ネトゲ最後の日⑤
ぱん、ぱん、ぱん――。
空に花火が浮かぶ。
ほとんど途切れず、何発も続けざまに大輪が開く。
花火は――、あれは――、レアな生産スキルで、しかも高レベルの廃レベルでないと作れない代物で、材料だって、レアな素材を山ほど必要とする、貴重なアイテムなのだが――。
それがバンバン、惜しげもなく、打ち上げられている。
大通りは、大賑わいだった。
えー? こんなにユーザーいたん? ――と、驚くくらいの人数が、広場と大通りにいた。
サービス最終日の今夜――。
まだ〝生きてる〟アカウントを持っていたプレイヤーは、全員、ログインしてきているようだった。
「すごい人ー……。人だよー?」
ろとが路地から出てこれなくて、もじもじとやっている。
人見知りは、健在のようだった。
「みんな知ってるやつだろ? ほら。あそこにカケルだっているだろ」
ゲーム内で「カケルー」と文字で喋って、手を振るエモーションをする。
向こうも手を振り返してきたのだが――やつ一人だけでなくて、周辺にいた、美人と美少女キャラが十人以上、ごっそりと、同じように手を振りかえしてきた。
うえっ!? ぜんぶあいつのハーレム要員だったの!?
なんか、今夜の視界のなかの――全人口の一〇%くらいは、やつのハーレム要員なんじゃないの?
そういや、色男(ゲーム内)のあいつは、美女&美少女(ゲーム内)を、手当たり次第に自分のチームに加えていたっけ。
カワイイのやら、綺麗なのやら、麗しいのやら、ゴージャスなのやら、逞しいと表現すべきなのやら、獣人モフモフなのやら、妖しいと呼ぶべきお姉様やら、おいちょっとそれ条例大丈夫なん? とかいうロリキャラまで。
なんというか……。見境がない。
そういえば、うげっ……。思い出した。俺も口説かれたことがあったっけ。
森の乙女【森の乙女:ドルイド】ハーフエルフぴちぴち一五歳、トレボーも、口説かれたことがあったっけ。まさかカケルのやつ。俺のこと「♀」だと思ってないよな? 中身は「♂」だって、きちんとわかっているよな?
「ほら。ろと。あそこにも、あそこにも」
俺は画面を指差した。……って、見えないか。
エモーションで、びしっと指差した。
カケルたちの他にも、懐かしい顔がいくつもあった。
まえに臨時でパーティを組んだことのある相手を、俺が覚えている限り、探して、見つけだして、ろとに教えた。
「うん……、みんな……いるね。いたね」
ろとは路地の奥から、目だけで、じーっと皆を見ていたが――。
そのうちに、自分から――大通りに歩き出してきた。
俺が引っぱり出すこともなく、自分の足で、人混みのなかに歩き出してきた。
ちゃんと立つ。皆によく見えるところに胸を張る。――かどうかは、実際よくわからないが。俺にはろとのキャラが、胸を張っているように見えていた。
『あー、ロトだー』
『おまえら、まだやってたんだなー。このゲーム』
何人かが、気づいて話しかけてくる。
ろとは、えと、えと――と、まず慌てて。
なんでかエモーションだけ先に返して――。
それから、何度も打ち間違えながら、文字チャットで返事を返した。
『あの、えと、ぼく……、いたよ? いるよ?』
『おまえらこそ、まだやってたんだなー。このゲーム』
俺はろとのかわりに、話しかけてきた連中に、そう言ってやった。
『え? やってたよ? ずっと? ――おまえらこそ、辞めてたんじゃないの?』
意外なことに、そんな返事が返ってきた。
『え? うそ? 何時ぐらいにログインしてた?』
『夜中から朝方』
『そりゃ会わねーべ。俺たち午前中か午後だもん』
『なにその健康的な生活 ミ・ω・ミ』【※注:「ミ・ω・ミ」は顔文字なので横向きにて】
過疎っているゲームだと思ったが……。意外と、人がいた。すれちがいになっていただけで、けっこうプレイしているやつらがいた。
広場と、そこに続く大通りに集まっている連中は、ざっと見たところ、百人ぐらいだろうか。
ワードナーはこのサーバーで百人と言っていたが……。
その予測はかなり正確だった。だいたいそんな数だった。
俺はろとと連れだって、大通りから、広場へと入っていった。
広場には、所狭しと出店と露天が出ていた。
