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ろとまま

「おちゃ。です」

「うむ。ありがとう」


 俺は、おどおど、びくびくしながら、お茶を出した。

 少女は、うなずいて返事する。


 いや。少女……では、ないはずなんだけど。


 ろとを産んだというのが、なにかの比喩でも聞き間違いでもなくて、〝事実〟であるなら、この目の前の、どう見たって、ろとより年下の、外見小学生くらいの少女は、ろとよりも少なくとも最低十数歳は年上のはずで――。

 つまり、どう少なく見繕っても三十代なかばではあるはずで――。


(なー、ろと?)

(なーにー?)


 俺は、ろとの横顔に顔を寄せると、こっそり、耳打ちをした。


(この人……、ほんとに、おまえのお母さんなんだよな?)

(うん。たぶん、そうだよー)

(たぶんって、なんなんだよ? たぶんって……?)


 なんで「たぶん」なんだ? 母親の顔も覚えていないのか?


(だってぼく、十年ぐらいあってないもん。よく覚えてないよー)

(十年っ!?)


 それは覚えてないかもデスネー。

 だめだ。頭がくらくらしてきた。


 一体いま、なにが起きているのだろうか? 誰か俺に説明をしてくれ。

 ありのまま、いま起こっていることを話すから。なにを言っているのかわからないかもしれないが。俺だってなにが起きているのかわからないんだが。

 だから誰か、要約して説明をしてくれないか?


 そんなしょうもないことを考えて十数秒ほど現実逃避していたら、すこしだけ冷静になってきた。

 しょうがないから、現実と対面しよう。


 しかし……、本当にこの女性【女性:ひと】から、このろとが産まれてきたのだろうか?

 たしかに顔立ちは似ている。ろとは髪が長いが、その髪を、ばっさりと短くしたらこんな感じか。


 ふむ。たしかに。

 外跳ねぎみの、手のかかっていない感じのショートヘアなんかもー。あー、似合うかもなー、ろとー。


「……?」


 俺が、じーっと顔を見つめいていたからか。ろとまま(、、、、)は、おかしな顔をした。


 あー、いかんいかん。


「お、お茶……。おかわり、いかがです?」


「ああ。うん。待ってくれると助かる」


 ろとままは湯飲みに口を付けた。


「とれぼー、まま、まだ飲んでないよー?」

「あついあついあつい。――あついが我慢っ」

「ままー? あついよー?」

「いやしかし――。せっかく婿殿が入れてくれるのだ。可及的速やかにこれを始末せねば」

「ゆっくり飲んでください! ゆっくり飲んでください!」


 俺たちは大騒ぎした。三人で。

 ……なんなんだか。


 この女性(ひと)が、ろとのまま(、、)であることを、なんとなく納得しつつある俺ではあったが……。

 やはり、一番、〝不思議〟な点といえば――。


 俺はこたつの横のほうから覗きこむようにして、ろとままのお腹のあたりというか、腰のあたりというか、その近辺に目をやった。


 細い。ちっこい。

 背の低い成人女性はけっこういるが、それでも、お尻だけはそれなりに大きかったりするものだが……。マジで小学生ライク。

 とても子供が通って……げふんげふん。産める……ようには思えないのだが?


「なにかな? 婿殿?」


「ああ――いえっ!? なんでもないであります!」


 変なところを見ていた視線を捕まえられてしまった。俺はとっさにそう言った。

 ろとだと、いまみたいに見ていても、ぜんぜん気づきもしないんだが。さすが年の功というか。ろとプラス十数年? 20年? ――の人生経験はダテではないということか。


「とれぼー、なんかきょうはー、とれぼー、おもしろいよー?」

「ろと。婿殿はいつもこうではないのか? いつもはどんな感じ? ままに話してくれまいか」

「うん。いつもはねー――」


「ちょっと、待った!」


 俺はさっきから感じていた〝違和感〟の正体に、たったいま気がついて――そう叫んだ。


「なにかな? 婿殿?」


 話をストップされても、ろとままは気分を害したふうもなく、俺にそう聞いてきた。

 それだ! そこの単語だ!


「その〝婿殿〟っていうのは、あの、その……、いったい?」

「なにかまずかったろうか? 事実誤認があったろうか?」


「いえあの。言葉の定義上の問題ともうしますか……。そういう言葉は、世間一般的には、入籍してたりケッコンしてたりする間柄のときに使われるものであるといいますか……。俺たちは便宜上一緒に暮らしてはいますが、べつに付き合っていたりするわけではなくて、ましてやケッコンを前提としたお付き合いをさせていただいたりしているわけでもなく……。ですから、なんといったらいいのでしょうか……」


 説明をはじめた俺は、自分が窮地に立っていることに気がついてしまった。

 付き合っている女の子の実家に〝挨拶〟に行ったときの〝修羅場〟なるものを、話には聞いたことがある。


 しかし、それがまさか、それが自分の身に降りかかってこようとは――。

 しかも「行く」のではなくて、向こうが「来る」ことになるとは――。


「〝婿殿〟という呼称が不本意であるなら……、じゃあ、おにいちゃん?」

「なんでそこ〝おにいちゃん〟になるんですか!? ――いやまあ、ちょっとはいいですけど」


 外見小学生の美少女(?)から、おにいちゃん呼ばわりされるのは、ちょっとはいい。じつにいい。大変いい。

 ……が、まずいだろ? イケナイだろ? そもそもこの女性(ひと)、年上なんだよ?


