ろとまま歓迎会
「ろとままちゃん、くっそカワイイわー!」
ワードナーのやつが、ろとままを抱きしめて、ぎゅーって、やってる。
ろとままはワードナーにされるがまま――というわけでもなく。そのデカいおっぱいを手で上げたり下げたりして、質量および体積を計るかのように、学術的興味を向けていた。
「あーもう! かわいいわー! かわいいわー! お持ち帰りしたいわー! ねえ! この娘もらっていい? いいわよねーっ!?」
「ああ。ほら。よかったじゃないですか」
ワードナーの叫びを聞いて、ふと思いだした俺は、ろとままに言った。
「なにがかな?」
「いえ。ほら。さっき――その、そういうの、言われたがっていたじゃないですか」
「だから、なにを?」
「えっと、いま、ワードナーの言った、それです」
「それとは?」
ろとままは質問を繰り返す。どうあっても俺に〝それ〟を言わせたいらしい。
だが。絶対。いわない。
ワードナーがくるまで、ずっと、〝かわいい〟という言葉を言うか言うまいか、そういう話が続いていた。ろとが〝かわいい〟であるのであれば、ろとままも50%はかわいいはずだし、〝おにいちゃん〟からそう言われてみたいと――要約すれば、まあそういう話であった。
「あと。どうして私に話すときには、敬語になるのかな? ろとと同じように話してくれて構わないのだけど。――おにいちゃん」
「それ、やめてくださいって……」
「それとは、なにかな?」
「その〝おにいちゃん〟っていうやつです」
「そっちは言ってくれるのか。ずるいな。おにいちゃんは」
「だからそれ、やめてくださいってばー」
外見どう見てもJSの合法ロリの人妻ないしは経産婦から、あまったるい声で〝おにいちゃん〟と言われると、背中および腰の後ろあたりがむずむずとして、妙な趣味に目覚めてしまいそうになる。
もし目覚めてしまった場合、後戻りできないような、そんなヤバさを感じる。
「では交換条件といこう。敬語をやめてくれるなら、私も、〝おにいちゃん〟というのをやめることを検討してもいい」
「えと、えっと、ええと……。こ、これで……、いいのかな?」
「うむ。いい感じだね。では続けてくれたまえ。私の呼称は〝ろとまま〟と、呼び捨てで頼む」
「ろ、ろとまま」
「呼びかけるときには、おい、ないしは、おまえで」
「おい。ろとまま。こ、これで……やめるんだな?」
「うん。大変いい感じだよ。いいね。いいよ。――〝おにいちゃん〟」
「やめてくれてないじゃないですか! ぜんぜんじゃないですか!」
俺は叫んだ。
うそつきだー!
「うん。私は〝検討する〟と言ったじゃないか。検討してみた結果。やはり〝おにいちゃん〟は〝おにいちゃん〟ではないかという結論に至った。――ほら。私から見れば。婿殿は、二人いる兄妹の〝おにいちゃん〟のほう、という意味で――」
「詭弁だーっ!」
「そろそろ鍋がまいりますぞ。こたつの上を空けてくださると助かりますなー」
「ああ。はい」
ゾーマに言われて、俺はこたつの上を片付けにかかった。
「ゾーマの鍋はおいしいんですよ」
「それは楽しみだ」
「でもひとつだけ。ルールがあります」
「なにかな」
「鍋のあいだは、決してゾーマに逆らってはなりません」
「逆らうと、どうなるのかな?」
「邪神になります」
「それは怖いな」
俺はろとままとこたつを片づけにかかった。
ろとも、ちょこちょこと、手伝ってくる。ろとの場合は、手伝っているのか邪魔しているのかわからなかったりするが、それはまあ、いつものことである。
「えー、では、ろとままが鍋会の仲間となったことを祝しましてぇー! 乾杯ーい!」
ワードナーの号令で乾杯が行われる。
ちなみにワードナーは乾杯の前から何缶かあけている。すっかり酔っ払いである。
