ろとと洗濯機
ぴぴぴぴ、とタイマーが鳴る。
俺はぱしっとタイマーを止めた。
11分ゆでるパスタだが、10分でタイマーを鳴らしている。
ゆで加減を確認するために一本すくって食べて、味見をしたり、皿を出してきたりと、なんやかやとやることがあるので、1分前に鳴るくらいでちょうどいい。
11分ジャストにセットしてあると、鳴ってから大慌てになってしまう。
生活の知恵である。
「もうすぐできるんで。ろとを呼んできてください」
ろとは洗濯機のところにいる。それを呼んできてもらおうと、俺はろとままにそう言った。
「うん。それはいいのだけど……。おにいちゃん?」
ろとままはそこに立ったまま……。
片足に体重をかけて、手は両方とも背中側に隠して――上目遣いで俺をことを見上げてきている。
うちにいる間は、ろとままは、しまむらファンションになっている。
タンスからロトの服が持ち出されて、脱衣カゴに入れられている。俺たちはすっかり寄生されている。ろとは自分の服をままが着ている喜ぶやつなので、べつにそれでまったくかまわないのだが。
「なんでしょう?」
「敬語をやめてくれると嬉しいのだが」
「いやー、そう言われても」
どう見ても処女のJSなのだが、ろとの実のママ。実年齢がワードナーより上の人。
どうしても敬語になってしまう。
「ゾーマ殿には〝タメ口〟というのになっているではないか。ずるい。ずるいずるい。おにいちゃんはずるい」
「いやー。ずるいと言われましてもー」
「ではこうしよう。呼び捨てかつ、命令形でなければ、ろとを呼んでこない」
「うわぁ、めんどくさい」
「ああっ……。そういうのもいいな。もっとなじってくれたまえ」
ろとままは肩を抱きしめて、ぷるぷる震えている。
へんな趣味に目覚められてしまうのもアレなので、俺は仕方なく、〝オレマン〟とかいうものになった。
「おい。ろとまま。ろとを呼んでこい。もうすぐパスタができちまうぞ」
「はーい♡」
ろとままは、嬉しそうに、とたとたと駆けていった。
洗面所に行く。
俺は慌ててパスタを盛りつけはじめた。
あほなことをやっていたので、一分間のマージンが吹き飛んでしまった。
ゆですぎになってしまったか? まあセーフか?
ろとのやつは、洗濯機の前で、いったいなにをしているのかというと……。
じーっと、見ている。
洗濯機の縦型ドラムの透明蓋の中で、洗濯物がぐるぐる回るのを、じーっと見ている。
「なにしてんだ?」と俺が聞くと、「みてる」と返事が返ってくる。まあそれは見ればわかる。なにを見ているのかと聞くと、「ぐるぐるまわるところ」と返ってくる。「あとしゃーっていうところ」とか。
「ろと学」の第一人者である俺が、「ろと語」を現代語に翻訳すると、つまり、こういうことではないかと推測される――。
ろとは、洗濯機の中で、洗濯物がぐるぐると回ったり、水がシャワーになって降りかかるのが、見ていて面白いのだとか。
どこが楽しいのか、俺にはよくわからないのだが……。
あんなもん。ずっと単調なばかりで、面白くもないと思うのだが。
ろとに言わせると、一回転ごとに違うのだとか。
俺は世界における「ろと学」の第一人者ではあり、ろとがなにを言っているのか理解まではできても、ろとと同じ気持ちになることまではできない。よって、わからない。「せんたくきのきもち」になって洗濯機に感情移入するところまでは、ちょっとムリ。
だが――。ろとが楽しんでいることを理解して、そのろとの邪魔をしないでいることくらいはできる。
洗濯機の前で1ミリも動かず、すごい集中力で、じーっと回る洗濯物を眺めている。洗濯、すすぎ、脱水、と進んで、ぴーっとアラームが鳴って停止するまで、だいたい前を離れない。
そのろとの愉しみを、いつもだったら、俺は邪魔しない。
――でもいまは、昼食ができてしまった。
洗濯機の回っている時間を調整すればよかったな。こんどからそうしよ。
しかし――。
ろとを呼びにいったはずの、ろとままが遅い。ぜんぜん帰ってこない。
こたつの上にパスタをすっかり並べ終えてしまった俺は、洗面所のほうに、二人を呼びにいった。
そしたら――。
「すごいでしょー?」
「うん。すごいなこれは」
「いいでしょー?」
「うん。こんなよいものをこれまで知らずにいたなんて。私は人生の半分を損していた気分だよ」
二人、肩を並べて、じーっと洗濯機を見つめている。
一ミリも動かず、すごい集中力で、じーっと見ている。
あー……。ミイラ取りがミイラになってたー。
そういや、ろとと、ろとままとは、遺伝子が50パーセント共通しているんだっけ……。
まあ。パスタだから。伸びても食えるか。
冷めてもレンジでチンすればいいか。
俺は洗濯機のタイマーが終わるまで待つことにした。あと37分かかるらしい。