことだとはまったく信じられなった。あごはガクガクとふるえ、手はぶるぶると震えていた。平ノ上にも村上にも斉藤にも勝ったのか?信じられない。向かい風1メートルの中でのスプリントだった。小次郎は観客席の自分の高校の仲間達が居るところに目を向けた。仲間たちは熱狂的に大騒ぎをしていた。しきりと小次郎の方に手を振り、猛烈な勢いで手招きをしていた。
「やったぞーー!小次郎、こじろーー、やったーー!」
「こじろーーー先輩、入ってる、入ってるよ。三位にはいってるよーーー!!!」
「こじろーーー、すごいぞ!こじろーーーお!!!」
全く信じられない気分で、小次郎はがくがくと震える足取りで観客席の方へ向かった。走り寄って来た同級生や後輩、OBの先輩たちが猛烈な勢いでバチバチと小次郎の頭や肩、背中や尻など、叩きまくった。小次郎は今までで最高の幸福感に包まれて、ひとときを送っていた。
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