「ねー、ろとままちゃーん」
「なんだろうか」
「トレボーのこと、婿殿って、呼んでるのー?」
「そうだが」
「えっひゃっひゃ!」
ワードナーはいつもの下品な笑いをあげた。
「なー。ワードナー?」
俺はビールのグラスを持ちあげて、ワードナーに言った。
「なによ? 婿殿? ――えっひゃっひゃ」
「〝ちゃん〟――ってのは、ないんじゃね?」
「なんで?」
「だって仮にも年上に向かって……」
と、ろとままの顔を見る。
どう見ても小学生にしか見えないんだけど。しかも生理前とかの。
「だから、なんで?」
「え? あれっ?」
真顔で問い返されて、俺は、ちょっと考えた。
ワードナーには、ろとの母親であることは言ってある。ていうか。〝ろとまま〟という名前だけで、もう充分すぎるほどのプロフィールになっているわけであるが……。
ええと。ろとが幾つなのかわかんないだけど。妥当に考えて二十歳として、ろとままが、ろとを学生結婚、学生出産とかして、すごく早く産んだとして――。二十歳+二十歳で四十歳? いやいやマテマテ。ろとままが、ろとをものすごく早く産んでるとすると、二十歳+十六歳で、三十六歳?
いやいや。もっとよく考えてみろ。
ろとままが、ろとをものすごく早く産んでおり、なおかつ、ろとが二十歳という前提が崩れたとしたら、どうなる?
俺はろとの年齢をずっと二十歳だと思いこんでいたが、じつはもっと若かったとか? あれでも免許持ってる言ってたっけな? 日本だと十八歳だけど、外国とかだと、十六歳から取れるんだっけ? どうなんだっけ?
俺は考えた。考えた。考えてみた。
ろとままの年齢は……。理論上、三十二歳ということがありうる。
そしてワードナーの年齢は……、いくつなのか知らんが。俺より何歳かは年上のはずで……。
「おまえのほうが上なん?」
「いやさすがに、ろとままのが上でしょ?」
「じゃあなんで〝ちゃん〟なんだよ! おかしいじゃん! おかしいじゃん!
「おかしかないわよ? カワイイのは、正義よ」
「ん。私はろとの遺伝子の50%提供しているので。ろとの半分はかわいいことは、これは理論的にいっても正しい」
「かわいー」
ワードナーは、もう、だめだった。
「かわいー! かわいー! もう! かわいー!」
ろとままがなにを言ってもカワイーだった。ハクサイを取ってもカワイー。ビールの泡を鼻の下につけていてもカワイー。
照れてもカワイー。息をしてもカワイー。
「あーもう。辛抱たまらないわ」
「やめろ」
ワードナーが不穏なことを言ったので、俺はやつが行動に移してしまうまえに、すぐさま止めに入った。
「だめよ。もう辛抱たまらないのよ」
「やめろ。ぜったいやめろ。初対面の人間にはやめろ」
俺は言った。ワードナーが次になにを言いだすか、すべてわかっていたからだ。
「なにを言いあっておられるのかな? 自由にしてもらって構わないが。私なら気にしないので。色々な物事を気にしないことには、わりと自信がある」
「あーもう! ろとままちゃん! くっそカワイイわあ! ――ねえ犯していい! 犯していいっ!? いいわよねええぇぇぇ!」
俺はこめかみを押さえた。
ほうら。やっぱり言った。言いやがった。
まだ欲求不満は解消されていないらしい。どこかの邪神が勤めを果たしていないせいだ。
「犯す! 犯すうぅ! テラ犯すう!」
ワードナーは、ろとままを押し倒した。
ろとが同じことをされていたときには「たすけてー」と暴れていたものだが、ろとままは、お人形さんのようにおとなしく床の上に寝かされている。
「や。それは困る」
慌てず騒がす。そう言っただけ。
さすが経験者――とか思っていたのも束の間。
「そういった行為は経験したことがないので」
――とか! そう言ったあぁぁ!?
