表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/255

初戦突破の祝杯代わりにでもするか?

「いよいよ今日から新人戦なんだよね?君たちの調子はよさそう?」

「ああ。連携の訓練も進めてきたし、昨日は軽く流すくらいにしておいたから疲労も抜けてるだろうな」

「それは何より。決勝戦はネメシアちゃんたちの応援に行きたいからさ、そこまで勝ち残れるように、君もサポートしっかりね。特にメンタル面の」

「まあ、アイツらだったら大丈夫なんじゃないか?昨日だって平然としてたぞ」

「そうかもしれないけどさ、直前になって緊張してきて、それで本番でヘマしちゃうってのもよくある話だから」

「そういうものか?」

「そういうものだよ。君も同伴するんでしょ?結構重要な役目なんだからね」

「承知したよ。むしろ俺の役目はほぼそれだけだからな」


 そうしてやって来た新人戦の開幕日。


 今日も今日とて、俺はクーラとのひと時を楽しんでいた。


「……それだけ、ねぇ」


 そんな中で不意に、スッとクーラが細めた目は、どことなく見透かしてくるような感じがして、


「何か言いたげだな?」

「うん。実はアズ君ってさ、補欠に回ったこと、後悔してたりしない?」

「……アイツらには絶対に言うなよ?」


 実際に俺の内面を言い当ててくるから困る。まあ、結構鋭いところもある奴ではあったんだが。


 ここ数日は本番を想定するということで、俺はダメ出しに専念していたわけだが、ラッツたちの熱量に対して温度差ややっかみを感じていたのも事実。


 だから、絶対に口外しないでくださいと頼みつつ、俺が来年の新人戦に出ることは可能かどうかを支部長にこっそりと聞いてみたこともあった。


 残念ながら答えはノー。たとえ出番ゼロの補欠であったとしても、出場済みに見なされるとのことだった。


「それはもちろん。君がそのことを黙ってる意味くらいは理解してるつもりだよ」

「ならいいんだが」


 潔く譲っておいての体たらくで潰れるようなメンツなんてものは、今更持ち合わせてもいないつもり。それでも、アイツらに無駄な負い目を感じさせてしまうなんてのは、恥の上塗りもいいところ。


「……時間だな」

「うん。あ、それとさ……」


 鐘が鳴る。いつもであれば即座に接客モードに入るクーラが、今日に限っては友人としてのままで言葉を続けてくる。


「エルナさんが君に渡すものがあるってさ」

「渡すもの?」

「うん。正確には、君たちへの差し入れだね。さすがエルナさん。なかなか洒落たことするなぁって思ったよ」

「……その口ぶりだと、お前はそれが何なのかを知ってるわけか」

「まあね。詳細は見てのお楽しみってことで。……いらっしゃいませ」


 そんなこんなで、今朝のひと時は幕引きとなった。




 その後は支部へ向かい、バートたちと合流。皆様方の激励で送り出され、連れ立って向かう先は新人戦の会場となるコロシアムで。観戦目当てなんだろう。入り口ホールには結構な数の人がごった返していた。


 といっても、俺たちの行き先は客席じゃない。受付に行って、出場者である旨を告げる。


 そうして案内役に連れられて選手専用通路へ。その先にある控室で出番を待つというわけだ。


 この大会においては、出場選手とは別で、各チームごとにひとりだけ付き添いが認められている。その中身は、同じ支部の先輩であったり、支部長であったり、俺のように補欠メンバーだったりと様々だ。


 余談だが、このチームのリーダーはラッツということになっている。決める際には――




「まさか補欠の俺がリーダーとか無いよな?面倒だし」

「2種や3種複合の俺らよりも4種複合のお前がリーダーの方が、外面的には無難だろ?あとリーダーとか面倒臭い」

「たしかに面倒ね。信じてるわよ、ラッツ」

「えっと……お願いね?」

「てめぇら……覚えてろよ……」


 なんて、絆を感じさせる一幕もあったものだ。仲良きことは美しきかな。




 ……やれやれ、クーラの言った通りになったわけか。


 沈黙が重い。


 コロシアムに着いた時点ではそこまででもなかったはずなんだが、静かな通路を進み、控室に通されたことで意識し始めたということなのか、出番を待つ4人の表情はこわばり、黙りこくってしまっていた。


 どうやらここに来て、緊張してきたらしい。


 さて、どうするか……


 一応はクーラとの口約束でもあるんだが、どうせならば、全力を出し切ってほしい。たとえ負けるにしても、それができたか否かで残る悔いには差が出てくることだろうし。そのためにはどうするか。