値段なんてあってないようなもので……、なにもかも一G。
手の掛かるレアな料理から、伝説の装備や、伝説の魔剣まで、なにもかも一G。
ほとんど捨て値同然で売っている。
そりゃそうだ。
アイテムも、ゴールドも、本日二四:〇〇のサービス終了とともに、なくなってしまうのだから……。
ろとと俺は、買って、食べて、飲んだ。……もちろんゲーム内で。
リアルのほうでは、夕飯も食ってないので、腹ぺこで、ぐーぐー鳴っていたが。そこは我慢して、ゲーム内では、盛大に飲み食いした。
ステータスのガン上がりする、レアな料理も食った。
ずっと持ってみたかったが、結局、取得はかなわなかった、「伝説の装備」を、剣から兜から胴から腕から足からブーツから籠手まで、一セット七Gで買い上げて、着てみて、くるくると回った。
「最後の日」でしか起きえないことを、色々と楽しんだ。
『五〇』
誰かが、言った。他の人も『五〇』と、それに合わせて、言葉を重ねた。
ちょうど一分くらいしたとき……。また誰かが言った。
『五一』
また一分ぐらいしたとき……。また誰かが言う。
『五二』
サービス終了は、本日の午後二四時〇〇分――。
そして現在時刻は、二三時五二分――。
そういう意味だった。
そして、このときには『八』という人もいて――。
そちらのほうが支配的となった。
次の一分後には、皆で『七』と口にした。
『ねー。とれぼー、あと七分だよー?』
ろとが俺の前であれこれエモーションをしている。
『ああ七分だな』
俺はスマホを取りだした。これはリアルでのほう。
そしてワードナーに掛けた。電話だ。なんと直電だ。
あと七分しかないので当然だ。
しばらくコールが続いてから――、ぷつっと、電話が繋がった。
『なによ?』
「なによ、じゃねーよ。あと七分だぞ? いやもう六分くらいか。はやくログイ――」
『わかってるわよ! 忙っそがしいのよ!』
電話口の向こうから、怒鳴り返された。
「……いまどこにいるんだよ?」
「あァ? サーバールーム!」
「ゾーマとかは? あと、ろとままは?」
「一緒にいるわよ!」
「一緒? 一緒ってどういう意味? なあ――サーバーダウンまであと六分くらいなんだよ。早くこいよ」
「あとで行くわよ!」
「あとっていつだよ!」
俺はついに怒鳴ってしまった。ワードナーなんて、最初からずっと怒鳴っているのだから、俺も一回くらい怒鳴り返していいと思う。
「――ったくもう! 忙しいんだから、切るわよ!?」
「おいちょっと待――」
つー。つー。つー。
切れた。切れちゃった。
切断音を聞き続けていても、しかたがないので……。
俺はスマホを置いた。
なんなんだ。――ったく!
『とれぼー。あと五分だよー?』
『ああ。わかってる』
俺はろとを抱き寄せ――るエモーションなんて、存在しないので――。
すぐ近くに立った。
至近距離に立つ。キャラのグラフィックが重ね合わせる。
ワードナーもゾーマも。ろとままも。
なんなんだよ。ったく。
残業か?
仕事か? 仕事が大事か? ……いや仕事は大事なんだろうけど。
アーリーリタイヤ決めて引きこもってる俺たちが、言えたこっちゃないけど。
でもちょっとくらい抜けてこられないものか? ほんの五分や一〇分くらい。
俺たちのネトゲが終了してしまう、その瞬間くらい、共有できないものなのか?
『とれぼー。あと三分だよー』
『え?』
ワードナーたちのことを、つらつらと考えていた俺は、ろとの声に現実に引き戻された。
『あれ? 四は? 四が飛んじゃってね?』
『四。さっき、数えたよー?』
『そうなのか』
そうか。聞いていなかっただけか。
俺はもうワードナーたちのことを考えるのをやめた。
ろとをしっかりと抱きしめ――ることはできないから、同じ場所に立って、残りの三分を過ごそうとした。
『ねー。とれぼー。そっち行って、いーい?』
ろとが言う。
『そっち? え? どっち?』
俺とろとは、いま、同じ位置に重なり合うようにして立っている。
広場にいる皆と同じように、残り数分が過ぎ去るのを、ただ待っている。
――〝そっち〟って、どっちだ?
『そっち? ――行くよ?』
ろとが言う。
えっえっ? だから、どっち?