「じゃあ、おにいちゃん。――ろととの関係を、説明してはくれまいか」


 おにいちゃんになってしまった。なってしまった。なってしまった。……うわーい。


「ええと。まず俺はですね。ろとの友達で――」

「いいな。トモダチ」

「いいでしょー?」

「聞いてください。茶々いれないで」

「おこられてしまったぞ?」

「わーい。おこられちったー」


「ほかの友達からは、〝相棒兼ヒモ兼執事兼ママ兼飼い主〟――なんて呼ばれていますけど。だいたい、そんなような感じのことをやってます。ああ――〝ヒモ〟ってところだけは、それは冗談で。そこだけはウソですから。信用しないで」


 〝恋人〟とか〝彼氏〟とか、そういう役割は含まれていないし、その種のことも、一切やっていないという件も、じっくり、小一時間ぐらいかけて説明したいところだったが――。

 墓穴を掘りそうなので、ぐっと我慢した。

 昔のエラい人はいいました。「藪をつついて蛇をだすな」――と。


「ふむ。ろとが世話になっていた。ありがとう。母親として、礼を言わねば」


 ろとままは、頭を下げた。

 俺は手を振って遮った。


「いえいえ。友達として当然のことをしたまでです。――ていうか。ちょっと当然からは踏み出しているかもですが。俺のほうもそれで助かっているというか」


 これは言っとくべきだろうか?

 ろとの持つ四億円に関して。

 正確には――、いま3億9932万2115円だけど。


 母親には言うべきかな。知っておくべきなのかな。


 俺は、ろとに顔を向けた。

 目線で問いかけたつもりだが――。


「……ん? ん? んー?」


 だめだった。

 ろとにアイコンタクトが通じるはずがなかった。

 そしてもし言葉で聞いたとしても、当然、「とれぼーがかんがえてー」ってなるに決まっている。


 俺は考えた。

 そして決めた。

 この人には、言おう。


「あの。もうご存じかもしれませんが。ろとは宝くじの一種の、ロトくじってやつで、四億円ロト当てていまして……。その財産管理なんかもやっています。そちらと家事全般を〝仕事〟として、俺は給料をもらっています」


 だから、ろととは、そんな、貴方の考えているような〝彼氏〟とか〝同棲〟とか〝事実婚〟とかではないんだと、小一時間くらい説明したいところだったが――。

 激しく自粛した。


 あんま。違う違うと否定ばかりしていると、ろとが傷ついちゃうかもしれないし……。

 それは……。俺の思い過ごしかもしれないけど……。


「……四億円なんて、べつにいらんだろう? ろと、ままが残してやったお金が、あったろう?」


 ろとままは、そう言った。俺は「え?」と、ろとままを見た。


「なくなっちゃったー。もう、ぜんぜん、ないよ?」


 ろとが、てへぺろと、そう言った。俺は「え?」と、ろとを見た。


「あと最終定理の賞金も貰っていたのでは? 学会中をニュースが駆け巡っていたが?」


「あれね。あれね。まだ半分残ってるよー。とれぼーが、しっかり、やってくれてるのー」


 あー、そういえば、通帳預かっていたっけなー。

 四億円入っているのとは、べつの通帳。ろとの〝懸賞金〟とかの入っている通帳だ。中は見てないので、いくら入っているのかは知らない。知る必要はない。あれは、ろとの金だから。


「この子は、ほんと、どうして生きていられるのか、不思議な子だから。私も大概だと周囲からは言われるのだが。自覚はまったくないのだが。しかしこの子は、ほんとうにアレだから」

「ああ。うん。はい。……そうですね。ろと学の第一人者の俺が思うに、たしかにそうですね。アレですね」

「ねーねー? アレって、なーにー?」


 ろとが無邪気な顔で、俺たちに聞く。


「アレっていうのは、つまり、ろとが、〝かわいい〟ってことだよ」

「やだよー。とれぼー。そんなこといってもー。なんにも、でないよー?」


 おや。照れた。


「おかしー、でるよー」


 お菓子がでた。

 ろとは、とててっ――と、走って行って、お菓子を持って帰ってきた。


 ああ。そういえば……。

 お茶は出したが、お菓子も出していなかった。

 ろとまま襲来で、だいぶ、舞い上がってしまっていたらしい。


 その当の、ろとままは――。

 お菓子で受けて、お茶を飲みつつ。


「ずるいな。おにいちゃん」

「はへ? ……な、なんですか、急にっ」


「ろとにだけ。ずるい。その〝かわいい〟――というの、私にも言ってくれるべきだと思うのだけど。そうでないと不公平だと思うのだけど。こう見えても、私にも〝ろと的性質〟は色濃く受け継がれているのであり。つまり私がオリジナルであるわけで。ろとがそう言われているのであれば、私もそれを言われる権利は、DNAの提供度からいって50%はあるわけで――」


 ろとままの講釈は、長々とつづいた。


 そういえば――。

 このひと、なにしにきたんだろう。

ろとまま回、次もたぶん続きます。

つぎはワードナーとゾーマをまじえて、鍋回です。

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