「え゛?」
俺もワードナーも、ぎょっと目を剥いていた。
ろとままの爆弾発言に、場が固まっていた。
鍋のぐつぐつ言う音ばかりが聞こえてくる。
「いや。……でも。ろとちゃんを……。お産みになられてますよね?」
そう言ったのはワードナー。敬語になってしまっている。
気分はわかる。
「産んだけど?」
「じゃあ……、経験者ですよね?」
ワードナーがそう言う。
「ああ。うん。あれはまだ私が若かった頃だけど。自分のインスタンスがあれば、研究が捗るかなと思ったんだ。そして調べてみたら、私は女性ではないか。女性は自分でインスタンスを作ることができるんだ」
なんか色々と突っこみどころが満載だ。まず〝インスタンス〟ってなんだ? 子供のことか? あと調べて女性とわかったってことは、調べるまではわからなかったってこと? てゆうか。なんで知らないの?
あと〝若かった頃〟って、具体的には幾つなの!? そこ大事なとこだからっ!?
「それで、手頃なオトコをつかまえた……と?」
「同僚に精子提供を頼んで」
「おセックスに及んだ?」
「体外受精で」
「ナマナカ大当たり?」
「成功して」
「祝ご出産?」
「それはちょっと身体的に無理があったので。帝王切開で」
ぜんぜん噛み合っていないようでいて、しっかりと噛み合っている、へんな会話がモリモリと続く。
「あんた? わかった?」
「わかったと思うけど……。ちょっと説明するのは勘弁してくれ」
ワードナーにはそう言った。
つまり――。こうだ。
研究生活に忙しかったあるとき、ろとままは、ふと、自分みたいな天才がもう一人いれば研究がはかどると思った。
自分が女性であることも(恐るべきことに)――。
そのとき知ったので(なんでそれまで気づかなかった?)――。
同僚の男性から精子提供を受けて(おいおい)――。
そして人工授精を行って、妊娠、出産。
さすがにあのJSライクなボディでは通常の出産は無理だったので、帝王切開にて、ろとを産んだ――と、そういうことだった。
つまり――。
ろとままは、本当に、ろとのままだった!
義理のままとか、ろとは養子であるとか――。そんな可能性を考えていた俺であったが、その望みは、いま、完璧に断たれてしまった!
いや……。断たれても、べつにいーんだけど。
なにも困ることはないんだけど。
「やっべー、やっべー。じゃあ、ろとままちゃん……、処女懐胎よね! ――まだ処女よねっ!?」
「処女、という言葉が、性行為の有無および膜の有無を示しているのであれば、そうなると思う」
「やっべー! やっべー! 犯せないじゃん……」
そうなのか? それで引き下がるのか?
ワードナーは、なんか、負けた感じになって、しゅんとしている。
まあ、こいつがおとなしくなるのは、いいことだ。
「まま。痛かったー?」
「さあ。麻酔が効いていたので?」
「大変だったー?」
「私の研究は抽象学問だから、ベッドでもどこでも、頭さえ動けばできることだから。そう困難はなかったかな?」
「よかったー」
「うむ。ありがとう」
心配する、ろとの頭を、ろとままは撫でている。
その姿を見ると、母娘なんだなー、という感じがするのだが――。
「あんたが、本当の母親だということは、よくわかった」
「うむ。理解してくれて助かる」
「――だとしたら、ひとつ言いたいことがあるんだが。……いいかな?」
俺は、ろとままに、そう言った。
「なんで、ろとを、ずっと一人でほうっておいたんだ?」
「………」
「なにか深い事情があるとは思う。でも、ろとには、それを聞かせてやってくれないか? ろとには聞く権利があると思うんだ」
ろとは、ずっとずっと、ひとりぼっちで暮らしていた。
俺が来るまで。
そして、そこから遡ること、数年前――。俺とゲームの中で出会うまでは、ろとには、友達ひとり、いやしなかった。
「それは……」
「それは?」
俺と、ろとままとのあいだに、緊張した空気が流れる。
ろとは、俺とままとを、交互に見た。
「とれぼー? ぼく? へいきだよー? ままと会えて、うれしいよー?」
「すまん。ろと。俺が聞きたいんだ」
「そのときは――」
ろとままは、口を開くと――。おもむろに、語りはじめた。
「そう、あのときは――。ちょうど、ある研究をしていたんだ。これまでの人類の難問に対して、規制の概念を刷新する、画期的なアイデアを、私は閃いてしまって――」
俺は黙って聞いていた。しかし、もしここで、「忙しくなったから、ろとを放置した」とかいう答えが返ってきたのであれば……。
ろとには悪いが、俺は――ろとままを許せそうにない。そう思っていた。
「私はそのアイデアに夢中になった。夢中になって、はっと気がついたのが――つい一昨日のことで」
「は? おととい? え? 気づいた? えっ? えっ?」
あれ? なんか思っていた話とちがくね? なに言ってんの? このひと?
