ネトゲ最後の日⑥
「……で。こんどこそ。説明してもらうぞ」
一夜が明けて、翌日の昼過ぎ。
いつものファミレスで、四人+二名の二テーブルに分かれて座りつつ、俺は目の前のワードナーのでっかいバスト……ではなくて、悪びれずに、ニヤニヤ笑いを浮かべているワードナーの顔に、質問した。
指で、とんとん、とテーブルを叩きながら催促をすると、ワードナーのやつは――。
「あー、そういえばー、ちょっと説明してなかったわねー。二人にはー。驚かそうと思ってぇ☆」
ワードナーのやつは、てへぺろ☆、とか舌を出しやがった。
ぜんぜん似合わねえ。三十過ぎの女がやっても、カワイクねえ。
「ふむ。そういえば忙しすぎて、おにいちゃんには言ってなかったな。……こう? てへぺろ☆」
うん。たとえ三十過ぎていてもJSがやるとカワイイな。
「まずそのまえに。……そちらの大きな方は?」
隣のボックス席のシートを二つ分使って座る、大きな外国人の人に目をやって、俺は訪ねた。
背が高いだけでなく、だいぶ太目で、そして髭もじゃで。なんか、とっても、〝外国の男性〟ってカンジがする。
「コードネーム――〝テディ・ベア〟の名で呼ばれるプログラマだ。私の昔の同僚で、今回の仕事を、すこし手伝ってもらったんだ」
「なんか……、悪くないですか? 俺たちのこと巻きこんじゃって?」
そしてたぶん、わざわざ外国から駆けつけてきたのだろうし……。
ろとままは、すこしだけ英語に切り替えて、大きくてヒゲもじゃの外国人男性に、なんか言った。
英語で返事が返ってくる。
「構わないんじゃないかな? 〝君になら、いつでもどんなことでもするし。どれだけ迷惑をかけてもらってもかまわない〟――と、そう言っているので。本人が言っているからには、いいはずだ」
「どんだけ調教済みになってるんですか」
俺はそう言った。あと、ろとままは気づいているのかいないのか、わからないが……。明らかに、あれって……。
ま……、いっか……。
他人の恋愛事情に口を出せるほど、自分らのことをしっかりやれてるわけでなし。
「んで。――結局。なにがどうなったんだよ?」
外国人助っ人の件が一段落したので、俺はワードナーに顔を戻して、そう聞いた。
「ほら。このあいだ。話したじゃない。……あれよあれ」
「あれじゃわからん。……このあいだって、なんか、皆で考えてくれていたけど……。結局、だめになったんじゃないっけ?」
「なんか……、ええと……、ぷろとこる? が、ぱけっと? で? 法律的にアレとかコレとかで……、アウトだったんだよな?」
「そう。私らは、あのネトゲのコピーを作ろうとしていたわけね。技術的な面……は、テディの参加で、アレをコレして、いけないアレまでやっちゃうと、色々、どうにかなっちゃうカンジだったんだけど。やっぱり法律面がネックでねー。CIAにはコネがあるからどうとでもなるけど。日本のJCIAにはなんもないしねー。むしろ睨まれてるしねー」
「いやごめん。そこ、大事なところ? じぇーしーあいえー?」
「いえ。べつにどうでもいいところよ」
「じゃあいいんだ」
俺は理解できなかったが、気にしないことにした。
「――で、私ら、ちょっと専門バカっていうか、真正面から行きすぎてたのよねー。ああ。逆か。裏口から突破することしか考えてなかった」
「はあ」
「そこに、とんでもない解決策のアイデアを出してくれたのが、ゾーマなわけ」
まるで自分の自慢でもするかのように、ワードナーは、隣にいるゾーマの背中を、ばしばしと叩く。
いま、二つのボックス席には――。
俺とろと、ワードナーとゾーマ、そして隣のボックス席の、ろとままとテディさんっていう外国人の男性――と、三つのカップルが出来上がっている。
「いえ。専門的な話は、私はよくわかりませんでしたがね。……ただ、皆さん、根本的な
「今回、問題となっていたのは、MMORPG型のネットゲームのサービスが終了してしまうことでした」
「うん。うん」
ゾーマはきちんと説明してくれそうだ。俺は食い入るように聞いた。
「サービス終了する理由としましては、ゲームを運営している会社の業績悪化、ないしは経営不振が理由でしょうから、色々、調べてみまして……。やはりそうだと判明しました。非上場ですが、まあ、調べる方法はいくらでもありまして。蛇の道は蛇といいます。その結果――」
「まあ調べるまでもなく赤字だってことぐらい、わかるわな」
「ええその通り」
ゾーマは穏やかに笑った。
この笑う聖者が、つぎになにを言ってくるのか、俺は――。ちょっと楽しみになっていた。
ゾーマは、口を開くと――。
「なので――、買いました」
「へ?」
「ですから――、買いました」
「えと? な、なにを?」
「会社を」
にこにこと仏の笑みを浮かべて、
「うちの会社――ZOMA商事といいますが。IT部門がちょっと貧弱でしてね。詳しい人材もあまりいなくて、機器に関しての業務は、これまですべて外注でした。場当たり的な発注を繰り返しておりまして、たいへん非合理かつ、非採算的だったのですが……。今回、いい機会でしたので、IT関係に強い会社を、丸ごと買収させていただきました」
