ろとままあそび
いつもの昼下がり。いつものネトゲのゲームの中。
『ふ。わたしが誰だかわかるかな?』
はじめて見かけるキャラが、街中でいきなり声をかけてきた。
俺とろとは、顔を見合わせて――。およそ一秒あとに、即答した。
『ろとまま』
『ままー』
ろとと二人で、ほとんどハモる。
『うっ……!? な、なぜわかってしまったんだ……?』
『いや、なぜって……?』
『わかるよー。ままだよー』
『じ、じゃあ……。わ、私は仕事があるので。これで……』
ろとままのキャラは行ってしまった。
その場でログアウトすればいいのに、わざわざ視界から外れるところに移動してゆく。
てゆうか、ぶっちゃけ、隣のゾーンまで走って逃げてゆくカンジ。
俺と、ろととは、顔を見合わせて――。
それから、それまでの作業に戻った。
ろとは生産。俺のほうは交易所で、オークションを眺めに戻った。
このゲーム。過疎っているはずなのに――。俺とか以外のPCキャラとは、誰とも遭遇しないのに――。
それでもオークションを覗けば、出品がたくさんあって、取引もたくさん見えている。
人の気配だけは、ちゃんとある。
意外とみんな、この過疎ったゲームを遊んでいる。
まあ俺たちも、ここで遊ばせてもらっているわけだが。
ろとのやつが、せっせと消費アイテムの生産をやっているのも、どこかの誰かが、作ったアイテムをお買い上げになってゆくからだ。
必要とされているからだ。
ろとは、そんなわけで、ヒツジの毛刈りや農作業まで、面倒で、手間ばかりかかって、そのわりには安くって、ぜんぜん金になりはしないが、誰もが必要としているアイテムを、せっせとこなしているわけだ。
それで「みんなのためー」とか言って、ニコニコしている。
俺はそんなろとが嫌いではない。
もちろんここでいう「嫌いではない」というのは、好きという意味ではなくて――。
文字通りただそれだけの意味でしかなく、まあ強いて言うなら「好意的に捉えている」ぐらいのニュアンスだ。
深い意味など、ぜんぜんない。
「お。すげーもんでてた」
アイテムのオークション画面を見ていた俺は、思わず、声で、そうつぶやいていた。
魔剣エレノアだ。何本も出てる。あとなんだこれは? 魔剣ヒカリ? 新アイテムでもでたのかな?
なんかカケルのやつが、最近、伝説級のアイテムの大放出をやっている。
こんなもん平然と売りに出せるとか、いったいどんな廃プレイしてんの?
そういや、会ってないなー。カケル。
まえはパーティ組んだこともあったんだけどなー。
まあ。ゲームを続けているのは、いいことだ。ログインしているのはわかっているのだから、いつか、ばったりと出会うこともあるだろう。
『やあみなさんごきげんよう。生産に精がでるね』
通りすがりの商人さんが言ってきた。
太った人間族のおじさん。身長と体の横幅とが、おなじぐらいの人。
『やあ。わたしが誰だかわかりますかな?』
『ろとまま』
『ままだよー』
ろとと二人で、またハモる。
『うっ……! な、なんでわかってしまうんだ!?』
『そりゃあ、なぁ』
『ねえ?』
ろとと二人で、顔を見合わせて、うなずきあうエモーション。
『ま、待っていてくれたまえ! つ、次こそはっ……』
ろとままのキャラの太ったおじさんは、また走って行ってしまった。
だから目のまえでログアウトすればいいのに。
しかし……、いま? 待ってろとか言ってなかった?
まあ……、待ってるけど。
ろとと二人で、ぼんやりと待つ。
そのうち、ろとが、体育座りになって膝を抱えるから、そのエモーションどーやんの? と聞いて、コマンド打ち込んで、俺のハーフエルフぴちぴち一五歳美少女のキャラも、おなじように体育座りになった。
『本日は良い天気ですね。お二人は同じギルドの人たちですね。ええ簡単な推理にすぎませんよ。名前の横の記章がおなじですから』
イケメン爽やかハンサムの青年が話しかけてきた。
そういや、ろともそうなんだけど、この人たち、性別♀でキャラ作らねえなー。まあ俺も人のこと言えた義理じゃないけど。
『ろとまま』
『ままだよー』
俺たちは、二人で、そう言った。ついでに指差すエモーションも加えた。
『まだなにも言ってない!』
『じゃあおまえはつぎに〝わたしが誰かわかるかな?〟と言う』
俺は指摘してやった。
『な! なぜそれをっ……!?』
ろとままは愕然としている。
なぜ愕然としているのか、むしろそっちのほうが不思議だ。
この過疎ってるゲームの中で、たまたま知らない人と遭遇するなんて確率のほうが低いんだから、動いているPCがいたら、それは、ゾーマか、ワードナーか、ろとままであるわけで――。
見ないキャラであれば、それはろとままとなるわけだ。
ろとままは、なんでか、キャラメイクばかりを繰り返している。
ろとままは、またダッシュで走っていった。
並んで座っていて、体育座りになって待っていたら――。
そうしたら、いかにもチャラい感じの、ホストくさい男性キャラが。
『ろとまま』
『ままだよー』
『………』
無言で回れ右して、帰っていった。
なぜわからないと思ったのだろう。
その日はもうすこし待ってみたが、ついに、ろとままは現れなかった。
◇
そして、夜。
ぴんぽーんと、インターフォンが鳴る。
「はーい」
ろとが、とたとたと、出て行った。
「さて問題です。私は一体誰でしょう?」
変装したJSが立っていた。
パーティグッズによくある、ヒゲつき眼鏡をつけている。
ろとは、たたっと逃げ戻ってきた。
「とれぼー、へんなひとー! へんなひとー! へんなひとー! きたよ!?」
ろとは俺の後ろに隠れてしまった。
俺はいいチャンスだと思った。
だから、すかさず――。
「あ……、あれは誰かな? なんか変なやつだな。知らない人だな」
ろとをかばうようにして、そう言った。
戸口に立つ、怪しい変装JSは、ばっと、ヒゲ眼鏡を取り去ると――。
「ははははは。ろとままでしたーっ!」
「ままだー!」
「うわーい、びっくりしたー、き、気づかなかったー」
ろとは本気で驚いている。
俺は学芸会的な棒読みだなぁ、と自分でも思いながら、なんとか調子を合わせてそう言えた。
ろとままは、その日は一日じゅう、ずっと機嫌がよかった。
そんなに驚かしたかったのか。
俺はその話を、ワードナーにするかどうかで悩むことになった。
言ったら絶対、「ろとままくっそカワイイわ。テラオカス」とかになるわけで……。