 ……糸口くらいにはなるかもしれないな。


 そんな中で思い出したのは、少し前にエルナさんに渡されたもの。


「なあ、実は今朝、パン屋の人が持たせてくれた差し入れがあるんだけど……」


 多少わざとらしくはあったが、気を引くことはできたはず。そうして背負い袋から出した包みをテーブルの上に。


「パン屋の人って、やけに他人行儀だな……。クーラのことだろ?」

「いや、くれたのはクーラの方じゃなくてな……」

「じゃあ、年配の女性かしら?優しそうな雰囲気の人も見かけたことがあったけれど」

「その人だな」


 俺の印象でも、エルナさんはそんな感じ。


「たしか……エルナさんだよね?」

「ああ。ネメシアは知ってたのか?」

「うん。前にソアムさんと一緒の時に紹介してもらったの。あのお店の女将さんなんだよね?」

「それは俺も知らなかったな」


 恐らくは、クーラが言う「店長」の奥さんだとは思っていたが、実際にその通りだったわけか。


「とにかく、そのエルナさんがコレをな」

「ってことは、多分パンだよな?」

「だろうな。俺も正確なところは知らないけど」


 包みをほどく。


「「「「「これって……」」」」」


 そこから出てきたのはといえば――




 まず、ほどほどの厚さに切った豚肉に、卵や小麦粉を混ぜて作った衣をまとわせ、


 その上からパン粉をまぶして、


 高温の油でしばらく揚げた後に、


 たっぷりのソースをかけて、


 レタスといっしょにパンに挟んだもの。




 簡潔に言い表すのなら、いわゆるところのカツサンドというやつだ。


 4人の顔を見れば、揃いも揃って浮かべるのは苦笑。目の前に鏡があれば、その中にも苦笑を見ることができたことだろう。


 「カツ」と「勝つ」をかけたゲン担ぎ。


 概念としては理解もできるけど、まさかそれを実践するとは……。俺らにとってはそんな印象の方が強かったというわけだ。


 世代が違えば感性も違う、ということだろうかな。


 ……クーラはそんなセンスに感心していたような気もするけど、まあそのへんは人それぞれか。


 それはそれと……


「これ、どうする?」


 考えるべきはこの差し入れをどうするか。


 誰かが生唾を飲む音も聞こえた気がするけど、コレが間違いなく美味いということは、この場の全員が確信していた。


 数は5。つまり全員に行き渡ることも間違いない。


 では何が問題なのかと言えばそれは――


「試合直前に食うには少し重いよな……」


 そういうことだった。


 せめてあと1時間早ければ話も違ったんだろうけど。


「だったら、初戦突破の祝杯代わりにでもするか?」

「カツサンドじゃなくてカッタサンドだな」

「……ラッツ。さすがにそれは……」


 つまらない、と口に出さないあたりはネメシアの優しさか。


「それはさて置くとして……」


 だから、あえて追及はするまい。


「美味い食い物は美味しくいただいてやるのが礼儀だからな。勝って気分よく食うのと、負けてへしょげながら食うのなら、間違いなく前者の方が美味いだろうし、気分もいい。このカツサンドに報いるためにも、勝ってこいよ。……むしろ負け犬に食わせるくらいなら、全部俺が食っちまうぞ」


 代わりにそんな煽りをかけてやれば、


「何勝手なこと言ってやがる?」

「絶対に独り占めなんてさせねぇからな!」

「美味しいご褒美が待っているとなれば、気合も入るというものよ」

「せっかくエルナさんが私たちのために用意してくれたんだもん。応えないと」


 ノリ良く返してくれる。


 結果良ければなんとやら。いい具合に肩の力も抜けたらしい。


「第七支部の皆さん。間もなく試合開始時刻です。会場の方へ案内します」


 そして、案内役の声。いよいよ出番がやってくる。




 案内されて進む薄暗い通路の先には、広く明るいスペースが見えてくる。


 中央の空間が試合の舞台であり、そこをぐるりと取り囲むようにして客席が設けられている。この施設は、コロシアムとしてはよくある構造をしていた。


「間もなく呼ばれますので、そうしたらお進みください。付き添いの方はここまでとなります。……それでは、ご武運を」


 そう言うと案内の人は去って行き、


『それでは、第七支部代表チームの入場です!』


 拡声用の魔具を使っているんだろう。ほどなくして、そんな女性の声が響き渡る。


「しっかりやってこいよ!」

「「おう!」」「ええ!」「うん!」


 大丈夫そうだな。


 観衆の前へと歩みだす4人の後ろ姿。その動きに硬い様子は見えなくて。


『このチーム、驚くことに全員が複合持ちで、ひとりは4種。ふたりが3種。そしてひとりは癒風使いと、希少な心色使いが揃っています!』


 この音声は解説のようなものでもあるんだろうか。そんな説明が流れていく。


 そして沸き起こるのは大きな歓声。


 ついつい忘れそうになるが、あいつらの心色って希少だったんだよな、そういえば。まあ、物珍しさで言えば俺も大概らしいが。


『その一方で、全員が虹追い人歴1年未満という不利を抱えたチームでもあります。この若き逸材たちが経験不足をどうやって補うのか、注目していきましょう!』


 そんな事情もあったか。とはいえ、経験豊富な格上相手の対人戦自体はそれなりにこなしてもいるんだが。……まあ、その相手は先輩たちで、ロクに手も足も出せなかったんだよなぁ。


