ネトゲ最後の日①
第29部分より、「大六畳間最後の日①~④」。差し込み掲載されていますので、そちらもご覧ください。
その日、俺たちは――。
いつものように、いつものネトゲにログインして――。
いつものように、〝農作業〟といわれる植物系モンスターのリポップ待ち刈り取り作業に従事していた。
あまりにもルーチンワークなので、俺はほとんど画面も見ずに、横で点けてるテレビの画面に意識のほとんどを向けていた。
そんなんでも、長年連れ添った、ろととのチームワークは完璧で――。なんの破綻もなく、〝収穫〟を続行することができていた。
「ねー、とれぼー」
「なんだー」
ろとが言う。
「なんかー、でてるよー」
「なにがだー?」
「えっと……、〝しゅうりょうのおしらせ〟……だってー」
「へー。なにが終了するんだろうなー」
俺はあまり考えず、流れでそう答えた。
「うん。なんだろうねー。赤い字で出てきてるのー」
「赤い字かー」
うん?
ネトゲで赤い字で出てくるといえば……。まずシステムメッセージが思いあたるが。
「それー、なんて書いてあるんだー。ぜんぶ読んでみろー」
俺はろとにそう言った。
「んーとねっ――」
ろとは、画面をじーっと凝視しにかかった。
「長らく、ご愛顧、いただきまして、ありがとうございます。本ゲームは二〇一六年の五月末日を持ちまして、終了させていただきます。……だってさー」
「え゛……?」
俺は固まった。
画面の中では、俺のキャラ――森の乙女【森の乙女:ドルイド】ぴちぴちハーフエルフ一五歳が、ぼっこぼこにされていたが、それどころではなくなっていた。
ろとが読みあげた内容は、俺たちのネトゲの終了を意味するものだった。
◇
「そっかー。そうよねー」
腕組みをしたワードナーが、難しい顔をしている。
それを真似て、ろとも腕組みをして難しい顔を……しようとしている。ポーズだけ同じにしても、眉間に縦皺を寄せた難しい顔は、ろとにはちょっとばかり難しい。
ファミレスの四人がけのボックス席で、仕事帰りのワードナーと、顔をつきあわせて相談をしていた。
「そっかー。そうよねー」
うなり声とともに、腕組みをしたワードナーが、そう言った。
まあ、そうだろうなー、と、俺も思う。
俺たちのネトゲは、ずいぶんと、寂れていた。
この数年のあいだに見かけた、ニュービー(初心者)のプレイヤーなんて、ろとままぐらいなものだった。
それもまあ仕方がない。人気があったのはもう十年近い昔の話で、いまでは、とっくにオワコン化している。
アップデートなんか、何年もあたっていない。新コンテンツもなし。数年前から判明しているバグも放置しっぱなし。RTM業者がバラまいた大量のゲーム内通貨の回収もしてないものだから、アイテム相場はインフレしまくり。そのRTM業者さえ、最近じゃ見かけない始末。
つまり、違法業者さえ見捨てるほどの過疎っぷりというわけだ。
前々から、「よく終了しねえよなー、このゲーム」とか、冗談で言っていたわけだが……。いざ本当に終了してしまうとなると、
「まあねー。私らも何年も離れていたわけだしねー」
ワードナーがしんみりと言う。
ワードナーとゾーマは、何年か空白期間がある。昔、廃レベルまで到達したあとで、アカウント凍結。
そして、つい最近、戻ってきたばかりの、いわば出戻り組だった。
「おまえら、なんに浮気してたん?」
「し――してないわよ! 失礼ねっ! あれは――っ! 離れ期間中だったんだから! セーフよ! セーフ!」
「おまえらのプライベートの話じゃねえよ。なんのゲームに浮気してたんだっつーの」
「あっ? え? ええと……、ソシャゲ?」
「んな。カネのかかる」
「ちゃんと稼いでるわよ? どこかのアーリーリタイヤ決めたヒキニートさんたちと違いますからー。お金でショートカットできて、時間節約になるから、けっこういいのよ。ソシャゲって」
「なんのためにゲームやってんのか、本末転倒だな」
俺はそう言った。
ゲームというのはなんのためにあるのか? 時間を無駄にするためにあるのだ。暇を潰すために存在するのだ。
つまりゲームをしていて、時間を節約だとか、本末転倒も甚だしい。
「なにいってんのよ。私らが、なんのためにお金を稼いでいると思ってんの?」
ワードナーはそう言った。
そういえば、そっちについては、考えたことがなかった。
ワードナーはじつはなんだかんだいって、デキる女っぽい。職業をコロコロ変えているみたいだが、どの職業でも超優秀であるらしい。さぞかし収入があるのだろう。
またゾーマに至っては、もはや、給料を貰う側ではなくて、支払う側。
起業家とか事業家だとか、いったいどんな仕事をやっているのか、想像さえ、つかない。
「なんでカネ稼ぐん?」
「使うためでしょ。使うためにお金を稼ぐの。お金を稼いで、お金を使うの。忙しくてなかなか使えないから、ソシャゲって、けっこういいのよー? ガチャで三〇万ぐらい、カンタンに回せちゃうし」
「うげえ……」
それだけあれば、いったいどんだけ生活できんだ?