「カレンダーを見たら、もう何年も経ってしまっているじゃないか」
「いえあの? そのあいだに、一度くらい、思いだしたりとかは……?」
「すまない。夢中になると、時間を忘れてしまうたちで」
「いや忘れすぎ。時間経ちすぎ」
「思いだしてすぐに飛び乗った飛行機の中で調べてみれば……、子供を放置することを、〝ネグレクト〟と呼ぶそうではないか。私はネグレクトをしてしまったのだろうか?」
「いやー、あー、どうなんですかね?」
ワードナーの顔を見やる。両手を水平に挙げている。〝お手上げ〟のポーズだ。
ろとの顔をみた。
「まま。だいじょうぶだよ? ぼく、つらくなかったよ。ともだちいたよ。トレボー。いたよ? いたもん!」
ろとが言う。めずらしく「!」つけて言う。
俺が〝ともだち〟だと主張する。
ともだちがいたから大丈夫だと、母親に言う。
俺は、そのとき、思いだした……。
そういえば、ろとと出会ったばかりの頃。
ゲームの中のチャットで、「おなかすいたー」と、ろとが言うので、パンとか焼き肉とかをくれてやった。ゲーム内の食料アイテムだ。
そしたら、「たべてもおなかすいたの、なおらないよ?」と言ってきて、リアルのほうの話なのだと気づいて。「コンビニでも行ってパンでも買ってこい」と言った覚えがあった。
そのあとにも、何回か、「○○ないよー」とか言うので、「どこ行って買え」とか「Amazonでポチれ」とか、言っていた覚えも……。
あれがまさか……。
まさかあれが……。
あれがあったおかげで、ろとは、いまもこうして……。
「トレボー……、おにいちゃん……」
ろとままは、俺の手を取ってきた。
「君は、ろとの恩人だ。ぜひ。ろとの婿になってはくれまいか」
「いやいやいやいや! ちょ――!? だからその婿っていうの、やめてくださいって」
俺はすっかり敬語に戻ってしまっていた。さっきまで抱えていた「静かな怒り」は、どこへなりと、消え去ってしまっていた。
まー、しょうがないよなー。
なにしろー、このひとー。
ろとのまま。
なんだもんなー。
「おほん」
――と。そのとき、ゾーマの咳払いが聞こえた。
「たいへん。感動的かつ。誤解も解けまして。皆様幸せで和気あいあいのところ、大変、申し上げにくいのですが――」
そして、一拍置いて、ゾーマは――。
「鍋が煮えすぎておりますぞ」
そこには聖者はいなかった。いまにもブチ切れそうな鍋奉行――いや、鍋邪神がいた!
「い――いっただきまーすっ!」
俺達は、鍋を食べた。精一杯食べた。
煮えすぎていても構わず食べた。
ろとまま登場回終わりましたー。
つぎから定常進行で。ろとままはコタツに常駐ですが。
温泉缶詰中なので、たぶん、しばらく毎日更新です。




