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私だけど私じゃない

(お願い、待って)

私はずっと彼の背中を追いかけていた。

(待って、行かないで。どうして、私を置いて行くの?)

深い森、白い靄のかかる緑の路。私は必死になって。

追いかけても近付けない彼の背中を追い続けていた。



目が暖かい。瞳が濡れてることに気付く。

暖かい水滴が頬を伝う感触で目が覚めた。

まただ。ここのとこ毎日自分の涙で目が覚める。

(また私泣いてた。どうして?)

どうしようもない焦燥感が胸を重くしている。

何の夢を見ていたのか思い出せないけど、ただ一つ分かるのは大切な物が離れて行ってしまう、そんな夢だった気がする。


瞳を閉じてもう一度見ていた夢を想いだそうとした時だった。



「お姉ちゃん、ご飯できたよぉ」


部屋のドアを思いきり叩きながら、甲高い声をあげている妹の声がした。


(嘘、どうして結衣の方が先に起きてるの?)

いつも寝坊してばかりいる結衣が私のことを起こしに来るなんて信じられなかった。

(ヤバイ、確実に遅刻する。)

私はベッドから飛び起きてすぐに支度を始めた。


「お姉ちゃん、ご飯は?」


「いらない」

そう叫んで、パジャマを脱ぎ捨て制服に着替えて、ドアを開けると既に制服姿の結衣が怪訝な顔で私を見ていた。


「お姉ちゃん?」


そんな妹の横を通り、急いで階段を降りる。


(寝坊癖のある結衣が支度を済ましてるってことは、もう翔太が私のこと待ってるに決まってる。)


洗面所に駆け込んで顔を洗う。


「お姉ちゃん、どうしたの?」

私の後を着いてきた結衣が、不思議そうに私に問い掛ける。


「翔太を待たせたくないの」

叫ぶように言う私に結衣は顔をしかめたまま続けた。


「翔太って誰?」


(え?)

その瞬間、不可解な事に気付く。

(あれ?結衣ってこんな表情する子だっけ?)

それに…。

うちの洗面所ってこんな色じゃなかったよね?

と言うか、何で私、夏服着てるの?


「お姉ちゃん、また寝ぼけてるの?いつも通り6時に起こしたでしょ。早く朝御飯食べてよね」


いつものんびりした結衣らしくないやけにしっかりとした口調でそう言うと妹はそのままダイニングの方へ消えて行った。


(いつも通り?六時?)


洗面所の鏡に映る自分の顔。

色白の肌。亜麻色の腰までの髪。

薄茶色の二重の瞳。

そう、これは間違いなく自分の姿。

白石架菜17才の姿。

見慣れた私が怪訝な顔で私を見ていた。



「おはよう」

私は小さくそう言ってダイニングに入り、時計を確認する。

まだ、6時15分だった。

この時間、いつもだったら結衣はまだ爆睡中の時間なのに。

結衣とお父さんは既に座って朝御飯を食べていた。

そこで、また不可解な事に気付く。

そして、みんな夏服…。それだけじゃない違和感。


(お父さんがパンを食べている!)

朝は絶対ご飯しか食べないのに。

それだけじゃない、まだ他にも引っ掛かる事がある。

ダイニングの椅子やテーブルも変わっている気がする。家具も配置も同じなのに色や形がビミョーに違う?


「何しているんだ、良夢。早く座って食べなさい」

何かがいつもと違うけど、間違いなくお父さんの声だ。

全く同じ声なのに違和感を払拭することができない。


「あら、今日は早いのね?おはよう良夢らむ


お母さんがキッチンからコーヒーを持ってきて、椅子に座った。


(良夢?良夢って誰?)


「お姉ちゃん、早くご飯食べないと。」

結衣が自分の隣の椅子を指差した。


とりあえず、座ったものの違和感が拭いきれない。


「今日のお姉ちゃんおかしいよ。まだ寝ぼけてるの?」

「はい、良夢、コーヒー」

結衣の声と、私の前に見慣れないマグカップを置いたお母さんの声が重なる。


「ママー、私にもコーヒーちょうだい。」


え?

結衣の言葉に驚きを隠せない。

結衣はママなんて呼ばない。


「どうしたの、良夢?そんな顔をして?」

私の怪訝な顔に気付いたのか、お母さんが小首を傾けてこっちを見た。


(良夢?どうして、私を見て良夢なんて呼ぶの?私は架菜だよ。)

もう訳が分からない。

混乱している私の横で結衣が、

「今日のお姉ちゃん本当に変だよねー。何か悪い夢でも見たんじゃないの?」


悪い夢と言うのなら今のこの時間が悪い夢だ。


「音色も早く食べちゃいなさい」

お母さんか、結衣に向かって話す。

その子は、結衣でしょう?

音色って誰?


(絶対におかしい。)


「良夢?どうしたの?顔色悪いけど、具合でも悪いの?」


心配そうに言うお母さんの声も表情も私の知っているお母さんなのに。

何かが違う。


「ごめんなさい。おかあ…。朝御飯いらない。もう少し休ませて」

それだけの言葉を言うのが精一杯だった。

私は震える足に力を入れて、席を立った。


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