宝くじで四億円当てた俺たちは(正確に言うと当てたのはロトであるが)、余命八〇年と計算して、年間五〇〇万円の予算で生きている。
月額四一万円少々。
オンボロアパート住まいで、家賃もそれほどかかっていないので、充分すぎる予算であった。ここ数ヶ月ほどの〝実績〟によると、三〇万ぐらいあれば、充分に生きていけてる感じである。
一ヶ月分をガチャに突っこんでいるのか。この女は。その血まみれ重課金っぷりには頭が下がる。
「なによー? 文句あるぅー?」
「べつに」
「経済まわしてんのよー、私らはー」
「いやだから、文句言ってないし」
「私ら課金戦士が、ガチャ回すから、運営会社も儲かって、ゲームも続いて、無課金でやってるユーザー様も、無料で遊べているんでしょーが」
なるほど。そういう考えかたもあるわけか。
「うちのネトゲもねー。なんかガチャでもあったらねー。私やゾーマが、回してあげるんだけどなー。サービス終了って、つまり、あれでしょ? 商売にならないから、儲けが出ないから、事業から撤退ってことでしょ?」
「よくわからんが。……まあそういう流れなんじゃないのか?」
俺はそう答えた。本当にそのへんはよくわかない。……ていうか、考えたこともない。
「サービス終了のお知らせ」を聞いてから、頭が痺れたみたいになっていて、
「だいたい、いまどき月額課金なんて、はやんないのよ。月額二〇〇〇円ぽっきりとか。それでサービス維持するには、ユーザーが何人、何千人、何万人必要なのよ?」
「さあなー」
「いまアクティブなのって、何人くらいだったっけ?」
「うちのサーバーだけだと……。十数人ぐらいじゃないのか? 顔も合わなさないから、よくわからないが……」
「いまってサーバー数個ぐらいだっけ?」
「そのくらいじゃないかな」
「それじゃ、全体でも、百人いるかいないかってこと?」
「そうじゃないか?」
「ゴースト・アカウントの人間が、もうすこしはいるとして、せいぜい、数百人ってところなわけねー。――はい、トレボー! 二〇〇〇かける、五〇〇は?」
「いきなり言われてもわからんぞ。電卓つかえ。スマホ開け」
「はい。ろとちゃん。二〇〇〇かける五〇〇は?」
「ひゃくまんになるよー」
「売り上げ。百万円かー。……しょっぱ」
しょっぱいのか。そうなのか。月に百万円はだいぶ多い気がするが。
そのへんの事業レベルの金銭感覚は持っていないので、まったく、よくわからない。
「トレボー。あんたさっきから、生返事してるだけじゃない」
「と、いわれてもな……」
俺はぼんやりと返した。
そういえば、いまのまにか、目の前に料理が出てきている。
いつ出てきていたのか。それよりも、いつ注文したのか?
「もっとしっかりしなさいよね」
「そう言われてもな……」
「だめ。しっかりするの! ……ほら、ろとちゃん守れるの、あんただけなんだから」
俺は、はっとなって、隣に座る、ろとを見た。
ろとのやつは、俺を見つめ返していたが……。その目はいつものように、安心しきった穏やかなものではなくて……、不安にくるくる動いていた。
「とれぼー……、ぼく、だいじょうぶだよ? げーむ、できなくても、とれぼーいるから、へいきだよ?」
俺は、ろとに対して、なにも言ってやることができずにいた。