『かつては、たったふたりで優勝を果たしたこともありましたが、近年は棄権が続いていた第七支部。果たしてどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!』


 というか、本来は4人で臨む大会に出て、ふたりで優勝したなんて初めて聞いたぞ。


 まさかとは思うが……タスクさんとソアムさんだったりしないだろうな?あのふたりなら、数の差なんて気にせずに出場しそうだけど。


『続いて第二支部代表チームの入場です!』


 見れば舞台の反対側からも、4つのシルエットが姿を現す。あちらも足取りにぎこちなさは見て取れず、顔には気合が満ち満ちていた。


『こちらは対照的に、全員が単独型。しかし、昨年も同じ条件で準優勝まで進んだ支部でもあります。その後輩たちの活躍にも期待が高まるところです!』


 たしか……剣、大剣、短剣、炎って内訳だったな。


 まあアイツらなら、単独型だからって舐めてかかることはないだろうな。なにせウチの先輩だって5人全員が単独型で、5対1でボコボコにされ続けてきたわけだし。


『また、経験豊富なメンバーが揃っている点も見逃せません。全員が虹追い人歴2年近いこのチーム。そのアドバンテージは絶大でしょう!』


 たしかに、その差はキツそうか。経験の差がどれほど大きいのかも、すでに身をもって思い知らされているわけで。


『本当に様々な意味で対照的な両チーム。本大会の初戦を飾る素晴らしい戦いに期待しましょう!』


 そして沸き起こる歓声。なるほど、上手く興味を引き立てる語りだ。


『それでは障壁を展開します。最前列のお客様、身を乗り出さないようにご注意ください』

「っと、こうなるのか」


 この障壁は魔具によるもの。透明な筒で舞台を覆うように発生し、客席への流れ玉を防ぐというもの。試しに目の前の空間に手を伸ばしてみれば、そこには不可視の壁。何も見えないのに壁があるというのも違和感がすごいんだが。


 ともあれ、これがあるからこそ、気兼ねなくやり合えるというわけだ。そして当然ながら、治癒の心色使いも複数が待機しているとのこと。重傷者こそ出ることはあっても、この大会ではここ50年ほどは死者は出ていないとのことだった。



『それでは1回戦第一試合……開始!』


 そして高らかにそう告げられて――




 ほどなくして控室に戻ってきた俺たち5人。試合を終えた4人の顔には釈然としない色がありありと浮かんでいて、きっと俺も同じだったことだろう。


「なんかさ……あっさり行き過ぎたんじゃないか?」


 困惑気味にラッツが口にする。それは、この場に居る全員が共有する気持ちだった。


 さっきの試合がどんな流れだったのかと言えば――




 合図と同時に相手チームの炎使いが火の玉をばら撒き、それに乗じて前衛3人が駆け出して、剣使いがバートと、大剣使いがアピスと切り結び、短剣使いは剣使いに加勢――と見せかけてその脇をすり抜け、ネメシア目掛けて加速。


 かばうように前に出たラッツが向けられた短剣を弓で受け流し(師匠に仕込まれた基礎をタスクさんの指導で発展させた技術)、体勢を崩したところにネメシアが風をまとったハイキック(キオスさん、セオさんのレクチャーで身に着けたもの)をあごに叩き込んでKO。


 その様に一瞬動きを止めてしまった剣使いと大剣使いのふたりを、アピスが斧のフルスイングでまとめて吹き飛ばし(これはソアムさんに教わったらしい)、フリーになったバートが炎使いに突撃。槍を投げつけてとっさの回避行動を誘い、その隙に懐へと飛び込んでのヘッドバット&ニーリフトで(このあたりは模擬戦でガドさんにやられたことの流用だろう)沈めた。


 そうなればあとは4対2。数の差に加えて相手には動揺もあり、危なげなく押し切ることができた。




 と、こんな流れ。


 さすがに相手側個々の実力が先輩たちよりも上だとは思えないとはいえ、それにしたって上手く行きすぎなんじゃなかろうか?


 なんて困惑を振り払えずにいたというわけだ。


「傍で見てる分には、手加減されてるようには思えなかったんだけど、実際にやり合った印象はどうだったんだ?」

「……手を抜かれている印象は無かった。と思うのだけれど」

「同じくだな」

「そうか」


 切り結んだふたりがそう言うのなら、多分正しいんだろう。


「じゃあ、調子が悪かったとかかな?」

「4人全員が、か?」

「だよなぁ……」


 揃って考えてみるも、答えは見えてこない。


「……とりあえず、あとで先輩たちに聞いてみるか。試合見に来るって言ってたし」

「……だな。それはそれと、一応勝ちはしたわけだし、差し入れだけでも食っていくか」

「「「「賛成!」」」」


 多少腑に落ちないことはあったものの、そうしてかぶりついたカツサンドは、大方の予想通りに美味かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