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僕は彼女の手の中で
作:カドクラ



5話つづき


 結局、意志の弱い僕は断ることもできずに、塩崎さんと並んで旧美術室へと向かうことになった。
 教室から旧美術室までは結構距離がある。その間塩崎さんは何も話しかけてこず、僕も話を振ることはできなかった。
 僕は例によって下を向いて歩いている。
 窓から差し込む光は淡い朱を含み、薄汚れた廊下を照らす。廊下に映る多くの人の影は、美術室に近づくにつれて少しづつ消えていった。
 五分ほど歩くと、ついに影は二つだけになる。
 一歩進むたびに、隣の影のポニーテールが淑やかに揺れるのが分かった。
 正直僕は、吐きそうなくらいに緊張している。
 美術室はもう目の前だ。
「……つい、ちゃったね」
 塩崎さんの声が、二人だけしかいない廊下に響く。
 僕は僅かに視線を上げた。そして今更ながら思う。
 奈緒はいないんだよね。
 旧美術室といえば、奈緒が勝手に僕らの部室に仕立て上げた場所だ。もしかしたら奈緒がいるかもしれない。
 そんな考えが、なぜか僕の心を焦らす。
 とはいえ、塩崎さんは奈緒に話は付けてあると言っていたし、奈緒もさすがにいないだろう。
 僕は一度軽く深呼吸をする。
 気付けば、告白される側のはずなのに、自分が告白するように緊張していた。それはは、いい意味でも、悪い意味でもある緊張だった。
 塩崎さんが扉を開ける。
 窓際には布をかけられた像が綺麗に並べられ、壁には古ぼけた絵画がかけられている。中央の開けた空間には、昔使っていたであろう机達をそのまま置いてあり、僕と奈緒の遊び道具がそこらに落ちていた。
 夕日は美術室を切なげな赤に染め、場には清流のような静寂が流れる。
 塩崎さんはその流れにのせるように優しく言った。
「扉、閉めてくれるかな?」
「あ、うん」
 言われた通り、扉をガラガラと閉める。
 塩崎さんは一つの机に腰掛け、ぼんやりと宙を見つめていた。
「なんかいいね、ここ」
「そ、そうだね」
「私も毎日ここに来ちゃおうかな」
 そう塩崎さんは笑う。
 僕は、あははと笑いながらも、きょろきょろと辺りを見回す。物陰に人が隠れてないか、窓の外に人が待ち構えてないか、僕の目はせわしなく動く。
 そんな僕の様子を見て塩崎さんは再びクスっと笑った。そして、こほんと一つ咳をすると本題へ入る。
「それでね、話なんだけどね」
「うん」
 一瞬の沈黙。
 塩崎さんは机から立ち上がり、僕の前へと立つ。
「……好きなの」
 心臓がビクンと跳ねた。
「私、ずっと前から君のこと好きなの……」
 えっと、僕が驚きの声を漏らす時にはもう彼女の顔は見えなかった。後ろを向いて、恥ずかしそうに揺れるポニーテルを僕に向けている。
 好き。
 僕の頭は、その意味を理解する前に、あのことを思い出していた。
 最悪の初恋。


