ネトゲ最後の日④
「あの手のものは、クローンとかオープンソースとかで、共有できないものなのだろうか。見たところ、そう複雑なプログラムでもなさそうだし。サーバーのリソースだってそれほど必要ではないだろう。家庭の普通のパソコン程度で動かせるものなのではあるまいか?」
いつものファミレスの、いつもの四人がけのボックス席で、ろとままが、なにか難しい専門的なことを言ってる。
ちなみに、ろとままの席は、俺の膝の上……。
ワードナー、ゾーマ、ろと、俺、ろとまま――と五人になるので、誰か一人余る計算なのは確かだが、だったら、もうすこし大きな席に移ればいいのだが……。
ろとままが、「ほらこうすれば五人で座れるぞ。どうだろう。私は頭がいいだろう」とか言いつつ、俺の膝の上に、その微妙に柔【柔:や】っこいJS的なお尻を載せてくるのだ。
ろとに対する「情操教育」であるらしいのだが……。いったいなんの教育なんだか。
そして食べる料理は「お子様ランチ」。
そりゃ見た目JSなので、黙っていると子供用メニューがおよそ五割の確率で出てきたりするが……。
だからといって、頼む? 注文しちゃう?
まあいいのだが……。
「完コピするなら解析けっこう大変よー?」
ワードナーが、パスタをぐりぐりフォークの先でやっつけながら、会話に参戦している。
「流れてるプロトコル解析するにしたって、集める量が問題だし。パケット解析するにしてもアナライザ必要だし。あとクライアントは、そりゃ、逆コンパイルしてリバースエンジニアリングでもすりゃ解析できるけど。サーバーのほうはどうすんのよ?」
言ってる意味が、ひどく、わからない。
たぶん、一介のアーリーリタイヤしたヒキニートには、理解できなくてもいい話題なんじゃないかと思う。
ゾーマは――と、見ると。
「いやー。法律的な面でも、それはどうなんでしょうね。リバースエンジニアリングはともかく。サービス終了したゲームでも、完全コピーを作ってしまうというのは」
うっひゃー。ついていけてる?
「ああ。私は専門的な話はわかりませんよ? 法律面の話だけです」
俺の視線に気づいたゾーマが、細目で笑って、そう言った。
法律面だけでもついていけてる?
「そんなの、家庭内で使う分には、いいんじゃないの?」
「うん。いい腕のハッカーを紹介できるよ? 〝テディベア〟というコードネームで呼ばれる凄腕なのだがね。……ふふふ。彼の武勇伝を聞きたいかい? 聞きたいかい? 彼がプログラムを書いた最も尋常でない場所を知りたいかい? 知りたいかい? ヒント――潜水艦の中っ」
ろとままが、なんか言ってる。
あと、それヒントじゃないと思う。答えそのまんまだと思う。
「ろと。ハンバーグ。うまいかー?」
「うん。おいしー♪」
俺は向かいにひとりで座る、ろとに――そう聞いた。
ファミレスのランチタイムの、なんの変哲もないハンバーグを、ろとはうまそうに食べる。
あー。ハンバーグも、ろと好きだよなー。料理のレパートリーに加えるかなー。でも難しそうだなー。あれどうやって作るんだろうなー。こんど料理の本でも買ってきて勉強すっかなー。クックパッド先生に聞いたほうがいいかなー。
皆の専門用語飛び交うハイレベルな議論が白熱し、一段落し、料理もだいたい片付いて、コーヒーを飲んでる頃合いになって――俺は、聞いてみた。
「……で、結論、出た?」
「ちょっとムリ」
ワードナーが言う。
「そうか」
「ちょっと、非合法なことなしでやるのは、無理っぽいわー」
それは非合法なことをすればできるという意味に聞こえるのだが……。
そこについては、突っ込まないでおくことにする。
門外漢で、まったくの素人である俺だが、皆が話していたことは、なんとなく察しはつく。
サービスが終了しても、ゲームを続けられるように、あのネトゲと同じものを、自分たちで再現しようという話らしいのだが……。
そんなことが可能なものなのか。素人にはわからない。
なんか玄人っぽいワードナー(あの女はいったい幾つの仕事をやっているのだ)と、畑違いっぽいが天才っぽい、ろとままが、難しい会話をして得た結論が、そうだというなら、きっとそうなのだろう。
「そうか……」
俺は深々とした、ため息をついた。
◇
「ね? ほんとにいいの? 払うわよ?」
ファミレスを出て、別れ際……。ワードナーが真顔でそう言ってきた。
今日の昼食は、俺の驕り。
そういう話で、皆を呼んでいた。
皆で昼飯でも食おうや――と、そう呼びかけたのは俺だ。
割り勘でなくて驕りなのは、相談事があったからだ。
このまえの、大六畳間消滅の危機――のときに、ワードナーたちに相談したら、どうにかなった。
だから今回も、と、淡い期待を抱いて相談したのだが……。
自分でも、虫がよすぎるというか、他力本願というか……。
なんだかなー……と、思う。
ろとの保護者でありたい。俺はそう思っている。
だが前のときと同じで、今回のこれも、俺の手に余る事態なのは間違いがない。
前回のときには、自分でなんとかしようとして、こじらせてしまった。
だから今回は、手に負えないとわかった時点で、すぐに相談を持ちかけた。
……ん? 俺、言ったっけかな?
相談したいって……。皆に?
「じゃあまたー。夜にでもー」
ワードナーたちが、ひらひらと手を振ってくる。
その顔を見て、ああ言ってなくても伝わってはいたな、と、俺は思った。
皆、職場に戻ってゆく。
ワードナーはあいかわらず、いまの仕事はなんなのか不明だし。ゾーマは「事業」とやらのために、あちこち出向先が変わるし。ろとままは、近くの大学(?)あたりで研究職についてるし。まさかとは思うが教壇に立ってはいない……と信じたい。JS教授とか想像つかんし。
ろとと俺も、俺たちの仕事――〝自宅警備〟へと戻った。