「えーと……? それは……? あぱーとの……、経営……、みたいなもの?」
俺はちょっとついて行けなくて、そう聞いた。
前にもゾーマは「アパート一棟丸ごと」をお買い上げになっている。
その部屋はリフォームされて入居者待ち。しょっちゅう不動産屋さんと内覧の人が訪れてきている。
「ええ。まあ。不採算事業を買収して、整備して、転用して、有効活用するという点では、似たようなものですな」
ゾーマは笑う。
「ねえ。あんたの言いかたで、ほんとうに、トレボー、わかってんの?」
「おや? これ以上ないほどにわかりやすく説明さしあげたつもりですが?」
ワードナーが、ゾーマの肩というか背中に、しなだれかかっている。
あんな凶悪なおっぱいを押しあてられて、眉一つ動かさないとか、すげーなー、と、俺は見つめていた。
俺なら絶対、キョドる。
「ようするに、ちみっちゃくて、潰れかけてた会社を、機材も社員のSEも、まるごと買い上げて、自分のとこのコンピュータ部門にしちゃったわけ」
「あー。なるほどー」
ようやくわかった。社内のLANがどーたら、サーバーがどーたら、機械に詳しくで、そういうこと専門にやってる人が、たいていの会社にはいるっけな。
ネトゲやってる会社なら、当然、そのあたりも詳しいわけで、人材ごとスカウトしたわけか。
なるほど。なるほど。なるほどー。
――で、俺は聞いてみた。
「あのさ……、ゾーマさ? おまえ……、損してないよな?」
前の大六畳間最後の日の時にもそうだったが……。
ゾーマが俺たちのために、大金を損しているんじゃないかと……心配になってしまうのだ。
「はっはっは。私を誰だと思っているのですか」
ゾーマは軽く笑った。細目がさらに細くなる。
「この仏のゾーマ。腐っても慈善事業など行いませんよ。この私が手がけるからには、関わった人、すべて得をしてもらいます。笑顔になっていただきます」
「そうよ。こいつ。どれだけ自分本位だと思ってるのよ。損なんて死んでも出すわけないでしょ」
まったく……。ゾーマのやつは、仏なのか悪魔なのかわからない。
ゾーマの恋人【恋人:ラバー】の証言によると、だいぶ悪魔なようだが……。
「あのネトゲは、ずっとやってゆくのか? それにもカネがかかるんじゃないのか?」
「なに。ゲームを現状のまま維持してゆくだけでしたら、サーバーリソースは、たいして必要ないんですよ。電気代が少々。サーバーを置く場所の経費が、ほんの一平方メートル分程度。あとは機材にまつわる減価償却費が少々。買収してみてわかりましたが、意外とユーザー数も残っていましてね。ゲーム事業部門だけの独立採算では、皆様の月額課金だけでも、少々、黒字になる計算ですな」
「少々の黒字って……、どんだけだよ?」
俺はさらにしつこく問い質した。
「毎月二〇〇万円ほどになりますか」
「にひゃく……」
それが〝少々〟なのか。事業やってるやつの感性って、わけわかんねーっ!?
俺はもう聞くのをやめた。
たぶんきっと。ゾーマは損するどころか、言ってる通りに得をしている。
この仏の笑顔は間違いない。
俺は、ふーっと息を吐くと、ボックス席の背もたれに背中を預けた。
なんか緊張していたのだろうか、どっと力が抜けた。
「とれぼー……?」
ろとのやつが、俺のドリンクのグラスを両手で捧げ持って、ぐー、っと、俺に向かって差し出してくる。
おつかれさまー、みたいな顔で、微笑んでいる。
俺は、ちゅーとストローで吸って、幸せに浸った。
「さて……。これで、だいたい話はよいのかな?」
椅子の背もたれ越しに、ろとままの顔がこっちに向いている。
毛むくじゃらの外国人さんの顔がその隣にある。こちらは振り向きかげん。
ろとまま。あれはきっと、椅子の上に立ってるな。まあJSだからギリセーフだが。
「〝テディ〟が自分のことを紹介しろと、うるさくてな」
「……? さっき紹介してもらったじゃないですか? テディ……、ええと、テディ・ベアさんって。昔の同僚……で、いいんですよね?」
俺は聞いた。
「それはコードネームのほうで。本名のほうは――ああ、言っても仕方がないわけだな。うん。うんうん……」
ろとままは、なんか一人でうなずいている。
「そう。本名なんかよりも、こっちのほうが通りがいいかな。彼は……。つまり彼は……」
ろとままは、勿体を付けている。なかなか本題を切り出さない。
俺は落ち着いて、じっと待った。
今日はもうこれ以上、驚くようなことも、ないのだろうし……。
「つまり、彼は――、ろとぱぱだ」
「へ?」
「ろとぱぱだ」
「へ?」
「だから……、ろとぱぱ、なんだが?」
「えーっ!?」
俺は驚いた。ろともワードナーもゾーマも、大声をあげて、驚いた。
出入り禁止になってしまうぐらいの大声が、ファミレスにあがった。