 
 くりくりにカールのかかった黒髪に、ぱっちり開いた大きな瞳。ピンク色のかわいい服を好んで着る彼女は、明るく元気で、誰にでも優しく、クラスの人気者だった。
 そんな彼女に僕が出会ったのは小学三年の時。同じクラスになったことがキッカケだった。
 席が近いというはけではなかったけど、誰にでも積極的に友達になる彼女は、他の人達と同じように僕にも声をかけてくれた。その時はまだ女性と普通に話すことが出来た僕は、悦んで彼女と友達になる。
 とは言っても、彼女とは一週間に一度話せるかどうか。
 奈緒と並ぶほどに、モテていた彼女には常に周りを男子が囲んでいた。彼女に淡い恋心を抱いていた僕にとっては、なかな辛いことだった。
 よく奈緒にも、止めときなさいと忠告されていたけど気持ちが変わることはなく、月日は流れる。 
 そしてある日。彼女は突然転校してしまうことになった。
 告白するなら今しかない。そう思ったのは僕だけじゃないらしく、彼女が転校するまでの間、怒濤の告白ラッシュが続いた。
 登校してくると一人。放課になると一人。学校帰りに一人。
 同じクラスの男子から、学年の違う人まで、彼女が転校するまでの一ヶ月間それは続く。
 そんな中、僕は告白できずにいた。
 いつもタイミングを見計らっていたのだが、勇気が出ない。そんな僕を、奈緒はなにか悟った様な眼で、するなら早く告白しちゃって、とせかす。
 それでも意気地なしの僕には告白なんて無理だった。
 ただ他の人の告白が成功しないことを祈りながら、毎日を過ごしていく。
 彼女が転校が明日に迫った日。その日も、僕はなにも出来ずに帰ろうとした時だった。
 僕は彼女に呼び出される。
 呼び出されたのは体育館裏。何の用か分からなけど、チャンスだ、と僕は勇んで向かった。
 まだらに雑草が生え、使われてない焼却炉がある体育館裏は人気がなく彼女の姿も見当たらない。僕は体育館の裏口にもたれかかり、彼女を待つ。
 しばらくして彼女はやって来た。
 ニコニコ顔の彼女はウサギのようにぴょんぴょんステップを踏む。それと同期するように僕の鼓動も早まった。
「ごめんね、待った?」
「ううん。全然待ってないよ」
 彼女を見て、僕は改めて好きなんだなと実感する。そして、告白しなくちゃ、とも思う。
 よかった、と彼女は笑い、それでねと前置きをして話を始めた。
「私、君から聞かなくちゃいけないことがあると思うの」
「え?」
「言わなくちゃいけないことないの?」
 言わなくちゃいけないこと――それは勿論、告白。
 だけど、どうして彼女が……?
 少し考えて、よくドラマとかでは男から告白してるし、母さんも「告白は男から」と言っていたから、彼女もそういう人なんだろう。そう小学生なりに思い、僕は決意する。
「ぼ、僕は……」
「うんっ?」
「その……あの……」
 好きです。その一言が怖くて、どうしても言えない。
 延々と言えない僕。段々と彼女の笑顔が暗くなる。
「……分かった。じゃあ私が言うね」
 強くなる彼女の口調。
「私は君のこと好き。そっちはっ?」
「えぇっ?」
 思わぬ言葉に声が大きくなる。
 そして僕もようやく。
「僕も……好き!」
 血がマグマのように熱くなり、皮膚を透かして真っ赤に染まる。
 彼女は無表情で頷くと、
「知ってる。さっさと言いなさいよね」
 そう冷たく言い放つ。見たことない彼女の態度に、僕はア然とした。
「あ、ちなみに言っとくけど、私はあんたのことなんて別に好きでもないから」
「で、でも……」
 いつもの笑顔も優しさも、微塵も見当たらない。
「私ねこの一ヶ月で九十九人に告白されたの、でもどうせなら百人のほうがキリがいいでしょ。だけど百人目がなかなか出てこなかったから、私を好きだっていうあんたを呼び出したの」
 僕の混乱は止まらない。
「でも、さっき僕のこと好きだって」
「あぁ、アレ。嘘よ勿論。あんたがなかなか言わなくてじれったかったから、カマかけただけ」
 彼女はそうサラリと言うと、さらに。
「てか、あんたの名前なんだっけ?」



 あんたの名前なんだっけ?
 その言葉が何度も頭の中でループ再生される。そしてあの時の、言い表せないほどの悲しみが蘇った。今思い出しても泣きそうになる。
「ねぇ、聞いてる?」
「ふぇっ?」
 塩崎さんはむっとして僕を見つめている。そうだ、今はあの子ではなく塩崎さんが、僕を好きだと言ってくれているんだ。
「ご、ごめん、ちょっと嫌なこと思い出しちゃって」
「……ちゃんと聞いててよ。恥ずかしいんだから」
 どうやら塩崎さんは僕を好きになる経緯を話してくれていたようだ。優しいところが好きだとか、話しかけた時に恥ずかしがる姿が可愛かったとか、だからつい意地悪しちゃったとか、聞いていても恥ずかしくなるようなことを塩崎さんはもう一度話してくれた。
 言い終えると、塩崎さは顔を真っ赤にして俯いてしまう。僕はなんて声をかけたらいいか分からず、同じように俯いた。
 ここで、あの時と同じように告白を受け入れたら……。
 そう思うと心が……。
 あれ? と思う。
「その、答えは落ち着いてからでいいからね」
 そう言い残し、塩崎さんはゆっくりとその場から去っていく。
 僕は――
「……待って!」 
 彼女を呼び止めた。



 

 















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