エピローグ ~ウェディング・ベル~
そして、数年が過ぎた。
「もー! まだ準備おわんないの!? いったいなにやってんのよ! 早くしなさいよ!」
新郎控え室のドアを、バーンと開けて、赤毛の美女が入ってきた。
純白のウエディングドレスの裾を持ちあげて、つかつかつか――と。いや――どちらかというと、どすどすどす――というほうが正しいか。
白いヒールで、深い絨毯を踏み抜かない勢いで――赤毛の彼女は、俺のもとへと、まっすぐに歩いてきた。
「このグズ! ノロマ! いつになったら直んのよ! 結婚すんのやめるわよ!?」
ネクタイを引っつかまれた俺は、苦笑いを浮かべていた。
俺のほうも新郎服だ。ネクタイの結びかたは思いださないとならないくらいで、結ぶのに苦労していた。
こいつのせいで、また結び直しだ。
どんな服でもよく似合う赤毛の美女は、純白のウエディングドレスもよく映えていた。
ドレスの胸元は、大きく開いていた。肩紐のないベアトップ・スタイルの胸元は、見事なバストに空中保持されている。
「なによ。どこみてんの?」
「おっぱい」
「ばっ――ばかっ!?」
ふはは。赤くなってやんのー。
俺もこの何年かのあいだに鍛えられて……。このくらいは言えるようになってきている。
「と――とにかくっ! はやく来なさいよね! みんなもう待ってんだから!」
「ああ。わかったわかった……」
俺は手を、あっちいけ――と動かして、赤毛の美女を追い払った。
新郎控え室の戸が、ぱたり――と閉まる。
まったく。あいつは――。いつも騒々しいんだから。
ところで? さっきなに言ってたっけ?
結婚すんのやめるわよ? ――だって?
あははは。
ムリムリ。
あいつがべた惚れなのは、俺でなくたって、誰からも見ていりゃわかるほどだ。
「結ぶのをお手伝いしますかな?」
「あ。頼むわ」
ゾーマがやってきて、俺の胸元に手を伸ばしてくる。
ちょちょいとネクタイを結びあげてしまう。たいした腕前だった。
「だいぶ貫禄がつきましたな」
「え? そう?」
ぽん、と胸元を叩かれる。
自分では気づかないが……、父親みたいな、親友みたいな、この人がいうのなら、そうだろう。
まあ……。
結婚するんだしなー。俺たち。
まさか自分たちが結婚することになるなんて、思いもしなかった。
このまま、ずーっと、あんな、ぬるま湯のような関係が続くものだとばかりおもっていた。
最初に言いだしたのは、誰だったか――。ワードナーだったな。ああ。うん。
ワードナーが、「結婚したいしたいしたいしたい、してくんなきゃ死ぬ!」とか言いだしたので――。皆で苦笑したことを覚えている。
それですることになったのだ。――〝結婚〟を。
「さて。行きますかな」
「ああ」
「イキマショ」
ゾーマ、俺、そして、ろとぱぱ――と、三人で連なって、新郎控え室を出て行く。
「あっ。とれぼー!」
途中で向こうの三人と出くわした。
ろとがいる。ろとままもいる。そしてワードナーもいる。
「おそい! 別れるわよ!」
「スピード離婚だな」
俺は笑いながら、傍らのゾーマにそう言った。ゾーマも笑っている。
「とれぼー。にあってるよー! カッコいいよー」
「おまえもな。ろと」
俺はろとにそう言った。
ろとの着ている服は、純白のウェディングドレス――。胸元はちょっと余ってしまっているのだが、隣に立つ、ろとままほどではない。
「うむ。しかし変なキモチだな。いまさら結婚するというのも」
いつもクール……というか、感受性のずれている、ろとままは、純白のウエディングドレスを着ていながらも、さして感慨がないっぽい。
普段とまるで変わらない雰囲気だ。だが、ろとぱぱのほうは、感無量なのか、涙をにじませている。
聞けば、ろとぱぱは、ろとままにずっと片想いをし続けていたそうだ。しかし実際どんな気分なのだろう。崇拝し、恋い焦がれ、片想いをしていた相手から、「精子だけ提供してくれまいか?」とか言われたときの気分というものは……?
ま。今日、報われたんだから……。ま。いっか。
あれから数年――。
ろとままと、ろとぱぱは、アパートの隣の部屋にずっと住んでいた。
ろとは、急に現れた「ぱぱ」に、はじめは面食らっていたものの――。数年のうちには慣れて、その大きな体にしがみつきに行くようになっていた。
ワードナーとゾーマとは、それまでもそうだったように、あれからも、くっついたり離れたりを定期的に繰り返し、今回、ようやくゴールイン。……なのか?
またすぐに離婚とかになりそうな気もするが……。まあ、仮にそうなったとしても、それでなにが変わるというわけもないだろう。いままで通りのカンケイが、これから先も続いてゆくだけだ。
そして……。
俺と、ろととは……。
俺がろとのほうを見ると、ろとは、すっと俺に近づいてきた。
そして、片腕を、俺の肘に、すっと絡めてくる。
「とれぼー。ぼくね……? いま幸せなんだよ?」
「ああ。偶然だな。……俺もだ」
まったく、不思議なものだった。
ずっと永遠にトモダチなのだと思っていた。
どうして思えただろう?
それが恋人になるだなんて。恋人関係になれたなんて。
いや……。もう恋人じゃないか。今日からは〝夫婦〟なのだった。
『それでは皆様! 大変長らくお待たせしました! 新郎新婦たち【たち:傍点】のご入場です!』
ろとと俺――。
ゾーマとワードナー――。
ろとままと、ろとぱぱ――。
三組の〝新郎新婦〟は、腕を組みながら――。結婚行進曲に乗って、歩みはじめた。
未来へと――。