からおけ
いつもの買い物帰り。いつもと違うお店の店内。
「とれぼー、イス、たくさんあるねー」
「あー。たくさんだなー」
室内には8人は座れるだけのスペースがある。
「キカイ、いっぱいだよー」
「あー。いっぱいだなー」
テレビと、その下のラックには幾つもの通信機器。色々な機材が詰まっている。
「おへや。ひろいねー」
「ああ。けっこう広いかもなー」
じつはあんまり広くない。でも、くるくると回っている、ろとが楽しそうなので、そういうことにしておく。
ろとがくるくる回ると、しまむらスカートが、ふわっと広がる。細い二本の生足が見えて、どきりとしたりする。
「ねー? これ。まいく、って、いうんだっけー?」
ろとがマイクをいじっている。
そのうちに偶然、スイッチが入って――。
がさごそがさ、という音が、天井のスピーカーから聞こえてきた。
「あー。そうだなー。マイクだなー」
『あー……』
ろとがマイクに声を吹きこむ。その声がスピーカーから大きく響いた。
「鳴った! なったよ! とれぼー!?」
「あー。なったなー」
ひとつひとつのことに、いちいち驚いて、オーバーなアクションを取るロトを、俺は微笑ましく見つめていた。
俺自身は、カラオケは――何回目だっけ?
これまでに食べたパンの枚数――ほどではないものの、いちいち数えていられるような回数でないことだけは確かだ。
いつものお出かけ。
いつもの二人(手を繋いで)のお買い物の帰り道。
「これなーにー? なに売ってるお店ー?」と、ろとが指差して聞いてきたのは、カラオケ屋だった。
まえにもマンガ喫茶を指差して「これなに売ってるお店ー?」ときて、なんとも説明がしづらかったので、一緒に入ったことがあったが――。
今回も、どうにも説明がしづらかたったので、二人で入ることになった。
スーパーの袋の中に、肉と魚があったので、いっぺんスーパーに戻って、冷蔵ロッカーに預けてきた。
準備は万端だ。
とりあえず、ワンドリンク縛りの1時間でスタート。
こんな時間だから当然ガラ空き。延長もやり放題。
「ろと。なに飲むー?」
「ぼく。いらないよー」
「いや。飲まないといかんのだ」
「おかね。かかるよー?」
あー……。
ワンドリンク縛りの件を、どう説明しようか……。
まあ、適当にウーロン茶あたりをリモコンで入れておく。
ついでにリモコンで持ち歌を探す。
曲を探すときには、紙のやつがあると、便利なんだが……。
「ろとー、なんかー、知ってる歌とかあるかー?」
「これ? お歌うたうキカイなの?」
「そうそう。歌うの。歌っていいの。ここ。歌う場所」
「そっかー」
以前、ろとの歌声が綺麗だなー、と思った。
カラオケやらせたら、うまいんじゃないかなー、と思った。
ろとは色々なことに物怖じする娘であるが、俺と一緒ならけっこう平気、だいたい平気、たいてい平気。
なので、「あれなーにー?」と、たまたま指差したのをきっかけにして、連れてきてみたわけであるが……。
見つからねー。
俺のソウル・ソング。魂の歌っ。ちっ。歌手名で調べるか……。
『とれぼー♪ とれぼー♪ とれぼーがはしるー♪』
ろとがマイクに向かって、なにか、歌っている。
「なんだそりゃ?」
『とれぼーが、とぶー♪ とれぼーが、もぐるー♪』
「飛ぶのか。潜るのか」
『すーぱー、とれぼー♪ つよいぞ、とれぼー♪』
「そうか。スーパーなのか。強いのか」
『ちょうごうきんのー♪ 黒光り~♪ ぼでぃー♪』
「俺は超合金だったのか」
俺は笑った。
「ところでそれは、なんだ?」
「これはー、とれぼーのうたー♪」
うむ。
作詞作曲・ろと。――だな。
「ろと。自分で作った歌もいいんだがー。それなら、うちでも歌えるだろー。せっかくきたんだから、カラオケ屋でしか歌えない歌をうたおうー」
「からおけ屋さんでしかうたえない歌って……どういうの?」
ろとは、きゅるんと、小首を傾げている。
長い髪の毛が、さらっと揺れる。
「みんなが歌っている歌とかだなー」
「みんながうたっている、おうた……って。ぼく、しらないよ?」
きゅるん。
「ああ。そっかー。知らないかー」
まー。ろとだもんなー。
俺の歌は――、見つかった。
だがリモコンに入れてしまう前に、俺は、ろとに顔を向けて――聞いてみた。
「ろとは、なんか、知ってるうた、なんにもないか?」
「うーん……、うーん……、うーん……?」
ろとは考えている。ろとままが、考え事をやるときに、腕組みをして考えるのだが……。それが感染ってしまっている。
「どんきのうた? ある?」
「いやー、ないんじゃないかなー」
俺はそう言いつつも、いちおう探してみた。
ちなみに、ろとのいう「どんきの歌」とゆーのは、あれだ。ドンキに行くと常にかかっているアレだ。
二人で一緒にドンキに行くことはけっこうあって――。
いつのまにか感染ってしまって――。
ろとが、最近よく、口ずさんでいたりする。
「どうー? あるー?」
「いやー、ないんじゃないかなー、さすがに……」
と言いつつ、探していた俺は――。
「……あったよ」
なんと……。あった!
いやー……。探してみるもんだー。
あるんだー。
ほー。へー。はー。
ろとと二人で、ドンキの歌をハモって熱唱した。