コタツの隣の席についていたろとが、すっと、腰を上げて――。
俺の膝の上にきた。
あ。そっち。って――。
こっちか。
リアルのほうでの話か。
ろとの小さなお尻の感触が、俺の膝の上にある。
柔っこい。……が、ろとままよりは、やはりすこしだけ大きい。ちゃんと成人に達しているかもしれない(?)女の子のお尻である。
俺はろとの小さなからだを――こんどは本当に、ぎゅっと抱き締めた。
二人で画面を見る。
『二』
皆のカウントダウンが、粛々と進む。
『一』
残り一分のときには、俺たちも二つの指で一つのキーを押した。「一」と打った。
広場にいる皆のキャラの頭上に、ぴょこっと「一」という文字が一斉に浮かぶのが、なんだかおかしかった。
つぎのときには……。
すこし前からカウントダウンがはじまった。
およそ一〇秒くらい前から、誰からともなく、数字をつぶやきはじめた。
『一〇……』
『九……』
『八……』
『七……』
ろとと俺の――思い出の詰まったネトゲが終了する瞬間を、ただ、待っていた。
そのときが来たら、どうなるのか……。
よく、わからない。想像もつかない。
オフラインになるのか。サーバーメンテがあったときみたいに、まず急に動けなくなって、しばらくしてから、画面が落ちて真っ暗になるのか。
『六……』
『五……』
『四……』
『三……』
「とれぼー」
「ろと」
俺とろととは、手を握りあった。
『二……』
『一……』
そして――。
『〇……』
広場に立つ全員のキャラの上に、「〇」と言う字が浮かんでいた。
浮かんでいた。
浮かんでいた。
……ぽつぽつと、時差を持ちつつ、消えはじめる。
全員の頭の上から、文字が消えて……。
『あれ?』
『落ちないじゃん?』
『延長?』
『ロスタイム?』
皆が口々に言いはじめる。
俺とろとは、多少のタイムラグはあるだろうと思って――手を繋ぎあったままで、待っていた。
『あ。システムメッセージだ』
誰かが言った。
俺たちのところにも、すこし遅れて、赤い文字の――「システムメッセージ」が流れてきた。
『お集まりの皆さま。株式会社○○の運営する当ゲームは、二〇一六年五月末日を持ちまして終了いたしました』
ああ。なるほど。ログアウトしろってか。
「ろと。ログアウトしようか」
俺はそう言った。
最後に皆に向けて、手を振るエモーションをやってから、ログアウトのコマンドを――。
「まだー。なんかでてるよー?」
「ん?」
ろとが手を止めてくるので、俺は画面に目をやった。
『そして二〇一六年六月一日より、当ゲームは、運営母体である○○ごと、ZOMA商事に吸収合併され――』
「ん?」
『本ゲームは、これまで通りの運営を、これからも続けてゆきます――』
「ん? ん? んー?」
目をこすった。流れる赤いシステムメッセージを、よく見た。
『これまでのご愛顧ありがとうございます。今後も、引き続き、お引き立てをよろしくお願いいたします。――シスオペ・ワードナー』
システムメッセージの最後に〝ワードナー〟と名前があった。
その名前のおかげで、俺は……。
なんとなーく……。
理解しはじめた……。
『ぶははは。ワードナー。シスオペになっちまいやんの――よし、こんど俺の女にしてやろう!』
カケルがほざいてる。なんねーから。
『お。きたぞきたぞ』
誰かが言った。画面右の端から、台詞が順番にあがりはじめる。
『赤い痴女』
『萌える両刀使い』
『エロネタ魔道士』
『ロケットF九九』
『笑う邪神』
『金色の聖者』
『鍋……鍋がくる……』
皆が言う名は、口々に違うが、誰のことを指しているのかは、一目瞭然だった。
『おい。ワードナー! 説明しろよ!』
俺は人波をかきわけ――る必要は、じつのところ、なくって――。
このネトゲは、どれだけ人が密集していても、ぶつからずにすり抜けることができる仕様だ。
俺はワードナーとゾーマのもとに辿りついた。
『おい! なんなんだよこれ! なんで終わんねーんだよ! 説明しろよ!」
『あん? さっき説明したっしょ? システムメッセージで』
『あれじゃわかんねーよ!』
『なによ? 終わってたほうが、よかったって?』
『んなこと言ってねえよ! でも説明しろよ!』
『まあまあ』
ワードナーは、俺の首をがしっと片腕で絡め取った。――ゲーム内で。
あれれ? こんなエモーションあったっけ?
『とにかく! みんなー! 楽しめー! 祭りだー! ――シスオペ魔法! 絢爛舞踏ッ!』
ワードナーが腕を上にさしあげると――、空を連鎖爆発のような花火が覆った。
そして地面からは、料理と酒とが生えてきた。
ええええーっ?
GMだってこんなこと起こせないぞ?
ネトゲの存続を祝って、その日は、遅くまで「祭り」が続いた。
このネトゲは……、「俺たちのネトゲ」ではなくて、「皆のネトゲ」だということを思い知った一夜だった。